悪夢の終わりと破滅の始まり13
「私は……私たち三人は“聖女様”に酷い仕打ちをしてしまったのです。」
エレナさんは短く刈った髪を片手で触りながら暗い声で言った。
「そもそも、“聖女様”が神殿に囚われる原因は父、ポルツエイポートプル にあるのです。」
視線を足元に落とし
「父は国で最も多額の献金を神殿にしているのですが、そのこともあり優遇されております。」
権力に弱いだけじゃなくて金にも弱いのか……。神殿とはいったい。独立した勢力にならないのはおかしくないか? しかし、ゲームの時も神殿は中立ではなかったことを思い出して最後には司を誘拐した“女神”に思い当たり、納得した。
「神官の代表たる大神官に“聖女様”を神殿に連れてくるように働きかけたのも父でありました。そして、信者たちという鎖で神殿に囚えたのも、父の策略になるのです。」
司は上から押さえつけられると反発するが、“お願い”は自分にできる範囲で聞いてしまう時がある。司は大神官に騙されて信者たちの前に引き出されて内心、頭を抱えただろう。
「“聖女様”は王侯貴族になられる事を、よしとはしておりません。神殿という欲にまみれた人々が集う場なら、なおのこと。いえ“聖女様”に限った事ではありません。他の“英雄様がた”も“聖女様”と同じ様に権力ある存在を避けております。あの非道にして大陸中の国々が敗れた“魔王”を討伐するほどの高みにおられるのに、なんと貴き方々なのでしょう。正しく親しみ敬うべき“英雄”の姿ではありませんか。」
現代知識のある司達は面倒事を避けただけだと思うよ? とは、下に向けていた目を上げ、キラキラした状態で司達を語る笑顔のエレナさんには言えず、目を泳がせた。
「しかし、その様な方に神殿にいて欲しいと願うものがおりました。“魔王軍”が蹂躙した隣国を持つ、か弱いこの国に“聖女様”がおられる事の、なんと心強いことなのでしょう。“聖女様”が神殿から離れるようにしているのを知りつつも心の安定を求めたのです。」
たしかに、司達がゲームの時と同じ設定で、この世界にいるのなら二次職なら“魔王軍”の将軍でも互角に戦えるはずだ。最終形の三次職になら、それこそ“魔王”と互角だろう。俺も知っている司の仲間でいうなら、蒼井さんは二次職の“魔女”か三次職の“魔道師”。“勇者”の赤谷は三次職、“聖女”の称号をもつ司は、俺とゲームとして遊んでいた頃は二次職についていた。もっともゲームの時でも二次職についているプレイヤーはほとんどいなかった。三次職なんて俺みたいな引きこもりで時間が余ったやつか“廃神”と呼ばれた一部プレイヤーだけだったし。
エレナさんの声は沈んで澱んでいく。
「畏れ多くも“聖女様”に願った、その者は、この小国の有力な貴族の子でした。貴族の娘たるその者が膝をつき頭を垂れて願い、娘付きの娘達も主に習い願う姿はその場にいた民衆に広がり、そして“聖女様”は絡めから取られました。」
エレナさんは後悔に満ちた苦渋の顔つきで言う。うすうすは気づいていたが全てはエレナさんが始めたのか。だが、司はそれぐらいではあんな怒り方はしない。
「私が父の策略に含まれた一欠片なのが分かったのは、その日の夕餉を家族と楽しんでいるときです。父は民衆の前で膝をついた私の行動をお叱りになり……そして言ったのです。」
悔しげな悲しげな辛い事を耐える顔で
「……これで“聖女”を妻とするのに必要な時間が出来た、と。」
「はぁぁっ! つまぁぁーっ!」
「ええ。そうなのです。確かに私の父は、国内最大の有力貴族です。父の妻となれば生活の保証はされるでしょう。」
「つ……つま……司が……妻……奥さん……。」
「ちょっ、ちょっと、直樹。しっかりっ。」
話が予想外の方向へ飛び思わず叫んでしまった。
いやいや、司は“男”だぞ、と思いもしたが“聖女”な司しかしらないのであれば背の低めの女の子として見てしまうだろう事に気づいて頭に金ダライが落ちてきたような衝撃と、ドアに挟まれた黒板消しを分かっていながら避けられなかったような複雑な哀しみに襲われる。自分でなんでこんなにショック何だろう、と思いつつもそんな俺を苺さんが肩を掴んで揺すって覚醒させてくれた。
「しかし、父には私の母を会わせて五人の夫人がおり、尚且つ、木々に生える葉の如く妾が有るのです。」
今度の衝撃は俺と苺さんが思考停止して再起動に数秒かかった程度で収まる。再起動した苺さんはギリッと俺を睨んで胸もとをひっつかんだ。
「ふ、夫人って奥さんの事よね? 妾が木の葉っぱのようって……。」
「苺さん。気をたしかに。俺じゃないから。どっかのクソオヤジだから。」
「なんで司さんが女を囲みまくっているヤツなんかの奥さんにならなきゃならないのよ!」
苺さんはトラウマが発動したらしく見開いた何も映さない目で俺を見ながら首を絞めてきた。
苺さんは男に苦労してきたから……。おまけに自分の父親にまで苦しめられているし。
「そして、父は……すでに五十を越えているのです。そんな父に私と同世代、いえ、私より若い“聖女様”が嫁ぐなど……まして“聖女様”には想い人がいると聞きますのに、けっして容姿に優れた訳でも無い、金しか取り柄の無い父に嫁げなどと言えません。」
俺達の阿鼻叫喚を放ったらかしで苺さんと良く似た目をしてエレナさんが言っている。こちらもいろいろあったんだろう。それに父親をディスっている所がエレナさんの気持ちを表している。そしてエレナさんの父親は司の父親より年上なのが分かってしまった。……別に知りたくもなかったが。
「私は……私達は、父が“聖女様”を妻とする為に願ったのではないのです。だけど父は……私の父は私達を無理矢理神殿に押し込みあわす顔の無い私達を敬愛する“聖女様”の前に立たせ言ったのです。」
エレナさんの開ききった瞳孔は過去のその場面を見ているのだろうか。
「世界を救い大陸でもっとも敬愛するべき七人の一人。この私が唯一無二の主と認めた麗しのあのお方に。父は。私を。檻の門番と。」
エレナさんの父親とか言うクソオヤジは有力貴族の娘として生きてきたエレナさんを監視役だと司に言った。司のあの様子だと、それを信じている。
無理もない。エレナさんは司を逃がさなかったのだから。エレナさんが、いくら否定しても現実はエレナさんの言葉よりクソオヤジの言葉の方が説得力があるのが……。
「その上で、父はあのお方に、妻にするまでは逃がさない、と。なんの関わりもない無辜の民が死ぬような真似は止めておけと言い私達を好きに使えと置いていったのです。」
自分の策略で嵌めた司の前に嵌めた人を置いていく。“聖女”の司なら無体な事はしないという計算もあったんだろうけど、気持ちのいいやり方じゃない。
「私は今も忘れる事が出来ないのです。父の言葉に傷付き感情を失っていく、あのお方の顔を。」
傷付き感情を無くしたのはエレナさんもだった。懺悔とも言うべき語りでエレナさんの“キズ”がよみがえってきたらしく人形のような顔をしていた。俺と苺さんは言葉に困りお互いの顔を見せ合う。まさか、こんな話が出てくるとは思ってもみなかったのだ。
ややたってからエレナさんは落ち着いたのか、瞬きをして乾いた目に光を戻すと冷たい笑顔を柔らかい笑顔に変えて
「“聖女様”の想い人は貴方様なのですね?」
チラリと苺さんが俺を見た。その目は「どう答えるのか見せてもらう」と語っている。俺もどう答えるべきか考え……
「“聖女様”の力の抜けたお顔を初めて見させてもらいました。あの様なお顔もするのですね。」
エレナさんは答を求めてはいないようで苺さんと言い合っていた司を思い出したのかクスリと笑う。その一瞬だけ、エレナさんは嬉しそうに見えた。しかし、急に笑顔を消したエレナさんは
「父の権力は、この国だけではなく他国にまで及びます。“聖女様”を連れ出せたとしても父は諦めないでしょう。どうか父の目にとまってしまったのを不幸と諦め来世での会瀬を願っていただけませんか。」
と言って頭を下げた。
俺と苺さんは司達のいる世界に来たのだが司の状況があまりにも悪すぎてお互いに顔を見合わせながら言葉を交わせる気持ちがわかないまま部屋でだれていた。ただ、時おり苺さんと視線を合わせて“目の会話”はしている。たいした事は言っていないが。
司をどうする?
前に来たときには異世界だとはしゃいでいたから、そこまで訊いていなかったが司は「領地を貰うことになったんだけど、どうしよう」と言っていたはず。あの時、もう少し俺が真面目に対応していれば、こんな面倒はなかったかもしれない。
司達は“女神”に連れられて異世界へ。
この時、司は性別が変わり女の子に。
“女神”は“魔王”の討伐を司達に依頼、成功したら元の世界に戻す事を約束。
司達は“魔王”を討伐して。
“女神”は約束通り元の世界に戻る為の道具を司達に渡した。
ただ、討伐までに5年もの時間がたっていた為、様子見に何人か戻った際、色んな意味で狙われていた司は、その自覚がないまま神殿に行き軟禁状態に。
司の窮地を知った司の仲間は穏便な救出方法を探して神殿が権力に弱い事を調べあげる。
神殿にいる司を貴族になって助けよう作戦発動。
司が囚われた国で貴族になるも貴族の位が足りず救出失敗。
“魔王”討伐の他に目立つ事をして、その報奨で司を助けよう作戦発動。
領地は貰ったが領民はいない荒廃した土地だった。しかし司達なら勇名に誘われ領民が来るだろうと有力貴族に丸め込まれた国のトップは年内に領地を立て直す事を要求。
失敗したら貴族の地位を追われるのかも知れない。しかしそれ以上に今年中に司を助けないと大変な事になる。具体的には司の父親より年上のクソオヤジが司と結婚。司の仲間は、そうなるぐらいなら力づくで司を助けにはいるつもりのようだ。
俺もどうせならそうしたいのだが、一度、国民でもある信者たちと触れあってしまった司は争いで信者たちが傷付くのを嫌い穏便な方法を取らざるを得ない。司もこんな所で“聖女”をしなくても、とは思うのだがエレナさんの父親は司の性格を、そこまで読んでいたのだろう。
なんか妙に腹ただしい。
向こうが知らずこちら側に分があるとすれば、蒼井さんが空を飛ぶ事が出来る事と鏡の向こうの知識の二点だ。この世界は“魔法”というのは攻撃のみに使われるもので、生活を楽にする技術や便利にする技術ではない。つまり蒼井さんが空を飛んで司の仲間達と連絡を取り合っているとは思っていないのだ。司が住んでいるこの場所は山の山頂に近く、司が山から出ようとしても山裾に広がる12個の小神殿と信者たちが住む街を抜けなくてはならない。しかし、蒼井さんなら司を簡単に連れ出せるのだ。ただ、司が蒼井さんに連れ出してもらったとして信仰の的になってしまった司がいなくなったのならば混乱するだろうし最悪は内乱になるかもしれない。信者たちも王の理不尽とも言える命令を知っているから大陸を救った英雄がいなくなれば王家への不満が爆発しそうだ。
司の性格と司の仲間を理解して練られた謀だ。そして自分の欲望の為に沢山のものを踏みにじった謀でもある。
「苺さん。」
だれていた俺は同じようになって椅子からずれ落ちそうになっていた苺さんに話しかけた。
「俺、こんなやり方するヤツなんかに負けたくない……司の事がどうとかじゃなく、男として。」
声に出すと、急に考えがまとまってきた。そして苺さんも俺を見て頷いてくれる。
「ええ、直樹ならそう言ってくれるって思ったわ。私も協力する。エレナさんには悪いけど“ザマァ”ってしましょう。」
苺さんの言葉に力が湧いてくる。けど、俺と苺さんだけでは司を助ける事は出来ない。この世界の事は知らないに等しいし、こんなやり方をする貴族てのが、まったく理解できないから。
「協力者が必要だよな。」
俺は苺さんと連れ合って部屋を出た。目指すは蒼井さんとエレナさんだ。出来れば残りの二人にも手伝って貰いたい。
俺が今考えている事は、領地を豊かにするだけでなく、神殿にも信者たちにも影響するだろうから。




