悪夢の終わりと破滅の始まり17
投稿は毎週水曜日の午後9時になります。
体調がおもわしくなく不定期になった事をおわびします。
神殿は豚のように鼻息の荒い男の言う通りに僕を神殿奥にあった華麗な部屋に閉じ込めた。
部屋は窓はなくて、一面が鏡で覆われた壁、ペケ字になった板が張り付けられている壁、お風呂場が見れるようになっているガラス張りの壁。1LDKではなくて1LBになるのかな? ……そして真ん中に大きなベッド。
直接見たことは無いけどテレビで見た“あのホテル”にそっくりな部屋だった。たまたま見てしまった深夜ドラマのワンシーンと同じ部屋があることに感心しかけた僕は、この部屋が誰が誰に何をされる部屋なのか、思い出して吐き気がした。
ここって神殿じゃないの?
僕が見た神殿ていうのが、床に投げ捨てられたカネすら拾う大神官が住み、信者をけしかけて言うことをきかせようとする貴族が幅を利かせて、その上、こんな部屋が用意されているんだけど?
……気持ち悪い。
さすが、あんな“女神”サマがおわしめす場所。
僕の“女神”に対する感情が更に冷やかなモノへ変わっていく。
だけど、僕には神殿の部屋に閉じ込められていても逃げていく事が出来る。“女神”がくれた、唯一使える道具、“神器、界渡りの扉”て名前の大鏡。これで、このくっだらない世界から元のお兄ちゃんがいる世界に戻れば、あとで何があっても“知らない”。
とりあえずは元の世界に戻った蒼井さん達が様子見から戻って来ているか、約束の場所に行ってみよう。“女神”から聞いた聖呪とやらを唱えると鏡の向こうに蒼井さん達が見えた。
ブタさんの妄想はこれでおしまいだよ?
何が僕を「妻にする」だ。僕はお兄ちゃんの物なんだよ。
鏡から出てみると蒼井さん達、世界に戻った組と僕と、こっちに残っていた緑川さん組が睨み合っていた。滅多に無い緑川さんの厳しい顔。“魔王”と対峙していた時に見た顔つきだった。
「蒼井さん? ……何があったの?」
ピリピリした雰囲気が嫌で、蒼井さんに声をかけてみる。
「司君! どこに行っていたのよ!」
ちょっと、びくびくしていた僕は蒼井さんが叫ぶように言いながら抱き締めてきたのをかわせなかった。見た目よりフカフカな蒼井さんにギュッとされると妙な安心感があって、ずっと抱き締めてもらいたくなる。
「大神官って人に騙されて神殿に監禁されたんだよ。」
胸の谷間に口を動かしてモゴモゴしたら蒼井さんがくすぐったそうに身を捩った。赤谷は、そんな蒼井さんを見て鼻の下が伸びた変顔をして……僕の視線に気づいてキリッとした顔を作った。けど、赤谷の影になった所にいた橘さんは泣きそうな顔で僕に近づいてくる。
「あっちの世界であんな事があって戻って来たら司ちゃんがいないし緑川さんさんは明日香ちゃんとイチャイチャして司ちゃんがいないのも気づいてないし紫のおっちゃんは何か頭を抱えてぶつぶつ言ってるしでもう司ちゃんと会えなくなったって思ったんだからあーっ!」
言いながら気持ちが高ぶったのか、ブワッと涙が出てきた橘さんは蒼井さんごと僕を抱き締めようとしてきた。
「何があった? ずいぶん、暗い。」
僕が蒼井さんと橘さんに抱き締められている横で厳しい顔のまま緑川さんが赤谷に低い声で問いかけた。
僕は二人に抱き締められて息苦しいくてバランスもとれないままフラフラしながら視線だけは赤谷に向ける。何時もは場違いなぐらい明るい赤谷が斜線を引いた顔って言えばいいのか珍しく暗い顔をしている。
「あー……。まず、な。日本が俺達の知っている日本じゃなくなっていた。」
「?」
赤谷の意味の分からない言葉に緑川さんが眉をひそめる。
「バカ谷ぃ。日本じゃぁ無いってぇ意味わかんないんだけどぉ?」
明日香さん……名前で言うと嫌がるから黄野さん……苗字で言うけど夜目にもはっきり分かるショッキングピンクの長い髪を振り乱し親指をバカ谷あ、言っちゃった。もとい赤谷に向けて
「あんた、バカでしょ?」
「はぁ~っ? 仮にも浪人もしないで大学に入った俺に高校中退のお前が馬鹿呼ばわりするのかよ!」
「学歴関係ありませんんっ。セッツメー出来ないのがバカなんですぅーっ。」
「だから、“まずは”って言っただろうが。言っている途中で話を切るような事するから……。」
「話は切れません~。形なあい物どぉやぁって切るんですかーっ。ププ。」
「ウゲー、こいつムカつくっ!」
「ウゲーってなに? ウゲーって。ヤーウケルゥ」
大学生だった赤谷と実は高校中退で大学生にコンプレックスを持っている黄野さんは、すっごく仲が悪い。暇を見つけては言い合いから口喧嘩、更には殴り合いまで良くしている。勝率はやや黄野さんが優勢だけど黄野さんに言わせれば赤谷が手加減をしているかららしい。赤谷は剣を持って攻撃する戦士系の上級職の“勇者”だから素手で闘う闘士系の上級職の“闘仙”である黄野さんと殴り合いをする時点で手加減をしていると言えなくも無いけど。その手加減が黄野さん言うところの「気持ち悪くて」また喧嘩をする、悪循環になっていた。
「蒼井さん、蒼井さん。赤谷と黄野さんがまた……。」
僕は抱き締めている蒼井さんの背中をタップして口喧嘩が殴り合いになりそうな二人を見せる。
「……! ……あの二人はっ!」
ハッキリと怒りを感じさせる顔になった蒼井さんは構えて対峙する二人に
「いい加減にしなさいっ!」
と怒鳴り込み二人は蒼井さんの登場で急に仲良しをアピールしはじめる。
やっぱり、お母さんには弱いんだ。
女性側最年長は蒼井さん、男性側最年長は緑川さんと一応なっているせいか、蒼井さんは“お母さん”って感じ。赤谷と黄野さんも“お母さん”には逆らわないし怒られたく無いみたいで“お母さん”が本気で怒っているとイタズラが見つかった悪ガキみたいな顔になってなんか微笑ましい。みんなの中で最年少の僕が言うと可笑しいかもだけど。
「それで、何があった。」
緑川さんがまだ僕を抱き締めている橘さんに聞いた。
「うーん……赤谷くんが言うとおりなんだよね。」
まず、時間が経ちすぎているのは分かると思うけど……。から始まった橘さんの説明に僕は唖然としていた。
僕がいない間に、日本ではいろんな災害がきていて街がなくなったり危険だから入れなくなった場所があった。もちろん、僕の住んでいる街も例外ではなくて多少でも影響はあるだろうって。
他に国民一人一人に番号が振り当てられていて僕達が戻ってすぐには“番号”は貰えないだろうと言っていた。再発行は出来るだろうけど、それをするには何故番号が振り当てられなかったのか理由を訊かれるだろう。
「番号が振り当てられている間、別世界の女神に拉致されて強制労働で現地の軍隊も何とも出来ない魔王を殺して来ました。」
言えるわけ無いよね。
それから橘さんは声のトーンを落として
「誰にも、私だって気づいてもらえない。」
友達や親に会ったものの、何故か信じて貰えなかったそうだ。
“良く似た別人か整形した誰か”扱いで両親に詐欺師呼ばわりされて泣きながら帰ってきたって言っていた。
「あたしもおっきくなったから見た目が違うのは分かるけど。誰にも分かってもらえないとショックよね。」
赤谷も大学の友達に会ったり蒼井さんに送ってもらって親に会ったりしたらしいけど、けんもほろろな対応だったようで、蒼井さんは会社の同僚や上司に電話したものの酷い言葉を投げつけられて「二度と連絡をしてくるな」まで言われたらしい。
「日本が遠いよ……。」
日本に帰っていた橘さんが、こっちの世界に戻って安心してしまったのは橘さんを“英雄”の一人って知っている人がたくさんいたから。橘さんはボソリと呟き地面に直接座りこんで空を見上げた。
「あーあっ!」
見上げながら叫んだ橘さんはカクンとうつ向き
「あたし、日本に帰りたいって思っていたのにな。」
はぁ~っ。大きなため息と一緒に。




