悪夢の終わりと破滅の始まり19
蒼井さんは自分の冗談を本気にした紫さんに怒ってる。僕はそれを見ながら紫さんの気持ちは分かると思っていた。たぶん、僕だけじゃなくて、みんながそう思っていたはず。
“魔女”という“魔法使い”としては中級職でしかない職業だけど、多彩な“魔法”を使えて“魔道具”や“治療薬”を造れる汎用性が高い職業についている蒼井さんのふたつ名は“凍土の女王”。
“魔王”がいたお城の守備兵をまとめて凍らせたり“魔王八将”の一人だった“炎極将”を燃え盛る山ごと凍らせたり、狂った“火熱の精霊”が住んでいた“妖精郷”を空間ごと凍らせたりしたからだけど、凍らせた理由が「次から次と五月蝿かったから」で。
確かに手薄だったとは言え“魔王城”の守備兵は数百はいたらしいし、うじゃうじゃしていたけど。
“炎極将”は燃え盛る山があるかぎり無限に回復するって言ってたけど。
亀の頭みたいに“妖精郷”を出入りする“火熱の精霊”は煩わしかったけど。
だけど“その場”ごと凍らせようとする?
蒼井さんはしちゃうんだよ。普段はそう見せないけど実は“脳筋”なんだ……。頭は良いんだよ? 回転も早いし無駄に探究心もあるから知識もすごい。知識と体感した現実を結び付けて現象を究明も良くしてる。紫さんと組んで“魔法”を創る、作り直す、組み合わせる。そんなめんどーな事も出来る人なのに……。
紫さんは蒼井さんと年も近いし一緒に何かする事も多いから、こんな時に何するか分からないって思っているみたいだ。
ふ、と気づいたら岩山のようにゴツい大柄な緑川さんとさっきまで叱られてた長い金髪を頭の後で束ねた黄野さんが、貴族になったらこんな家に住みたい、とか、式は盛大にしよう、とか、子供は何人、とか、話してた。あの身長も高くてヌリカベみたいな緑川さんがいじめられっ子で登校拒否になっていたなんて信じられないけど、ギャル娘な黄野さんとカップリングなのはもっと信じられない。更に積極的だったのは黄野さんだったのは見てても信じられなかった。……今のイチャイチャの文字が溢れ飛びそうな二人を見ていたらどうでもよくなるんだけど。
「……仲良いわ~。」
赤谷が緑川さんと黄野さんをうらやましそうに見てて、ちょっと笑える。蒼井さんと赤谷は、あんな感じじゃなくて“先生と生徒”みたいだものね。
「ええっと……司ちゃんが神殿から出られないなら、おぅさまに頼んで出してもらうこと、出来ないの?」
目に浮かんだ涙を指でふき取り橘さんが言う。
「それは無理ですね。この国は王より神殿が強く、神殿より貴族が強く、貴族は王より強いですからね。」
紫さんが幾分、ゲソッとした顔でやってきた。
「王様の言う事を聞かない貴族なら切り捨ててしまった方が良いと思うわ。」
蒼井さんもぶっそうな事を言いながら
「……それはダメですよ? やったらダメなんですからね? 本当にダメなんですよぉ?」
それはやれってことかな? って橘さんを見たらホントにダメっぽくしてた。けど、関西圏の人だしな……?
「大丈夫よ? そんな事しないわよ?」
蒼井さんは橘さんに手を軽く振りながら答えた。
軽く。
僕達は顔を見合わせるしかなかった。最年長の蒼井さんには誰もかなわない。
「事を荒立てずに司……桜沼を神殿から取り戻すには貴族になるのが一番良いのは分かった。紫さんの気持ち的にもそうしようぜ。」
赤谷が話しをまとめて方針を決めるのは旅をしていた頃からの習慣だ。僕と黄野さんと橘さんと、時には蒼井さんまで“バカ谷”って言っているけど、こんな時の赤谷は……少しイケメンに見える。
お兄ちゃんとは比べものにはならないけど。
それでも“バカ谷”なのは最初の印象があんまりだったから。今もまだ、僕はあの時の赤谷を赦せないでいる。
「赤谷君。いや、赤谷さんっ。赤谷様。ありがとう、ありがとう。こ、この国の為に……鬼に命をさしだすとはっ!」
「鬼って誰よっ!」
「え? 蒼井さん自覚なし?」
「……あ、か、た、に、く~ん?」
なんか懐かしのコントをしているのを見ていたら、怒ってる僕がバカみたいで。
爆風で空を飛んだ赤谷を見て、僕は小さくため息をついた。
僕は神殿の中で信者達を見渡していながら、懐かしい事を思い出していた。
懐かしい事と言っても数ヵ月前の話しだけど。
あの後、紫さんの恋人は僕が会った大豚の貴族がポートプルー伯爵という国一番の金持ちで金貸しもしている中位貴族だと教えてくれた。聖女と夫婦になる事で昇爵を狙っていて、爵位が上がったら、ゆくゆくは王女を娶って国を牛耳るつもりだろうと言って悲しそうにしていたそうだ。紫さんは、そんな彼女を見て燃え上がっていたけど、今はどうしてるかな? 貰った爵位が予想より低かったり、余計な条件をつけられたのを
「私の考えが甘かったのです。」
と落ち込んでいたって蒼井さんが言ってたけど。
僕としては、力任せに逃げるとか鏡でお兄ちゃんの所と行き来する今のままでもいいかな? とか思い始めているんだけど。あの豚さんはどうにかしてさ。
うん、まさか他の国からは伯爵以上、侯爵や王さまと親戚関係になる公爵、治外法権な領地をもつ辺境伯、そんな上位貴族のお誘いしかなかった中で、大陸中に名高い、なおかつ軍事力としても並ぶ者は仲間だけという僕達を一貴族の権力が貴族の端っこの男爵に貶めるなんて、しかも仲間のうち一人だけなんてバカげた扱いされるなんて思わなかった。
「女神の加護あれ。」
“聖女”のスキルのひとつ、祝福を神殿にあつまる信者達にかけた。輝く羽が見える人に降りかかり、軽い怪我や病気、体調不良は、これで回復していく。
蒼井さんは荒れ果てた領地を何とかする方法か何とか出来る人を探しに来た。それはお兄ちゃん達だった訳だけど、そのお兄ちゃんが何か言ったのか、蒼井さんは“聖女”として頑張るようにも言ってきた。そして領地と僕の所を往復したり、お兄ちゃん達を麓の街に連れていたりしている。
あんなにお兄ちゃんに怒ってた蒼井さんが、お兄ちゃんの言う事を聞くなんて、お兄ちゃんこそが“魔法使い”じゃなかろうか。そう言えばお兄ちゃんがゲームで使っていたのは“魔法使い”の最上級の職業についていたっけ。ホントのところ、お兄ちゃんの事を蒼井さんが怒ってるのを見ているのは僕にはつらかった。お兄ちゃんは大事な人だけど蒼井さんも僕を守ってくれている大事な人だったから。お兄ちゃんが何したか分からないけど仲が良くなったのならうれしい。
そんな気持ちが顔に出たみたいで、いつの間にか僕はホントの笑顔で信者達を見渡していた。大きなどよめきに我に返って作り笑いに戻したけど。
「聖女様の謁見はこれで終わりだ。」
いつもより早く神殿長が僕を奥に引っ込めた。渋い顔をしているのは僕がやり過ぎたからかな? お兄ちゃんや蒼井さんが何をしようとしているのか分からないけど、お兄ちゃんが関係しているなら僕は全力だよ?
「神殿長。彼らは私に会うだけの為に、ここまで来たのです。後少し時間をもらえませんか?」
また、ザワって音が響いた。神殿長はそんな人達に見向きもしないで
「いけません。貴女様には女神様のお声を待つという重大な仕事が有るではないですか。」
その割には神殿のまん中、聖堂には立ち入り禁止だけどね。
「信者達よっ。聖女様はお疲れだ。さあ、去るが良い。」
聖堂の入り口の前にいた殿長がパンパンと手を叩くと聖堂に続く階段の下にいた神官達が集まった人達を追い返し始めた。そして僕は聖堂の前……に続く階段の狭い踊り場に立ち。
……聖堂は立ち入り禁止だし、信者が集まる以上は神殿の中にいてもらわなきゃならないって神殿長が言い出したからこんな中途半端な所で信者に会う事になっているんだけど。神殿長は僕より高い位置から話す事で僕より上の存外って言いたいらしい。
僕は、踊り場から去っていく信者達にもう一度、祝福を授けた。驚く信者達と余計な事を、と言いたげな神殿長と神官達。
だから、僕は全力なんだよ? 君たちがどうなるのか分からないけどさ。




