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いとこは聖女様。  作者: 空気鍋
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悪夢の終わりと破滅の始まり24

”音の壁“をほうきに乗って越えるという名状めいじょうしがたい体験をした俺達。その後遺症こういしょうはあまりに大きく重い物だった。

先程まで七歌は、自分が如何いからしていないかを力説りきせつしていたのだが、あまりのこわれっぷりに誰も反応できない事を無視されていると勘違かんちがいしたらしく


「ふぇぇぇ~、お兄ちゃぁんっ。」


半泣はんなきで、俺を「お兄ちゃん」と呼びながら、抱きついてきたのだ。何時いつももは俺を「あんた」とか「アイツ」とか言っている七歌が、である。おどろきで固まる俺に抱きついた七歌は安心したのか本泣ほんなきになって


「あのね? あのね? あたしね?」


愚図ぐずりだす。

俺は小さい頃、司と喧嘩けんかしては俺に抱きついてきていた七歌を思い出し、あの頃と同じようにポンッ、ポンッと頭を優しくさすってやる。たぶん、これが幼児退行(ようじたいこう)ってやつなんだろう。

そうだよな。箒なんていつ壊れるか振り落とされるか分からない状態で、ちたら助からないって分かる高さを、さらには時おりのきわどいスレスレをかすめるように、飛ばれれば……こうなるよな……。

俺と七歌はなかが良い訳じゃない。だが、俺の妹をこうなるまで追い詰めた原因は……。

出会って初めて蒼井さん(原因)をギヌロッ! と睨んだ。仲違なかたがいしてようが司の恩人おんじんであろうが俺がどれだけ迷惑めいわくをかけていようが妹を泣かせるヤツに容赦ようしゃする気はない。蒼井さんは、泣いている七歌を見て、後悔こうかいしていたようだが、俺が睨んでいるのに気づくと


「私は皆に着いた事を知らせてくるわね。」


瓦礫がれきの山向こうに家があるらしい。

逃げて行った。

蒼井さんを見送って、司達の様子を見ると、苺さんはうつろなひとみのまま


「今ならバンジージャンプも楽しめそうだわ。今ならスカイダイビングもバラシュートでも大丈夫ね。私ってば空のスポーツもデビューしちゃう?」


まだ、”今なら“シリーズをつぶやいている。マンションの高層階に住みながら高い所が嫌いな苺さんの、そんな言葉に涙が止まらない。七歌は、まだ俺の胸もとで


「あのね、あのね? こわかったの。すっごいこわかったの。」


うるうるした目をしながら俺に報告している。それでも、さっきよりは落ち着いたようでグズグズしながらも声がしっかりしてきていた。司はそんな俺達を少し離れた所で平然へいぜんと立ち見ている。流石に司は経験済みで分かっていた分、耐性たいせいがあったらしい。

今も平然とした顔で……。……へい、ぜん、とした、かお……。へい……ぜん……。

司は神殿でよく見せていた”聖女“様の顔をしていた。張り付いた感情の感じられない人形のような作られた顔。しかし、よく見れば司のひざはプルプルふるえている。目元に涙がまっている。顔色もあおざめている。

つまり、司は見栄みえを張っていた!

”張る見栄があるうちは良い“とは言うが、これは”誰得“な見栄なんだろうか。


「七歌さ……。」


そんな司は、俺が見ている事に気づくと七歌に呼びかけ……かけて。ゴホンとからせき。言い直す。……”聖女“モードでいるからだ。「バカめ。」と言って差し上げよう。


「お兄ちゃん、ナナカねーちゃんは大丈夫?」


司は声をかけてきたが、その場からは動かなかった。その悪戯心(いたずらこころ)刺激しげきされる司の態度たいど


「ああ、司ちょっと来て見てくれないか?」


七歌は大丈夫だ。の代わりに、つい、言ってしまった。


「えっ?」

「来て見て欲しいんだ。」

「ええ?」


俺の言葉に司の”聖女“モードがくずれた。


「えっとぉ……。」

「七歌は、この通りだから司が来てくれたら助かる。」

「うっ……。」


こまったようなまよっている顔をした司に


「……。」


無言で七歌を見て、その視線を司に戻す。


「ううっ。」

「……。」

「うううっ。」

「……。」

「……うううう~。」

「司。」

「……うう~っ。」

「……司?」


何かうなりながら目をおよがせていた司だったがつい観念かんねんしたらしく


「分かったっ。分かったよっ。……お兄ちゃんのバカ。」


わめいてから、フゥ~と深呼吸(しんこきゅう)をひとつ。

気合きあいを入れた司は、ソロリソロリと慎重しんちょうに歩き出す……。ひざのプルプルはカクカクになって歩きつらそうだ。そんな手を伸ばせばさわれそうな距離きょりを、たっぷり1分かけて近づいてきた司は、七歌、いで俺、と視線を動かして。

なんだろう、といった顔をした。

俺は司に七歌がめずらしくたよってきているのをアピールしながら


「七歌、可愛かわいいだろ?」


ニヤ。あんまり上手うまくいったものだから、つい悪っぽい笑い方になったが、司は俺の笑顔を見てプツーン。何かが切れた音がした。それは司の堪忍袋(かんにんぶくろ)だったのか、辛うじて立ていた緊張きんちょうの糸だったのか。

カクカクからガクガクとれていた司のひざ


「お兄ちゃ……!」


司が怒りの声をあげたと共にくだけた。尻餅しりもちをつくようにペタンと座り込んだ司は赤らめた顔を更に赤くしてトマトのようにかリンゴのように……いや、バハローネのように激怒げきどの顔付きに。


いかん。やり過ぎたんだ。


そう思ったが遅すぎた。

司は座り込んだまま、滅多めったに見せないおこがおで右手の人さし指をピンと立てると


「お兄ちゃんにお話があります。大事なだ、い、じ、な、お話です。」


これは長くなる。俺の今までの経験が、そう言っていた。

あー、まずった。と視線を泳がすと正気に戻った苺さんが何をしてんのよ、とあきれた顔をしているのが見えてきて。俺が頭をき掻き、やり過ぎた、苺さんにと笑い返せば


「お兄ちゃんっ。聞いてますかっ!」

「はいぃぃっ!」


いつになくきびしい司の怒鳴どなり声が返ってきた。





司の”お話し“は七歌が泣き止み


「もう、いい。」


と俺を押し退けるまでだった。その頃になると蒼井さんも戻って来たのだが、ついでに俺と同じくらいの男も着いてきていた。確か、赤谷だったか? よく司が違う言い方で呼んでいるが俺が話をした感じでは司の言いかたりではないかな? とは思うのだが……。

赤谷は、大学で言えばガチじゃない趣味のサークルにいるような茶パツ……って言うか金髪がげたようなダークブラウンの中途半端(ちゅうとはんぱ)な色あいの髪の毛を肩口まで伸ばしたロン毛の兄ちゃんだ。顔はイケメンって言っていいだろう。ヘラッと笑わなければ二枚目以上、 だらしなく笑っていても二枚目半。フツメンな俺と違い人生楽しそうな男だ。上着の第2ボタンを外して胸もとの筋肉をアピールしているあたり、くせは悪そうなのだが持つ雰囲気ふんいきが。なんか”もっと俺に頼ってもいいんだよ“と言いたくなる独特の雰囲気(「ヒモ体質」)ただよっている。

その赤谷の横には蒼井さんが連れだっていたのだが、赤谷の後ろに並ぶ3人の女の子はなんだろう? 勝ち気そうな胸当てを着けた剣士? 金髪をまとめ頭の横から左右にらしている。もう一人は人獣族だろうか、無造作むぞうさに短くった黒い髪の毛の間から小さな三角形の耳が見えていた。最後の一人は取り立てて目立つ特徴とくちょうはないが一緒にいれば安らげそうな柔らかい雰囲気の女の子だったが、どうしても特徴的な所を言えと言われれば司より身長が高く司より包容力(ほうようりょく)のある、その部分だろうか。いや、その部分を凝視ぎょうししかけたら


「ンッ!」


司と苺さん、それに七歌までが。だから、ちゃんとは見ていない。たぶん、だ。けど、柔らかそうなフワフワだったな……。

態度たいどには出していない。それは断言だんげんできる。だが、俺がふたつのゆたかなプルルンを思い浮かべると同時に左右の脇腹わきばらがつねられた……違う! ちぎられた! いや、それも違う! だが、ブチブチと切れる音がした。そして息が止まる程の激痛げきつう

流石さすが涙目なみだめになり振り向くと、そこには何時いつの間にか立ち上がった司の「エヘヘーッ、僕なにも知りませんよ?」という笑顔が。あわてて反対を見ると少し離れた所にいた苺さんが何時の間にか近づいてきていて「ウフフーッ、どうしたのかしら?」って顔で。

これ以降いこう、俺は背を伸ばして赤谷だけを見るように直立不動(ちょくりつふどう)両脇りょうわきから聞こえる「エヘヘ」、「ウフフ」の平坦へいたんな笑い声と脇腹のギュッ! は赤谷と話をしている間、ずっと続いていた。


「当たり前よ、バカ。猛省もうせいしなさい。」


背中の向こうから聞こえた七歌の言葉が優しく甘く聞こえたのは気のせいだろうか。

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