悪夢の終わりと破滅の始まり22
はぁ……。
僕はため息をつく。
はあぁ……。
ごはんを食べながら。
はあぁぁぁっ。
テーブルの上の樽みたいなカップには並々とミルクが注がれ、持ち手が無いそれを両手で持って。
はあああああっ!
最早ため息と言うより空手の息吹きみたいな気合いの入った“ため息”に僕の目の前で、お皿に盛られた料理を食べさせ合っていたお兄ちゃんと苺さんが、びっくりした顔を向けてきた。
今日は領地の方で準備が出来たとかで、お兄ちゃん達が僕のいる“この家”から旅立つ日なんだけど。……お兄ちゃんと苺さんは今日も僕の目の前でイチャイチャしてます。
今日が最後の日なんだから、もう少し僕にかまってくれても良いのに。どうせ明日からは苺さんとイチャイチャしても僕は止めれない所に行くんだから、さ。
わざとらしい咳ばらい。
聞こえて無い。
苛立ち混じりに指先でテーブルを叩き。
目にも止めない。
はやく気づけと声高にため息。
やっと気づいたか。
「ど、どうしたんだ? 司。」
「司さん、食卓で騒ぐのは感心しないわよ?」
お兄ちゃんと苺さんはびっくり顔のまま、そんな事を言い出した。気づいていなかったよ! お兄ちゃんはニブい所があるけど、まさか苺さんもだとは。びっくりだよ! オドロキだよ!
ところが苺さんは僕に向かってニヤ。
「苺さんめ~っ。」
思わずボソッとすると苺さんはとても良い顔をして今度は綺麗な顔で笑い出す。
「苺さん?」
お兄ちゃんからしたら何が何だかって感じだろうけど、からかう苺さんとほぞを噛むな僕のやり取りはお兄ちゃんには“まだ早すぎる”やり取りだと思う。
「何でもないわ。ただ司さんが、ね?」
なんてイヤな人だ!
そうは思ったけど、苺さんは
「直樹と話したいことがあるみたいよ?」
なんだ? という顔でお兄ちゃんが僕を見ながら小首を傾げた。
うぇ? と変な声をあげて固まる僕に
「領地に着いてからの司さんの身の振り方をきちんと話し合いしてね? 直樹はそういう所がずぼらなんだから。」
苺さんは食器を片しながら言い、僕にだけ見えるようにしながら片目を閉じてみせて、そのまま部屋から出ていった。
「そういえば言って無かったか。俺は司に領地まで来てほしいって思っているんだ。司がいないと微妙に困るっていうか……。」
「……けど。……僕。……神殿でやることあるし……。」
「えっ?」
「えっ?」
お兄ちゃんは、そんな苺さんの背中に軽く頭を下げて、歯切れ悪く僕に言うけど僕は……。
ナナカねーちゃんに言われた“邪魔者と厄介者の関係”を思い出して。
行く。なんて言えなかった。
言えなかったら、ついこの間におこった自称“僕の旦那”な豚にされた事を思い出して、お兄ちゃんの顔が見れなくなって俯いてしまう。触られた所は“キレイ”にしたし恥ずかしい事なんて無いはずなのに、何でこんなに“キタナイ”気持ちになるんだろう。
けど僕のそんな答えはお兄ちゃんには意外だったみたいで、びっくりしたみたいに聞き返されて、僕もびっくりされて同じ言葉を返してしまった。数秒間、びっくりした顔のお互いを見つめ合う僕達。
「……あー。……苺さんが“話し合え”って言ってたのはここか……。」
しばらくして、急にお兄ちゃんが腕を組んで頭を後ろに反らして、その姿で呟いた。そのお兄ちゃんに僕は驚く。
あの、お兄ちゃんが他人の言葉の意味を考えてる。
僕が小学生の時、お兄ちゃんは高校生だったあの時。お兄ちゃんは学校で虐められてクラスで村八分になっていた。とはいえ、お兄ちゃんがハブられたのは人の気持ちを理解しない行動が、お兄ちゃんのクラス、そして学校中に広まってしまったからで、お兄ちゃんは無自覚な自分の行動の結果、登校拒否にまでなってしまった。
そんなお兄ちゃんが苺さんの言葉の裏を考えるだと?
僕は出来なかった。このままじゃいけない、お兄ちゃんがたいへんな事になるって思っていたのに、たいへんな事になるまで何も出来なかった。たいへんな事になっても僕が出来たのは、いつも側にいただけ。
そう。苺さんは僕ができない事をデキタンダネ?
お兄ちゃんを変えるのは僕だったのに。
僕の仕事だったのに。
僕がいない間に!
そう思ったらナナカねーちゃんのありがたーい言葉が頭に浮かんだ。
「司は三郷野さんを邪魔者って思っているかも知れないけど、あの二人にとって司は厄介者なのよ。」
僕がいない間にドロボーネコみたいにお兄ちゃんをもっていったのは苺さんなのに、まるで僕が間に入るネズミみたいないい方をされて……うっかり自分でも頷いてしまった、その言葉が現実にお兄ちゃんと苺さんの関係を見せつけられて僕を縛りつける。
今度は逆に項垂れる、お兄ちゃんに声をかけて部屋から出ようとした僕は、ガバッと僕に向き直ったお兄ちゃんに腕を掴まれて
「まて、司。ちょっと俺の話を聞いてくれ。」
お兄ちゃんは僕を無理矢理、座らせて自分も椅子をずらして僕の隣に座ると逃げないようにか腕を掴んだままで
「いろんな行き違いが有るみたいだから少し話をしよう。」
まっすぐ僕を見て話出した。
お兄ちゃんは僕がいなくなってから大学受験をやめようとしたり、お兄ちゃんのお義父さんに怒鳴られたり、大学の新歓パーティで苺さんに初めて会ったとき、僕と間違えたり、僕と間違えた事を謝っていたうちに、気がついたら“お付き合い”を始めたり……苺さんを中心に僕がいない間の出来事を話してくれた。
お兄ちゃんは、ずっと家に帰らず苺さんの所に居候していて、僕が帰ってきた日に、お兄ちゃんがいたのは苺さんが帰省していた為の“ものすごい偶然”だとか、は聞きたくなかったけど。
苺さんは、長期休暇の間に、お兄ちゃんが僕を捜して日本全国を一人旅に出てても許してくれていた、とか旅行で金欠になって誕生日プレゼントやクリスマスプレゼントが無くても耐えていた、とか今の僕が聞いても「はぁ?」とか叫びそうな事をしていたと聞いたときはどんな顔をしたらいいのか分からなくて複雑な顔をしたかもしれない。
お兄ちゃんは僕の前で何度も苺さんを彼女と呼び、僕を振った理由も苺さんがいたからだったはずだけど?
「苺さんは本当に”良い女“だ。だけどな、俺はそんな苺さんを気づいていなかったんだ。」
あ……。
お兄ちゃん。苺さんが我慢しているのが当たり前に考えていたんだね……。
……お兄ちゃんは好き勝手してるのに苺さんに我慢させてたんだ。
……それって高校生の時に失敗した、あれから変わってなかったって事だよね。
「その事に気づかせてくれたのは司だ。」
僕を優先して苺さんをないがしろにして、泣かせて、やっと気づいた……それって……。
「俺に本当の苺さんを教えてくれた司に”お礼“をしたいんだ。」
お兄ちゃんは椅子から降りて頭を下げて床に額を押しつける。
「俺を変えてくれた司を。俺を助けてくれた司を。今度は俺が助けたいんだ。」
必死な声をあげて。
「だから頼む。神殿でやることがあるなんてウソをつかないで俺と一緒に来てくれ。」
目の前で土下座したお兄ちゃんに他に何を言えただろう。




