悪夢の終わりと破滅の始まり18
「こっちは、こんな感じでサイアクッてな感じで待ち合わせ場所に来たら司ちゃん、いないでしょう?」
気の立っていた蒼井さんは僕が来ない事で苛立ちが爆発して、僕から目を離して黄野さんと市場で食べ比べをしていた緑川さんを怒鳴り付けていたらしい。
う~ん、心配させちゃったな。
けど、僕達をこの世界の人がどうにか出来るわけ無いと思うんだけど? 仮にも“魔王”退治の英雄だよ?
「それで、司君は今まで何していたの?」
……地元の人にどうにかされていました。
言いたくはなかったけど“お母さん”の追求は厳しくて神殿に騙されて監禁されている事を白状させられた。もちろん、僕が逃げたら代わりに誰かが酷い目に合うかもしれないって所まで。
「司君! 私は何時も言っていたわよね? 知らない人についていっちゃいけませんって。忘れたの?」
……忘れてないです……。
「忘れてついていっちゃうからこんな事になるの。分かる?」
……だって人の良さそうな感じだったから……。
「人さらいがいかにも人さらいですって顔で歩いている訳無いでしょう? 司君。だめよ、そんな事じゃ。あなたは女の子なんだからもっと気をつけないと。」
……返す言葉もありません。ただ僕は男の子だったし……。
「女の子には“最悪”って事があるの。“お兄ちゃん”に嫌われたくないでしょう?」
……。
蒼井さんは僕がなにも言わなくても言い返す言葉が分かるらしくて次々に僕の言い訳を打ち破ってくる。ついには言い訳が出来なくなって口を結んで顔を横に向けた。
「司君? こっちを見なさい。」
蒼井さんは言いながら僕の顔を両手で挟むとグイッと動かして
「黙ってちゃ分からないわ。司君、どうして知らない人についていっちゃったの?」
……“魔王”退治のパレードと王宮でのパーティー。大人の貴族達にもてなされていい気になっていました。町行く人にも“英雄”とか“聖女”とか言われて鼻高々でした。だから知らない人でも警戒もしないで騙されてるとか考えもしませんでした。……って言ったらお母さんもっと怒りそうだしなぁ。
「司君! いい加減にしなさいっ! そうやって言わなくてもなにが、あったか分かるんですからね!」
「いや、蒼井さん。問題はそこじゃないだろ? 司、何があったんだ?」
蒼井さんが怒り心頭といった感じになった所で赤谷が助けに入った。さっきまでの喧嘩相手の黄野さんは緑川さんに怒られている。
「……司? 司って言った?」
ホントなら僕は赤谷に感謝しなきゃならないんだけど。それは赦せない。
「……桜沼、さん。……なんでそうなったんでしょう、か。」
赤谷はすぐに言い直したけどイヤイヤなのがまるわかり。僕も最近まで知らなかった事のひとつに名前呼びのむずかしさがある。名前呼びされて敬称もないと相手によってはとってもイヤな気持ちになってしまう。
相手によって。
これがお兄ちゃんからなら、ぜんぜんヘイキ。むしろ気持ち良いくらいなんだけど。
「司君を欲しがる貴族がいるとは聞きましたが少し遅かったようです。」
唐突に今まで頭を抱えてぶつぶつ言っていた紫さんが立ちあがり
「私のルートで気をつけるように、と警告してくれた方がいたのですが、慌てて戻って来たものの既に司君はいない、緑川君と黄野君はデート中となれば、どうする事も出来ませんでした。」
紫さんのルートって……あの娘だよね……緑川さんと黄野さんがデート中って自分もじゃん。
僕は口に出さずにモゴモゴしてみた。
「蒼井さん。私達は向こうに戻って新しい生活は出来そうですか?」
紫さんの言葉に蒼井さんは顔を歪めた。
「多分、私達は日本にとって異分子になるでしょうね。マイナンバーとかいうのは国が国民を管理しやすいようにする為のものでしょうから、無くては何も出来ないでしょうね。家族に頼りたくても見た目が違いすぎでしょうし。」
そう言えば見た目が違う姿になった緑川さんは家族に受け入れられる訳無いよね。……僕も、だけど。
「家族に受け入れてもらえないのはかなり辛いわよ。その上、少し戻っただけでも、私達の知っている日本では無かった。私達の日本と今の日本のすり合わせをしながら家族の元にも帰れず住む家も見つけるのが難しいとあれば、正直に言えば元の世界に戻るのは止めた方が良いと思うわ。」
蒼井さんの結論は何となく分かっていたけど聞きたくなかった言葉だった。
僕が漠然と“お兄ちゃんと会ったらどうしよっか”という思いが“お兄ちゃんに会っても分かってもらえなかったら”というハッキリとした思いに代わっていく。
「……やはり、ですか。それなら私達はこの世界で暮らしていくしかありません。これも“女神の加護”とやらなんですかね?」
ふん、と鼻を鳴らして紫さんは
「司君が神殿に捕らわれたからと言っても連れ出す方法が無い訳ではありません。私達が貴族になればいいのです。この国の貴族の権威は神殿の権威を越えるそうですから。」
おかしな話だよね。カミサマを信じる神殿より地上の一国の貴族の方が上なんて。けど、神殿に明らかに無いのが当たり前な部屋があるのを見たし、その部屋に押し込められている僕としては紫さんの話がホントだと分かる。
「貴族として仲間であり聖女をしている司君を迎えにいくのは然程、おかしい事ではないでしょう。……というか、この世界で生活していくのであれば大陸全土に神殿がある神殿とは争いたくない、ですね。」
森羅万象の称号をもつ“魔道王”紫さんでも神殿勢力って厄介なんだ。“魔王”退治の旅している間、邪魔くさかったから無視していたから分からなかった。
僕は自分が捕らわれた組織をようやく理解してきて、そして慌てた。僕には元の世界に戻るという裏技があった筈なのに戻らない方が良いなんて。けど、橘さんが泣いていたのを思い出して僕もお兄ちゃんに分かって貰えなかったら……。
戻りたいのに戻れない。
「紫さんとしては貴族になるのは、あの娘との結び付きを強めるために必要だものね。」
ってお兄ちゃんの事を考えていたら蒼井さんが言ってしまった。僕にも分かっていたけどあえてツッコミしなかったのに。
「……そ……そんな事は……ありません? よ?」
紫さんの上擦った声が蒼井さんの言葉を否定した。意思の強そう太い眉毛の下にある大きめの目が一ヶ所を見られず視線が彷徨う様はなんか可愛いくて、ヨシヨシとしてしまいたくなる。
「あら、そうかしら?」
「ええ、そうですとも。」
「……私達の力なら、神殿どころかこの国すら無くせるわ。力任せにやってしまえばいいかもよ~?」
蒼井さんの珍しいからかいに紫さんが
「お願いです。あの娘の国を無くさないでください。」
本気にした紫さんは蒼井さんに土下座した。




