悪夢の終わりと破滅の始まり21
「司。一週間もすまない。」
お兄ちゃんがあらためて僕に謝ってくれた。僕は、この一週間ずっと敵意満載の神殿長や大神官、その関係者にゴマすり媚売りへりくだり。持ち上げまくってきた。キライな人達を前に笑顔でいる辛さにストレスを溜めまくって爆発したりもした。
お兄ちゃんがやりたかったのは潜在的な味方のあぶり出しで下級神官や見習い神官の中に僕の味方になりそうな人達を見つけたらしい。上に睨まれて直接、僕を助けは出来なかったけど間接的な手助け……僕の行動を妨げないようにしたり悪口を言う神官仲間を諭したり……していたのをお兄ちゃんが見つけたって言った。
そもそも、お兄ちゃんと苺さんは信者のふりして神官達に僕の事を聞いたり市場で僕の評判や神官の噂話、酒場で裏話的なものを集めたりしてた。僕が勝手に考えてた市場デート的な事はほとんどしてなかったみたい。
僕に何も教えないでいた理由は簡単で、説明をしようとしても僕が逃げてたから。あと、言葉を濁していたけど、僕が神官達を“敵認定してたから”もあるんじゃないかな? お兄ちゃん達は街に降りて情報収集しているのに神殿での出来事まで分かる筈無いもの。神官達だって信者の前では取り繕うし、わざわざ信者がいる所で“聖女”の邪魔はしないだろうし。なら“僕の味方”を誰が探してたのかな?
僕の苦痛に満ちた一週間は、それだけじゃなくて、信者達を味方にする為でもあった。お兄ちゃんが言うには
「めったに人前に出ない“聖女”が信者達に優しく笑いかけた。」
のが効いてくる、のだそうだ。あと、神殿長の年寄り顔や大神官ののーきん顔と若い可愛い僕ではどっちが信者受けが良いのかって言った。
「街に噂を流した。王都にも人をやった。道の整備と関所の建設も終わった。後は受け入れの問題だ。……蒼井さん、そっちの方はどうですか?」
お兄ちゃんが状況をセツメーしながら蒼井さんに訊いた。蒼井さんは頷いて
「こっちは良いところを見つけたわ。みんなが住める所も、“神秘的な所”もね。後はあなた方が領地の再生を失敗しなければ良いわ。」
「……それは天候もありますからね。絶対ではないですが勝算はあります。任せてください。」
「失敗は許されないのよ?」
「いざとなったら米俵で買ってきますよ。ここだけの話、調整して捨てられる米もありますからね。安く手に入りますから大丈夫です。」
「そうは言っても植えた稲から収穫するのが一番なのよ?」
確認するようにお兄ちゃんと話している。
「今、問題になっている“塩を撒かれた土地”って言うのは地面の奥底に染み込んだ塩が地熱で蒸発して地面の表面に上がってくる、ようになって、蒸発した塩が地表で固まり植物が根をはり水分を吸収するのを邪魔している土地を言います。」
お兄ちゃんは蒼井さんにセツメーしている。……で、やっと気づいた。蒼井さんが詳しい話しも聞かないでこんな事をしないって事に。つまり、お兄ちゃんから逃げて聞いてなかった僕の為に話し合ってくれてるんだ。
「水田での稲作は地中、地表の塩を水で流していくので“塩害に強い”という訳です。ただ、本来なら数年、場合によっては十年単位でおこなう作業なのですが……?」
「そこは“魔法”の出番ね。地表を真水で埋めて地中3メーターぐらいの所から塩を含んだ塩水を抜く。直樹君が言った通り真水を用意したわ。幸い近くに水が湧いている岩山が有ったから、一部を崩し《・》て川の流れを変えて、そこをメインにして少し遠くに有る川からも溶かして固めた土で作った水路で水を引いたわ。」
「貯水湖や調整湖はどうでしょう。」
「兼ねた大きめの池を三つね。無いと水不足や洪水に対応出来ないわよね。“魔法”でドーンとやらせて貰ったわ。」
「石灰は用意できましたか?」
「紫君の話しだと領地に石灰の岩床があるらしいわ。海に面している領地だから運が良かったって言っていたわね。」
「海が近いからあるって訳でも無いんですけどね。」
「かなり大きいみたいよ? 粉にまでするのは苦労したけど破壊のみの“魔法”もこんな時は便利ね。」
……うん、なに言ってるか分かんない。
せっかくセツメーしてくれてるのに分かるのは海が近いから石灰があるって事? 石灰ってなに? 校庭で白い線を引くのが石灰だったっけ?
「土は揉んだんでしたっけ?」
「ええ。一度土を吹き飛ばして見つけた石灰を混ぜて埋め直したわ。」
それにしても、蒼井さんの所々に入る言葉が僕は怖かった。
「領地……穴だらけにして無いよね?」
僕は、つい聞いてしまった。蒼井さんを知っていればみんなが聞いていたはず。ただ、僕はお兄ちゃん達の前で聞いたのが……。
「あら。…………そんな訳無いでしょう?」
お兄ちゃんと話しをしている風にしてた蒼井さんは、わざわざ僕の目の前に来て。
僕の顔を両手で挟んで。
自分の顔を僕の顔に近づけて。
お兄ちゃんには見えない蒼井さんの顔で。
笑っていない笑いを浮かべて。
「ソウデスネ。」
「そうよ。変な司君ね。」
僕が片言で答えたけど、蒼井さんは顔から手を離してくれない。
「……僕の勘違いだよ、蒼井さん、僕、言い間違っちゃった、えへ。」
両手でギリギリとされながら途切れ途切れに言葉を重ねると、それでもしばらくギリギリが続いてたけど、
「勘違いなら仕方無いわ。」
笑顔の蒼井さんがやっと手を離してくれた。そんな勝ち誇る蒼井さんの背中の向こうには唖然としたお兄ちゃんとナナカねーちゃんと苺さんの姿が。
こんなのはなんて言うんだっけ。
試合に勝って勝負に負ける?
肉を断たせて骨を断つ?
夜の女の昼の顔?
振り向いた蒼井さんが「あっ……」って言って崩れ落ちるまで後三秒。
プフ。




