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いとこは聖女様。  作者: 空気鍋
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悪夢の終わりと破滅の始まり14

私が鏡を潜り……というか司さんに引っ張られてたどり着いたのは、司さんの執務室と言っていた石造りの部屋で、水銀とガラスで作られたはずの鏡を通り抜ける得難い体験をした私はへたりこんで、なにも考えられない状態になった。

目の前で司さんが鏡に入っていくのを見ていたとは言うものの、鏡に薄ぼんやりと私が映っていてその向こうで司さんが手を振っているのは、なんのホラー映画かと思ったし、そしてれた司さんが手を伸ばした時の、鏡から生えてくる生身なまみの手。


普通に怖いに決まってるでしょ!


司さんに掴まれた時に過去最大の、未来においても出すことが無いぐらい盛大な悲鳴をあげて鏡という硬いものに抵抗も出来ず引っ張られて飛び込んだ私は、気を失うんじゃないかという驚きに立つことが出来なかった。フラフラと、へたりこんだ私の隣で「イタズラ成功」ってプラカード持ちそうな司さんがチェシャキャットの笑顔でいるのに気づいて本気でイラッとしたけど。


ここがコーヒーショップならベンティサイズ(特大カップ)のホットコーヒーをぶっかけてやるのに。


たぁっぷり有るから金色の綺麗な髪も琥珀色こはくいろに染められますわぁ。などと実際には出来ない事を妄想もうそうしていたら、危険な考えを読んだ訳じゃないだろうけど直樹が鏡から抜け出てきた。

私は自分で思うよりパニックしていたらしい。落ち着いていたつもりが気がついたら小学生の子供が興奮こうふんして語り出すみたいな話し方をして直樹に報告していた。


「なおきなおき、どうゆうことよかがみっていつからどあのかわりになったのかがみってうっすーいきんぞくとがらすで、できてるのよはいれるわけないじゃないなのになんではいれるのよ」


直樹の顔がニヤニヤしているのは私が私らしくない姿を晒しているからだろう。普段は直樹の前でもめったに見せない子供な私。しかし直樹のニヤニヤを見て急に私は冷静になった。

だって、ここに司さん(恋敵)がいるから。私は大人。私は大人。私は大人。司さん(子ども)とは違うの。司さん(子ども)こんな(お子さまな)所は見せたくない。

急いで立ちあがり


「直樹、遅かったわね? あら、私のリュックも持ってきてくれたのね。」


ズボンの汚れを叩いて落としながらリュックを受けとる私。できるだけ何事も無かった風にしたけど、司さんだけでなく直樹や蒼井さんまで「うわぁ」って顔になって……。

間違いなく(「カッコいい)私の黒歴史(大人の女を)になっちゃった(演じてたのに」)





司さんが執務室と言っていたこの部屋は、1LDKマンションのような造りだった。角部屋みたいで大きな窓はふたつあって眩しいくらいの光が部屋の隅々まで照らしてる。窓のない壁には重厚なドア。私達が出てきた鏡は廊下に出ていくドアの横に石壁をくり貫いて嵌め込まれていて姿見として使いやすい位置にある。もうひとつのドアは司さんの個室で、寝室として使っているらしい。()()()らしく自分の部屋に他人を入れたくないようで直樹にも


「ここはダメ。」


と司さんは直樹を近づけずにドアを押さえていた。

ただ、この部屋、広さがおかしい。女性にしては背の高い私が二十人は寝れそうな床面積の部屋に年期が入った渋い色合いの木机と机に合わせた椅子。机も私ならベッドにできそうなぐらいに大きい。小柄な司さんが机の向こうに座っているのを想像すると、なんか微笑ましく感じるのだけど。机の近くには四人は座れるソファがふたつと長机、つまり応接セットが堂々と鎮座していた。


普通は石畳って底冷えするから絨毯じゅうたんくものなんだけどな?


いくら昼間が暑くても夜は冷える筈なのに。まして窓から外を見る限りけっこう高い場所にあるようだし明け方の底冷えは夏とはいえきついはず。それに寒暖の差があると石畳は結露して滑るからそれを防ぐ為にも歩く所に敷くものだが。石畳の上に直接、木製家具を置くと痛みが早くなるって聞いたけど、そんなのは気にしないのだろうか?

だけど司さんの自室側の石壁には紋様をあつらえた飾り布が下げられて異国情緒を感じさせられた。たぶん、この複雑な紋様の絨毯みたいな飾り布は石壁からくる冷気を適度に通すように作られているんだろう。この地方の風習だろうか?


私達の世界で言えばペルシャみたい?


画像を見ただけだけだから違うのかもしれないけど。壁に飾り布をかけたりしないかもだけど。

異世界とかいう文字どおりの別世界とは未だに思えないけど、こういった日本じゃない部分を見せられると、さすがに気分が高揚する。窓から見たら山裾に陽に輝く白い神殿が沢山見えた。残念ながらギリシャみたいな海沿いではないから青と白の対比ではなかったけど新緑の中に白い神殿が見えて、これはこれでいい景色に見えた、のだけど。この司さんがいる神殿? なのか家なのか分からない建物は山頂に近くて緑が少ない岩場にあった。


景色は良いけど住みつらそうな感じね。


私がそんな風に考えていた時。昂っていた気分を一気に落とす話が


「たぶん、信者達と離す以上に司君を逃がさない、私達を近づけない、それが理由ね。」


司さんを逃がさない? 近づけない? え? それって監禁? え? なに? 意味わかんないんだけど?

蒼井さんは事情を話したいみたいだけど司さんがそれを止めて。そのうえ、私の知らない直樹の趣向をさらりと暴露してくれた。直樹の動揺のしかたで本当にメイドが好きなのが分かる。そう言えば、何時だったか直樹が服を買ってくれる事になった時、やけに可愛い服ばかり有る所に連れていかれたっけ。私に合いそうもないから違うお店に変更したのだけど、普段着に出来ない様な服ばかりあったから……もしかして、今気づいたのだけど、アレって所謂いわゆるコスプレってやつだったんじゃ……。あの時、直樹の落ち込みようが、あまりに酷くて私、全力でなぐさめたんだけど?


あ、いまさら怒りがわいてきた。


おまけに司さんは私にない部分を強調してあおってくる。


そう、そんなに直樹に知られたくない何かが有るのね? わざわざ私を怒らせるんだもの、よっぽど知られたくないのね。

ええ、仕方ないわ。付き合ってあげる。だから、いい加減に胸を見せつけるの止めなさい!


直樹はオロオロと私と司さんを見て慌てていた。だけど、ね? これってただの“お遊び”だから。ちょっと本気も混じっているけど“お遊び”だから心配しなくてもいいの。

私と司さんのちょっと本気も入った言い合いは蒼井さんの


「見ているわよ。」


の一言で終わった。

終わった、のだけど。

そこからの司さんは私の知っている司さんじゃなくなった。操り人形が舞台で演技をしているようなぎこちなさと人に似せた人じゃない物を見る違和感。

今、私と言い合いを楽しんでいた司さんを見ていただけに、気持ち悪さを感じて私は言葉を失った。もし、初めて見る司さんが()()だったら私は何回も会ったりしなかったろう。こんな気持ち悪くて怖い物なんかに近づきたくはない。


「司さんが怖かったわ……。」

「……俺もだ。あんな司は初めて見た。」


司さんが神殿の用事を済ませると出ていってから、しばらくして私と直樹は大きく息をはいた。気がつかなかったけど、いつの間にか息を止めていたみたい。

そして、直樹は当たり前のように司さんを心配していた。かなり嫌われていると知っている蒼井さんに何を聞いてどうするつもりなのか。


ねえ、直樹。もし、私が司さんと逆の立場だったら直樹は同じようにしてくれた?


たぶん、最初は捜すけど直樹は私を捜すのを諦めて司さんと一緒になっていたんじゃないか。結局、私は司さんが帰ってくるまでの“間に合わせ”だったんじゃないのか。

今まで何回も、そう思ってきたけど直樹は私を見ているようで違う何かを見ている気がする。……違う。私を通して誰かを見ている、そんな気がして。だから、私は直樹を信じられない。

あんなに直樹が好きだったのに。

直樹は私を“恋人”だと家族に紹介したり司さんに言っているのに。

そして部屋を飛び出した直樹は、私を置いて走っていく。

わき目もふらず。




蒼井さんの直樹への不信はかなり溜まっているみたいで素直に司さんの事は教えてくれなかった。ま、当たり前ね。

それでも現状を何とかしたい気持ちはあるみたいで神殿で司さんの身の回りの世話をしている神官? に訊いてみろと唆してくれた。

たぶん、蒼井さんはこうなるのを見こうして話を通してくれていたのだろう。いくら直樹が怪しい事をしてエレナさんといった女の子を脅していたとしても、司さんが好きだと言っている人が司さんが隠したい事を隠したい相手に言うはずがない。懺悔する気持ちは本物に見えるからなおのこと。

直樹は気づいていない。直樹は素直で真っ直ぐだから、言われないと分からないだろうけど、蒼井さんは問いかけてきている。

私にどうするのかって。

司さんにこれ以上深入りさせたら戻れなくなるって。

ここが境界線で、私と直樹が“恋人同士”であるためには、ここが引き際だって教えてくれている。

大丈夫。蒼井さんの気持ちは受け取ったわ。

大丈夫。私は直樹が後悔するような事はしない。

大丈夫。もう、決めたから。


「俺、こんなやり方するヤツなんかに負けたくない……司の事がどうとかじゃなく、男として。」


不意に直樹が言った。

司さんを自分の妻とするためだけに閉じ込めてた馬鹿みたいな男に直樹はどう返すのだろう。

負けたくないなんて、直樹らしくもない。直樹はもっと素直にならないと。もう、自覚してもいいのよ?


「ええ、直樹ならそう言ってくれるって思ったわ。私も協力する。エレナさんには悪いけど“ザマァ”ってしましょう。」


その為に私も来たんだからね?

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