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いとこは聖女様。  作者: 空気鍋
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悪夢の終わりと破滅の始まり10

司達と今後の予定を話し合った日の夜。

俺が風呂に入ろうとタオルを片手に持って廊下を歩いていると、父さんが肩を叩いてきた。


「直樹、父さんと風呂に入ろう。」


家の風呂は小さくはないが男が二人、肩を並べて入れる程ではない。しかも最近は父さんと入る度に水をかけられるは、逆上のぼせて部屋まで運ばれるは、とろくな事がない。思わず身構みがまえた俺を父さんは胡乱うろんげに見ていたが、おむろげに両肩を掴んで風呂場に押し込んできた。俺は身長180をやっと越えるぐらいだが父さんはもう少しで2メートルで体格も、どこのプロレスラーか柔道家かと思うがたいのよさ(筋肉の塊)。顔立ちも荒事あらごとに慣れている八九三やくざ屋さんが、その凶悪きょうあくな顔を驚愕きょうがくゆがませ「おぅ……。」と言葉を無くする程度には、人非人にんぴにんな顔立ちだったりする。そんな父さんはかなり大きい会社の顔重役だったか幹事だったかで会社の行く末を決める会議とかも普通に出ているのだが、ある日


「知らない事は訊いて覚えるだけではなく、自分で調べて確認する事も大事だ。」


と突然言い出した。その時の父さんの、見慣れていなければ威嚇しているようにしか見えない落ち込んだ顔が気になった俺は詳しく話を聞いてみたのだが。

その日の会議は若手の営業がプレゼンをしていたそうだ。若手とは言えプレゼンの質はかなり高く資料も分かりやすく抜粋されていて満足のいくモノだった。ただ、プレゼンの本筋と離れてしまうのだがIT関連の横文字がどうしても読めなくて


「(この文字の意味は)どういう事だ。」


問いかけて視線を若手営業に向けた。

父さんはその瞬間を


「水が打ったように静かになる、とは言うが父さんが言ったあの時、会議室が冷凍庫のように冷たく凍ったんだ。……ハハ……。」


何処かを見ながら言った。たぶん、北か南の極地点を見ていたんだろう。

言葉足らずな父さんの問いかけと挑むような視線に晒された若手営業は雰囲気の変わった会議室、スクリーンの前でプルプル震えながらひきつった笑顔を作り、口をパクパク動かしていたが声が出ていなかった。だから父さんは


「どうしたんだ(緊張しなくてもいいんだぞ)。」


優しく言った……つもりだったらしい。


「考えてみれば父さんは言葉を間違っていたんだ。だが、つい(父さんに慣れている部下に話をするように)何時ものようにしてしまった。」


若手営業が重役や幹事にプレゼンするという事の辛さ(プレッシャー)を忘れていた父さんの視線は若手営業に耐えられるモノではなかった。


「まるで雪山で雪崩れがおこったように唐突に崩れ落ちて座り込んだと思ったらゲリラ豪雨のように涙を流して10倍速再生の動画のように早口で、ごめんなさい、ごめんなさい、わからないしりょうをつくってごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……て虚ろな瞳で謝っていた。」


と父さん。当然、会議は若手営業が泣き止むまで2時間ほど中断して父さんは不気味な沈黙の(「殺気すら漂う」)中、慰め奮い立たせた若手営業が説明を再開するまで、非常にいたたまれない雰囲気だったらしい。

話が長くなったが、それぐらい強面こわおもてな顔つきの父さんが愛想笑あいそうわらいっぽく歪ませたら。見慣れているはずの俺すらびびって固まり、いつの間にか素っ裸にされて湯船に放り込まれた。





「……で、最近はどうなんだ。」


大学生にもなって父親に服を脱がされ風呂に強制連行された俺に会話のきっかけを作れない父さんが問いかけてきた。俺からすれば、ここまでして今更かよっ。とは思うのだが何を言い辛そうにしているのか、目を合わせないように髪を洗いながら。


「いや、別に何にもないなあ。」


本当は言わなきゃならない事は有るんだけど、気恥きはずかしくて何となくぼかしてしまう。

父さんに水をかけられて頭が冷えたから気づいた事があるとか。言いたい事が有るのに気づくまで待っていてくれた事とか。まあ、一言で言うと


「ありがとう。」


なんだけど……素面しらふでは言えないかな。


「……直樹は。」


俺がボヤッと湯船に浸かっていると言い辛そうに父さんが言い出した。


「……直樹は前に三郷野さんが彼女だと言ったな? 司くんは従弟だと言った、が。……その気持ちに変わりはないか?」


シャワーのお湯でシャンプーを流す父さんの首筋を白い泡が流れて広い鍛えられた背中を伝っていく。俺は父さんが言った言葉を白い泡が引き締まった尻肉から落ちていくのを見守ってから


「はあ?」


何を言いたいのか分からずに変な声をあげてしまった。


「司くんは従弟なんだな?」


父さんは重ねて問いかけてくる。俺は意味が分からないまま頷いた。


「ああ、司はイトコ、だ、よ?」


司が女になっても、俺を好きだと言っても、俺には苺さんがいるから。


「……はあ……。」


ため息は父さんと俺、両方から出た。

父さんは俺のため息を聞いて感情の混じりあった複雑な顔を向けてきて、俺は胸が痛むような気持ちに蓋をする。


「……なんだよ。」


黙って俺を見る父さんのなにか言いたげな視線を無視して目を閉じるが目の圧力とでも言うべきか、無視しきれずに言わされた。だが、目を開けはしないまま、父さんを見ないように目蓋を固く閉じる。父さんが何を言い出しても聞くつもりはないと態度で示したつもりだった。

父さんは、しばらく黙っていたが、やがて体を洗う気配がして


「直樹。言った事はあったか? 父さんはこれでももてていたんだぞ。」


洗いながら自慢話を始め、俺を困惑の底に落とした。

父さんは、そんな俺を置いて話を進める。話は、父さんがまだ学生だった頃、既に母さんと付き合っていた父さんが一人で歩いていた目の前に同じくらいの年頃の女の子がやってきた。その女の子は、あまりよろしくない男たち(不良ども)ともめていた所を助けてくれた父さんに惚れて告白をしてきた。

父さんは交際を断ったのだが、その後、よろしくない男たちの逆襲があったり親と不仲だった女の子を見捨てる事ができずに親との間を仲立ちしたりしているうちに母さんも知るところになって二股(浮気)を疑われた。そして遂に母さんと女の子は直接対決して父さんは二人に責められたそうだ。

父さんは二人に謝った。まぎらわしい態度をとった事。言いづらくて言えなかった父さんの気持ちを誰にも伝えていなかった事。

父さんは、この時生まれて初めて土下座をした。

母さんとはずっと前から付き合っていて、これからも一緒にいるつもりだと。女の子は境遇に同情しただけで“友達”の延長のつもりだと。

円満に別れる事は出来ず、女の子は泣き叫んで警察沙汰けいさつざたにまでなった。女の子は勿論、女の子の親達も付き合っていると勘違いしていて、かなりなじられた父さんは、謝る事しか出来なかった、と呟いた。


「多人数の女の子と上手く付き合っていけるのは、そこにどんな気持ちがあっても漫画の中だけだ。現実にはありえない。」


父さんはハッキリと言う。


「女に泣かれたら男は謝る事しか出来ん。」


いや、父さんも悪いよな? 母さんと付き合っているのに、女の子の人生に深入りし過ぎだし。

ただ、言いたい事は分かった。別れる時には修羅場を覚悟しろって事だろ? 司は諦めるつもりは無いと言っていたが俺は苺さんと別れるつもりは無いと司に言ったから父さんとは違う。修羅場は既に通りすぎているんだ。

父さんが言いたい事を理解していなかった俺は、ただ頷いた。

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