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いとこは聖女様。  作者: 空気鍋
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悪夢の終わりと破滅の始まり27

「何時までも何をしているんです! 早く帰って来なさい。」


太い男の声が、瓦礫の山向こうから聞こえてきた。瓦礫の向こうからは柔らかい光が伸び少し小太りのシルエットが逆光の中、見える。すでに日は落ちて暗くなる中で俺達が呑気な言い合いが出来たのは満天の夜空に輝く白い月と星星のお陰のようだ。


「あー。ちょっちヤバめ?」


今まで俺を責めたてていた染めた金髪の女の子は急にキョロキョロしながら司達の所に。

行こうとした。

グラリ。

そして地面が揺れる。

地震かと思った。けっこう大きい揺れで、しかし揺れかたがおかしい。横揺れとか縦揺れって感じじゃない。まるで地面が盛り上がってきているような?

不定期に振られる体と不安定な足元に腰を落として体を安定しようとした時。


「きゃあーっ!」

「うわぉうッ!」

「ひゃー!」


司達の悲鳴が。慌ててそちらを見ると、司の服を握る地面からの腕……なのか? 汚い斑な茶褐色の腕が地面から伸び司の服を握りしめ尚上へと登っていく。腕が有れば次に出てくるのは胴体だと思わせといて、出てきたのは少し離れた所から肌が荒れた頭。そして顔。顎、首と続きようやく胴体が出てきた。見れば司だけではなく苺さんと妹の七歌も同じように足を掴まれ腕を掴まれして拘束されていた。ゲームが好きで映画も好きな俺はその姿を人体実験の被害者みたいだ、と他人事のように見つめて……


()っ!」


思考停止していた脳ミソが唸りをあげて動き出したのを感じながら走り出した。司を掴む()()はもう上半身を地面から出して下から見上げるように這い上ろうとしている。


ーバァカ。今日の司はサマージャケットにショーパンだ。


何時もの司は神官服と言えばいいのか、ワンピーススカートみたいな服だが、今日は杖に乗って空を飛ぶのでヒラヒラスカートは止めて俺が知っている(小学生の)司が好んでいた服装だった。故にジャケットの裾を握りしめて這い上ろうとしている男性らしき()()は司の下着を覗く事は出来ない。ただ、膝まであるストッキング越しに司の脚を触るのは


「そいつはアウト、だ。」


男性体の頭を蹴飛ばし


「お兄ちゃんっ!」


七歌の腕を引っ張るそれをぶん殴り。


「ア、アニキ……ありがと」


苺さんを


「私は大丈夫。」


染めた金髪の娘が苺さんを守るように立っていた。手に持った棒に汚れが付いているのを見ると、俺の代わりに苺さんを守ってくれたらしい。それが分かってホゥ、と安堵のため息をはいた。


「私は、大丈夫、だから。」


なのに、苺さんは悲しそうに寂し気に重ねて言った。その苺さんの様子が気にはなったが、何かを言う前に、また地面が揺れ始める。

古い沼のほの暗い水底から浮かびあがる泡のようにボコッボコッ……そんな音が聞こえる勢いで地面から芋虫に似た指が生えてくる。俺は慌てて飛び退き、そしてゾッとした。俺の周りには数え切れない程の()()が立ちあがりユラユラと震えていたのだ。中には枯れた楓の葉のように「おいで、おいで」と揺れているもの、枝の如く折れ曲がった千切れそうな腕が呑み込まれた遭難者のように伸ばされているもの、不思議と怖いとは思わなかったが、ただたた無気味だった。


「”爆炎“。」


蒼井さん達がいた辺りで声がしたと思うとすざまじい勢いで炎と熱風が駆け回る。そして見たくないジュウジュウと焼けるそれら。


「ツカちゃん、大丈夫? 逃げるよ?」


今を好機と見た彼女は展開の早さに惚けている司を掴み悲鳴のデュエットを続ける七歌達をひっぱたいて明かりがある瓦礫の向こうに動いていく。俺もその後を追いかけようとしたが間には早くも”芋虫“が。


「”豪炎“」


再び蒼井さんの声が響き、炎の塊が地表を撫でていく。しかし、それで静かになるのは一瞬、すぐに地面が沸き立つ。


「蒼井っ、道を。キャロ、ノーラ、後ろを頼む。黄野っ! ツカサ達を頼む。」


その中、良くとおる若い男の声が届き、同時に俺の腕を引っ張る人がいた。


「勇者様が囮になります。私達は少し遠回りに行きましょう。」


驚いて振り向くと長い銀髪を揺らしてニコニコと笑うマリーさんがいた。


「大丈夫ですよ? 私は逃げることは”プロ“ですから。」





腕を引かれながら瓦礫の山を右に左にと走り体力も尽きる頃、


「これ以上は無理ですね。」


と、息を荒くしたマリーさんが適当な瓦礫の山に浅く腰掛けた。


「まだ、体力が残っている内に休むのがコツなんです。」


出来るだけ息を調えながら


「それと、休む時は何時でも動けるようにするといいんですよ? 私はこれで魔王軍から逃げきっているんです。」


汗だくで息の荒い俺に対してうっすら汗をかいているがすぐに息が整ったマリーさんは周囲の様子を窺いながら言って首のチョーカーに付いているメダルを誇らしげに見せた。


「それに、この”隷属の紋様“は持ち主の勇者様に私の位置を教えています。待っていれば勇者様が来てくれますわ。」


だから、大丈夫ですよ? 笑顔でマリーさんは言う。

そう言えば司が言っていたな。マリーさんは奴隷として売られてたって。そこを助けたのが赤谷だったって。赤谷はマリーさんを助けて奴隷にしたのか……。

心がざわめく。苛立つ俺を見たマリーさんは、長閑にクスクス笑う。


「あの方も貴方と同じ顔をしていました。」


クスクス。


「けど、ダメですよ? 私は普通の村娘です。自惚れていいのであれば、近隣の村や町合わせても私以上の娘はいないでしょうけどね。」


凄い自信だが言うだけの事はある。平成日本でもマリーさんより上をいくのは数えるくらいだと思う。


「私は多少綺麗なだけの、ただの娘です。キャロラインさんみたいにうらぶれた元貴族でマナーや仕来りで助けたり、ノーラちゃんみたいにポンコツ暗殺者の経験を生かした暗い取引で真っ黒な情報を持ってきたり、アオイみたいな助ける人ごと木端微塵な魔法を使えたりしません。」


おおう……毒てんこ盛りな言葉が長閑なマリーさんの口からでると更にきつい言葉に聞こえる。


「私は顔は良いですが、性格が最悪な、ただの娘です。」


しかし、マリーさんは自分の事も毒ついた。


「私には、勇者様を助ける為の何かはありません。剣も使えないし魔法もダメ。勇者様に助けられる事はあっても、私が出来たのは戦いに挑む皆さんを心配して無事を祈り戻ってきた皆を迎えるだけでした。」


柔らかく微笑んだマリーさんの、その顔は悲しく寂し気に見えてさっきの苺さんの顔に重なる。


「だから、私は奴隷の立場を代えるつもりはありません。そうでなければ私が勇者様と共にいることはできませんから。勇者様も、勇者様のお仲間様も頷いてくれました。」


狐のように細く開かれた目が僅かに大きく開かれ


「私が、ここまで言うのは貴方に余計な事はして欲しくないからです。もし、余計な事をしたら。……殺す!」


殺気というより死気。マリーさんの微笑みはそのままに気迫隠る中、


マリーさんは勇者の赤谷に見捨てられるのが怖いのか?


等と考えていた。

戦えないマリーさんを護衛もなく放っておいて自分は囮だが戦える奴らと共にいる。マリーさんの様子では何時もの事みたいだが、なんかモヤ感が。


たぶん、マリーさんは怒ってもいいと思う。


「分からないの? なにもするなって言ってるんだっ!」


苛々とマリーさんが刺すような目で睨んでいる。

だから、俺は


「分かった、赤谷を殴ればいいんだよね。」

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