悪夢の終わりと破滅の始まり2
2月7日に再投稿しました。
打ち込み途中の物を投稿してしまい大変申し訳ありません。
数週間に及びちょっとずつ打ち込みをしましたので文章が荒くなっています……m(_ _)m。
僕はいつの間にか眠ってしまったらしい。
はっきり夢だと分かる夢を見ているのが、その証拠。
けど、この夢は悪夢と言って間違い無い夢だった。
夢の中では僕は何処かの町の誰かの家で寝ている名前も知らない女の子を上から見ていた。
女の子は中学生くらいに見える。狭い部屋の小さなベッドに顔立ちが良く似た小学生の低学年くらいの女の子を抱き締めるようにして眠っていた。
雨戸が閉まっているから時間は分からないが部屋の内も外も物音がしないところを見るとかなり遅い時間なんだと思う。
このまま終わってくれればいいのに。
夢だと分かっていて何も出来ない僕は祈る気持ちで呟いた。
それがフラグだったのかもしれない。
唐突に鐘の音が響き渡った。余裕無く叩かれる鐘に家の中が騒がしくなって、やがて部屋の扉が開かれた。
「リズ! レミ! 起きなさいっ!」
三十才くらいの“オバさん”というには若々《わかわか》しい女の人が、こんな状態でも起きなかった女の子二人を文字通り叩き起こした。
ビクッとエビが跳ねるように起きた女の子の大きい方は
「なによ、まだ夜じゃない……。」
と不貞腐れて呟いた後、鐘の音に気づいて顔色を変えた。
「え……何これ……。」
鐘の音が不意に途絶える。静かになった部屋に女の人の苛立った声が鐘の代わりに響く。
「いいから早く来なさい。」
女の人……母親が二人を引っ張るように引きずり大きめの部屋に連れ込んだ。
「リズ、レミ。起きたか。」
そこには大柄な男が雨戸を小さく開けて外の様子を伺っていて女の子と母親が入ってくると目を向けて軽く笑った。
良く見るとリズと呼ばれた大きい方は顔色を真っ青にしていたがレミと呼ばれている女の子はまだ眠そうに頭をリズの胸にこすり付けてむずかっていて。
「おねーちゃん、おかーさん、どうしたの?」
ピリピリした雰囲気の中、舌足らずな声が流れた。一人呼ばれなかった男の人……父親はガックリと肩を落としたが何か音がしたらしく片手で合図をして外の様子に集中する。小さな女の子は黙っている母親と姉を不思議そうに見ていたが外を見ている父親に、テテテーと走って近づくと
「ねえ、おとーさん。何してるの?」
と子供特有の高い声で問いかけた。
「黙らないかっ!」
慌てて駆け寄り子供を抱き締めた母親は父親に怒鳴られ泣き出した子供の口を自分の手でふさいだ。
「まずい! 足音が大きくなっている。……こっちに来てるんだ。」
その父親の言葉に悲鳴をあげた母親。
確かに金属が擦れ当たる音が何重にも聞こえる。僕は気づいていなかったけど悲鳴らしき声も微かに聞こえた。近づく凶音は父親が言ったように、だんだん近づいてきている。
怒声や罵声、女性の金切声。誰かの名前が呼ばれたかと思うと言葉の途中で切れ聞こえなくなり。ややたって泣き声が流れてきた。そして必死に拒絶する、わめき声と言うことを聞かせようとして苛立った叫び。
「何をしている! 早く裏口から出るんだっ!」
何が起こっているのか想像出来そうなそれが近づく中、父親は入り口にテーブルを動かして扉を開かないように塞ぐと暖炉に立て掛けていた鉄で出来た火掻き棒を両手で持ち家族を守るように立った。
母親は父親の怒声に我に返り慌てて子供達の手を引いた。
「レミ、リズ。早く行くわよ。」
「おとーさんは?」
だけど小さな女の子は何者も通さじ、と仁王立ちになる父親を不思議そうに見ると手を引く母親に無邪気に訊いた。
母親は一瞬、言葉に詰まった。
「……お父さんは、後で来るわ。わたし達は先に行くわよ。」
「おうっ! 父さんはやる事があるからな。終わったら直ぐ行くぞ。」
明るく言う父親に何かを感じたのか女の子は
「じゃあ、リズもてつだう~。」
胸を張って応えた。
絶句する父親。泣きそうになりながも小さく微笑む母親。悲痛な引きつった顔の大きい方の女の子。
「……リズ、ダメだよ。……お父さんの邪魔しちゃ、ダメ。」
引きつる顔を抑えようとして無表情になった女の子は自分の妹を後から抱きしめ
「リズ、行こう。」
我慢しているか細い声でささやいた。
「おねーちゃん?」
姉の堪えきれていない震える声に驚く女の子に父親が
「お父さんを手伝ってくれるのか、えらいぞぉ。……そうだな、北門の衛士さんを呼んで来てくれないか?」
優しい目付きで誉めてから言葉は女の子に真剣な目は母親に向けて言う。
「ええ、分かったわ。……リズ、行くわよ。ほらレミも。」
「……お父さん……さ……先に行くね? 必ず来てよ。」
「おとーさん、早く来るのよ?」
父親の言葉に母親は強く頷いた。二人の女の子は姉が涙をこぼし、妹は笑顔で父親に別れを告げる。
「おお、任せとけ。リズ、転ばないように急いで行くんだぞ。レミ、仲良くな。……二人を頼んだ。」
万感の思いを込めた目付きで家族を振り返った父親は金属の棒を両手で握りしめて扉に向きなおる。その家族の別れ方に僕は違和感を覚えた。
妹の方は親に頼み事をされたのが単純に嬉しいんだろうけど姉の方は中学生位なのに物分り良すぎないかな?
僕が姉の立場なら、もっとだだをこねている自信がある。なのにあの慌ただしい鐘の音が響く中、なかなか起きてこなかった事以外は粛々《しゅくしゅく》と行動しているように見えて。
もしかして、こうなる事を知っていた?
父親もおかしい。鐘が鳴ったなら何事かと外に出て見てまわるものじゃなかろうか? なのに家に閉じ籠り雨戸の隙間から外を見ていただけだった。
母親は初めから何かを覚悟をしていた。
そうした疑問は“裏口”を見て最大に高まる。“裏口”は壁に穴を開けて板を立て掛けただけの急拵えぶりだった。“裏口”の様子を見るに開けられてから、それほど経っているようは感じない。
間違いない。こうなる事を知っていた。
観ているしかできない僕は、そんな事から確信をもつ。
魔王軍に攻められた、どっかの街か村なんだろうけど? なんで逃げなかったんだろ。
立て掛けた板をどけて子供達より先に外の様子を見ていた母親がゴトッと音をたて倒れた。母親のあとを付いていた子供達は目を見開いて固まっている。
「どうしたんだっ。」
父親は背を向けていたから気づかなかったみたい。けど僕は見えてしまった。あの二人も見てしまったろう。
固まったまま動けない姉に代わり妹が言った。
「おとーさん、おかーさんのお顔が取れて転んじゃったの。」
妹の意味が分かっていない、しかし的確な言葉に父親が振り向き。固まっていた姉が悲鳴をあげ。同時に扉からガスッという音と共に斧の刃が生えてきた。
「ちぃっ。女を殺っちまった。」
そう言いながら“裏口”から入ってきたのは血濡れた剣を片手に持つ屈強そうな男。革鎧では無く金属の上半身鎧を付けた、その男は入ってから部屋を見渡し急展開に呆気にとられた父親と叫びをあげる子供しかいないのを見てとると舌打ちをして
「あー、ガキと男だけかよ。ハズレだぜ。」
その間も扉には斧が叩きつけられ遂には扉を抑えていたテーブルごと吹き飛ばされた。
「隊長ぉ、先に行くなんてずるいですぜぇ。」
毛むくじゃらで筋肉の盛り上がった、ゴリラな男が斧を手に入ってくる。
「おぅ、ワリィな。だがよ、ハズレだぜ? 女って言えばこんな年増かガキだからな。」
母親の頭を蹴飛ばしゴリラ男に応えた隊長とやらは軽く肩をすくめると
「ま、あんたらもちぃっと頭を使えば“豚”に逆らうなんてまねしなかったんだろうがな。バカな事したなぁ?」
ヒャハ、ヒヒヒ、と耳障りな声で嗤う男は妻を殺され逆上した父親が叫びながら突っ込んできたのをつまらなそうに見て、その剣を胸板に叩きつけた。骨が折れる鈍いが重ねて響き父親が倒れる。
「……に、逃げ、ろ……。」
父親は二人の女の子に一言言って動かなくなった。ほんの数分で父親も母親も亡くした女の子は茫然としていたが父親の言葉に我に返り傍らにいる妹の手を引いて裏口に走り出した。
「おねーちゃん、イタイっ。」
ただ、いきなりだったので妹は引きずられて転びかけた。それが抵抗になり後ろにつんのめる。妹も前に二歩、三歩と足を動かしていたが体格の差がある姉の歩幅には追いつけなかった。
「リズ、急いでっ!」
言葉と共に手を引いて無理矢理、進もうとして。
たぶん、父親を斬り倒した男が剣を下ろしたままニヤニヤ笑っていたのをチャンスだと思ったんだろう。男の脇を通り抜けられたら裏口までは真っ直ぐだから。
けど。
男が嗤っていたのは。
姉は、また、つんのめった。さっきは後ろに引かれて転びそうだった。今度は有ると思っていた抵抗が無くて前に転びそうになって
「リズっ! 何しているのっ! 早く行くよっ!」
目の前の男の様子を見ながら、悲鳴じみた声をあげて握った手を力強く引く。
そのまま、走ろうとして。
…………ああ……。もうイヤだ。
なんで僕は観ている事しか出来ないんだろう。なんで一家虐殺の場面を観せられているんだろう。
姉は、レミって子は自分の手で握った妹の、リズの“手”が抵抗も無く引かれて肘から先が無いのを数瞬、黙って見る。理解が出来ないのか、理解したくないのか。それから泣きそうな顔でゆっくり振り返った。
「リズ?」
リズは引かれていた状態から“解放”されて逆に尻餅をついていて、呆然とした顔からじわりじわりと泣き顔に変わっていく。
「おねーちゃんっ! あたしのお手てが取れちゃったよぉっ。イタイィィ~っ!」
声というより音。それも道路工事よりも凄まじい爆音が鳴り響いた。さしもの男達も耳を押さえて。
「プギッ。」
唐突に途切れた。
「リズ? ああ、リズ……。」
レミは目の前の妹の最後に眩暈を起こしたようにふらつき床に倒れた。
「……あ~……まだ耳がいてぇや。」
いつの間にか近づいていたゴリラみたいな男はリズの頭に打ち込んだ斧を持ち上げ耳を軽く叩いていた。
「まあ、こんなんのでも残ったんなら上出来ってやつですかね?」
ゴスッとわざと床に倒れたレミの顔の近くに斧を振り下ろした男が小さく悲鳴をあげて逃げようとした女の子を掴み上げた。
「はっ! そんなガキ、役に立つかよ。」
「隊長ぉ、女ってやつはこれぐらいになりゃ充分使えるんですぜ? 試してみやせんか?」
「俺はもっと見てて楽しい女の方がいいからな。そいつはくれてやるよ。日が出る前に戻るからな、何時までもたのしむんじゃねぇぞ? ……最後に始末だけはしておけよ。」
「へへっ、りょーかいですぜ。」
隊長とやらは家から出ていきゴリラ男はヒヒっと気味悪く笑い声をあげると。
僕は目を覚ますと口を手で押さえながらベッドの脇に置いてあるツボにこみ上げたモノを吐き出そうとして、間に合わず出してしまった。
あの、何時とも何処の誰とも知らない女の子は自分の身長の倍もありそうなゴリラ男に散々責められ夜が明ける頃、悲しげな息をひとつつき。満足気なゴリラ男が斧を女の子に向ける前に動かなくなった。僕はそれをただ、観せられて。
無力感や罪悪感、男の非道さに心と体が不調を訴え吐くものも無いのに胃から逆流してきたモノをただ吐き出す。自分で自分を癒したくても回復魔法を使えるほど集中出来ないし、僕は僕とさほど年の変わらない女の子がボロ布のようになっていくのを観せられてなお、冷静になれるほど“人”を辞めていない。
止まらない吐き気に咳き込みながら胃液を吐きほんの少し残った思考力で、この“悪夢”を分析して……いや、するまでもなく間違いなく“女神”から押し付けられた称号“聖女”がもつ技能の“神託”か“時詠み”だ。“神託”は“女神”が自分に都合のいい情報を夢等で観せる技能、“時詠み”は僕がこれから関わる事を直接ではなく間接的に教える技能。困った事にどちらも唐突にランダムに無理矢理、観せつけられ、いつ頃必要になる情報なのかも分からないうえ、今まで観せれたものは必ず悪夢、情報も役に立つのは魔王軍の侵攻進路の確定ぐらいで僕的には役に立った事がない。それどころか何時も吐きたくなるような“人道的じゃない”現実を瞬きすら許されず観せられる苦行でしかない。
すでに手足は痺れて上手く動かなくて胃液を服やシーツに撒き散らしている僕に神官見習いという名目で世話係り兼見張りをしている三人が気づいたらしく悲鳴があがった。
「聖女様! お気を確かに! 聖女様!」
「いけません、早く聖女様に回復魔法を!」
「ギャーッ聖女様あっ死んじゃヤダあ!」
「落ち着きなさい。とりあえず回復魔法を! 聖女様、今すぐ楽にしてさしあげます。」
「聖女様が自分で癒せないようなのをあたしらがどうにか出来るわけないだろ!」
「イヤーっ! 聖女様が死んじゃうーっ!」
「うるさいわよ。やってみてから無理だった、と言いなさい。」
「やる前から結果の分かっている事をする意味があるのかってんだよ? 分からないのか。」
「イヤッ。聖女様が死んじゃたら、あたしも死ぬう!」
「エミリ、うるさい。」
「エミリ。口を閉じろ。」
「…………ふ………………ふえっ…………ふえぇぇーっ! ふたりがおこったあ~っ!」
あ~ああ~うあああん。
幼女でも、もう少し考えた泣き声をあげるだろって突っ込みをいれたくなる泣き声をあげている子供っぽい女の人。それを無視して僕も放っておいて怒鳴り合う二人の女の人。
信じられる? これでも僕より年上なんだよ?
僕は頭の中で想像のお兄ちゃんに語りかけた。
神殿は俗世と切り離された世界だから貴族としている訳じゃないけど、子供っぽいのが伯父が伯爵で見かけだけ冷静と反対しかしてないのがそれぞれ男爵の娘。僕つきの三人の侍女とでも言うべき女の人達はお互いの意思疎通が無くて右往左往している。
胃液さえ吐き尽くした僕は、吐くものが無くなってえずくだけになり、ようやく思考力の戻ってきた頭で悪夢の事を考えてみた。
最初は魔王軍の所業の一つだと思っていたけど、あの場にいた男達は僕やあの女の子と同じ人種だった。そして男達が言った“豚”、着けている黒い鎧、その肩に刻まれた“勇猛なる誇り”を司どるグリフォンを象った紋様。逆らうものに容赦をしない性格となれば僕の脳裏には豚伯爵の異名をもつポートプルー伯爵しか思い浮かばない。あの“貪欲な豚”なら自分の利益の為に町を一つ潰すのも当たり前にする。けど、なんでこのタイミングで僕に見せたんだろ? 僕にどう関わりがあるんだろ?
「やけに騒がしいと思ったら、何をしているのかしら。」
喉が胃液で焼けて声が出ない、まだ手足が自由に動かない僕の周りは僕自身が撒き散らした吐瀉物で汚れてしまっている。僕はまだえずいていて吐くものも無いのに何かを吐こうとしていて、回復魔法を使いたくても、そこまで回復していない。ほんの少しだけでも回復出来たら魔法で一気に回復出来るのに。
「……ええ、状況は分かったわ。」
僕が見えない位置から近いていたみたいで、ヒョッと視界に入った蒼井さんは僕の顔を見るなり呆れて深い息をはいた。
「司君……いえ、聖女様のご様子は旅をしている間に見た事があります。聖女様は女神より神託を授けられたのでしょう。女神からの神託は体力と精神力を限界まで使うものですから聖女様ご自身でも回復魔法を使えなくなっているのでしょう。まずは回復魔法を。それから聖女様のお召し物やベッドが汚れています。湯浴みの準備と部屋を掃除をお願いできませんか? 聖女様は一度、私が使っている部屋に連れて行きます。さあ、急いでください。聖女様をこのままにしておくつもりですか。」
神殿内という事で僕を聖女と呼んだ蒼井さんは矢継ぎ早に指示をだした。本来、僕つきの神官に指示を出せるのは神殿長と神官長およびその付き人しかいない。蒼井さんは僕の個人的な知り合いでしかないから、“お願い”しかしていないのに素早く的確に指示されて
「あたしらは湯を運んでくる。あんたは聖女様を癒したら部屋を頼む。ほら、行くよ。」
「ええ~? わたしもぉー?」
「当たり前だろ。あたしだけじゃキツいんだよ。ほら、ほら。」
「ふあわあん~。おさないでぇ。」
二人はお湯を持ってくるのではなくて湯船に溜めてくれるらしい。この世界では魔法が平和利用させていないから湯船を使いたければお湯をバケツで運ばなくてはならない。お湯が用意出来る厨房から湯船のある部屋まで何十往復もしなくてはならないお湯運びは一人でやっていたらお湯が冷めてしまう。二人が部屋から出ていくと
「だから、私が言っていたのに。まったく。」
そう愚痴りながら残った一人も僕に回復魔法をかけて
「それでは聖女様、アオイ様。湯浴みの用意が出来ましたらお呼びにあがります。」
汚物まみれのシーツと上掛けを一まとめにすると部屋にある洗濯物を入れている籠に突っ込んで持ち上げると部屋を出て行った。それを見送ってから蒼井さんは、回復魔法で癒されたとは言え、まだろくに動けない僕の背中と膝裏に手を入れて持ち上げると
「それじゃ司君、何を見たのか教えてくれる?」
僕をお姫さま抱っこした蒼井さんは無駄にキリッとした顔で揃った真っ白い歯を光らせた。
間違いなく分かっていてやっている蒼井さんに。
癒されてようやく動くようになった口を動かして。
恨みがましく言った。
「僕の(お姫さま抱っこの)初めては蒼井さんでした。」




