戸惑いだらけのメインパート26
不機嫌な蒼井さんを先頭に司と苺さんが降りてきた。蒼井さんが不機嫌なのは思い通りに動かない司と苺さんへの苛立ちもあるだろうが二人に弄られた気持ちもあるんだろう。ただ、司と苺さんの間にも壁のようなモノがあって上機嫌に笑いあっている二人も、良く見ると緊迫した雰囲気が漂っていた。
俺は、こんな二人を“仲がいい”って思っていたのだから見る目が無い。
「ただいまーっ。」
玄関から妹の七歌の疲れた声がした。集まった時間も遅かったし、その後もいろいろあったせいで高校生の七歌が帰ってくる時間になっていたらしい。
「あ、ナナカねーちゃん。おかえりー。」
小学生の頃と同じ司の出迎えの声に
「はあ? まだいたのっ。」
七歌の暴言。暴言って言っていいよな。まあ、本当は午前中に話し合って、必要ならそのまま向こう側に行くはずだったからな。
「七歌さん? そんな言い方は無いと思うわ。」
つかさず苺さんの声。次いで
「ずいぶんなご挨拶ね?」
不機嫌を隠さない蒼井さんの声がする。
「……あっ。ごめん、なさい。そんなつもりじゃ……。ご、ごめんなさい、ちょっと通してっ。」
体育会系の部活に入っていただけあって年上には敬語を使う七歌の、らしくもない言葉使いが聞こえた。そのまま、玄関から小走りに来る足音がして
「どうゆう事よっ!」
リビングに入ってくる。
俺は苦笑いを浮かべた。どーゆー事もこーゆー事もなく、つまりは……
「話し合いはこれからなんだ。」
「はあ? なんでよ。今まで何してたのよ。」
「いろいろあったんだよ。……いろいろ、な。」
「あんたのハッキリ言わないところ、本当にムカつくわ。」
七歌はイライラした口調で切ると、何時ものように親がいるキッチンの食卓に向かうのではなくリビングに並べたソファを動かして座った。
俺は蒼井さんと話し合いをするにあたりリビングのソファを対面に並べていた。漢字で言えば二の形だ。それを七歌は俺が座る三人掛けのソファの前に並べた一人掛けのソファを動かして平仮名の“し”の字に並べ直した。
ローテーブルを囲むように“し”の長い部分が俺の座る三人掛けソファ。“し”の曲がっている部分に一人掛けのソファにイライラしている七歌が座って、蒼井さんは俺に対抗する立場上、“し”の伸ばした所に当たるソファに一人で座らざるを得ず司と苺さんは当たり前のように俺の両脇に座る。
七歌の座る場所は所謂、議長席、中立席になるが、蒼井さんと俺が話し合う場所は一対多の様相となっていた。七歌は座る場所を調整しただけで蒼井さんが不利になるよう場を整えたのである。今までの俺なら、こんな所も気づかず“七歌が邪魔をする”と思っていたのだから、自分を嘲笑うしかない。
蒼井さんはソファの並び、特に七歌が座る場所をジッと見ていたが、無視されると大きくため息をついて一人掛けのソファに座る。少しふてくされているようにも見えた。
七歌が口に出さず目で始まりを告げた。司と苺さんは一瞬、目を交わし合い。
「待ってくれないか?」
どちらが先に言う前に俺は言う。昨日、風呂で逆上せるまで考えた事。
「まず、はっきりさせないといけないと思うんだ。」
“あんた、今更、なに言うつもり?”と七歌が目で問いかけてくる。司と苺さんも驚いた顔をしていて、蒼井さんは呆れた顔で俺を見ていた。
「改めてみんなに紹介するよ。俺の彼女の三郷野苺さんだ。苺さん、コイツが昔、家出をして帰って来なかったいとこの司だ。」
「はあ?」という声が重なりリビングの時間が停まった。
「……ばっかじゃないのっ?」
しばらくたって動き出したのは七歌だった。呆れた顔。お前は馬鹿だと思いのこもった低い声。
「ブフッ。」
吹き出す声に目を向けると母さんが食卓で身を捩って笑っていた。声も無く笑う姿はエビが跳び跳ねているところを連想させるた。その向かい側で信じられないものを見た顔の父さんが固まっている。
「……はあ~……。」
天井を見ながら深い息を吐いた蒼井さん。心持ちずり下がっていた。
「……お兄ちゃん……。」
「……直樹。」
司と苺さんは同時に言いかけ俺を挟んでお見合いをして。
「えっ……と。いや、みんなの前ではっきりさせようと思ったんだ。司には悪いが司は“弟”みたいなもんだし、な。」
なんか、俺が思っていたのと違う反応がかえってきて慌てて言う。
「お兄ちゃん。」
「直樹……はあ。」
何故か、司も苺さんも“かわいそうな子”を見る目で俺を見ていた。
「やっぱりあんたって……」
「……バカね。」
七歌が言いかけた言葉を蒼井さんが続けた。
おかしい。何故、こうなった?
俺が苺さんを「彼女」としてみんなの前で宣言した後。
何故かなんとも言えない雰囲気になり。
投げやりな七歌が
「やる気無いけど、言いたい事どうぞ?」
はあ~と大きいため息をわざとらしくついて言った。
「私は、出来れば直樹に行って欲しくないけど、行くのであれば私も着いていきたい。それだけね。」
俺の左腕を抱きしめたまま苺さんが答え、
「僕は“諦める事は出来ない”って言ったよ? それだけ。」
俺の右腕を逆間接に極めて膨れた司が言う。
「もう、勝手にすればいいわ。来るなら死なない程度に守ってあげるし、それ以外は自己責任ね。」
考えるのも面倒。そんなやさぐれた態度で蒼井さんが言って、今回の騒動は一応の決着を見せたのだが。
俺達の間に流れるシラ~っとした空気はなんだ?
キッチンで笑い転げている母さんと頭を抱えた父さんはどうしたんだ?
なんで、憐れむような、可哀想なモノを見る目で俺は見られているんだ?
……解せぬ。




