おつきあい②~司と直樹 編~
僕とお兄ちゃんの彼女さんで恋敵の苺さんは、散々お兄ちゃんをディスった蒼井さんを弄って復讐をしようとした。
最初は上手くいっているように見えた復讐だったけど、弄り方が悪かったのか、蒼井さんが僕らより上手だったのか。いつの間にか蒼井さんが赤谷との事を惚気出して延々一時間、聞きたくもない夜の話しまでされて“砂を吐く”気持ちどころか“砂糖の塊にメープルシロップとハチミツをかけて食べたような頭の痛さ”を味わい、げんなり、ぐったりしてしまった。
虚ろな眼差しの苺さんが僕を見る。たぶん、僕も同じ目で苺さんを見ているんだろう……。
蒼井さんはまだ語り続けている。
だから、赤谷が夜、どんなに優しいかとか言わなくてもいいから!
そんなの聞かされても次、赤谷に会った時どんな顔をすればいいか分からなくなるから!
「司さんは直樹のどこが良かったの?」
蒼井さんが息継ぎをした僅かな瞬間、苺さんが遮るように話しを振ってきた。
「お兄ちゃんの良いところはいっぱいあるよ。例えばねぇ。」
「赤谷君だってたくさ……。」
「お兄ちゃんは僕が小さい時、本を読んでくれたりしてくれたんだよ!」
「そう! 直樹は優しいね!」
「赤谷君だっ……。」
「そ、それにね!」
「うん、なにかしら!」
「赤谷君……。」
「僕が迷子になった時だって、ずっと探してくれたんだ!」
「さすが、直樹ね!」
「あかた……。」
「まだあるんだよ!」
「なにかしら!」
僕も苺さんも必死だ。これ以上はリアクションのとりずらい惚気は聞きたくない。蒼井さんが何かを言う前に被せて止める。
「わかったわ。わ、か、り、ま、し、た! この続きはまた今度ね。じゃあ、次は司君の番よね?」
蒼井さんが不貞腐れて僕に八つ当りしてきた。そして僕はようやく気づく。
蒼井さん、負けた風に見せて、一人勝ち。……字余り。
ディスって惚気て恋ばなしを聞き出す。なんて気持ち良さそうな連続技。
大人の強さを見せつけられた気がします。
「……司君? 何故か非常に気分が悪くなったのだけど? ……変な事考えて無いわよねぇ~?」
ジロリと笑顔を作った蒼井さんは眼球だけを動かして目元にシワを寄せないようにしながら睨んだ。
オバさ……年上のカッコいいオネー様は経験も豊富で勘も鋭くていらっしゃいます……。
蒼井さんに言われて僕とお兄ちゃんの馴れ初めを考えたけれど何時も一緒にいたせいで何時からそう見ていたかなんて分からなかった。
思わず腕を組み唸った僕に
「直樹からは司君が何時も後ろをついてきた話や司君が意外に料理好きって聞いてるわ。もしかして“料理好き”って直樹の為?」
苺さんから悩んでいる僕に話題を振ってくれた。
ま、また蒼井さんの惚気話しを聞かされるよりは少しでも関心のある方がいいだろうけど。
けど、こんな所にも“お兄ちゃんの彼女さん”っていう余裕を感じてしまう僕。……小さいな……。
複雑な内心を隠して苺さんに頷いた。
「そうだよ。苺さんも分かってると思うけどお兄ちゃんは家庭科的な事なにも出来ない人だから。」
僕が初めて料理を作ったのは小学校五年生の頃。家庭科の実習で目玉焼きとお味噌汁とお米を磨いで。その翌週にはカレーライスを作った。
お兄ちゃんは高校二年生で、家中に洗濯物を放っておくようなずぼらな高校生だった。お兄ちゃんのお母さんとナナカねーちゃんはそんなお兄ちゃんに呆れていてため息をつきながら洗濯物を集めていたっけ。
ある日、おお兄ちゃん以外の人が旅行でいなくなる事があった。僕のお母さん達も恒例の旅行に行っていたから夏だったと思う。二人して薄い本を段ボールに詰めて意気揚々《いきようよう》と出かけて行って山のような本を持って帰ってくるのが恒例だったから。
お兄ちゃんは何故か三日ぶんの食費を一日で使いきり僕に泣きついてきた。それで僕は朝は目玉焼きとお味噌汁とご飯を炊いて昼は目玉焼きと僕の家に買い置きしていた非常食のカンパン。夜はカレーライスを作って一緒に食べたんだ。
お兄ちゃんと二人だけの食事っていうだけでドキドキしながら食べてさ。あれからなんだよね、料理に力が入ったの。
「……高校生の癖に小学生にご飯の準備をさせて……あきれたわ……。」
あれ? 蒼井さんが首を振りながら「ダメ男」って呟いてる。
苺さんが「直樹ってそゆとこあるわね」って頷いてる?
「けど、お兄ちゃんは僕が洗濯物を集めて洗濯と掃除をしてる間に食器はちゃんと洗ってくれたんだよ?」
フォローをするつもりで言ったけどよく考えたらフォローになって無かった。
「食べたら自分で洗うのは当然です。っていうか、ね? ……洗濯と掃除も司君がしたのでしょう?」
「……うん……。」
蒼井さんの確認するような言葉に小さく答える僕。
「直樹の事だから……何時もは洗濯物そのまま起きっぱなしなのに帰ってきたら綺麗だからお父さん達、驚いたんじゃない?」
「…………うん……。」
お兄ちゃん、ごめん。
苺さんの言葉にも頷いて心の中でお兄ちゃんに謝った。これ、蒼井さん並みに“お兄ちゃんをディスってる”。
「直樹ってあれなのよね。大雑把だから洗った食器に洗剤の泡が残ってたりするのよね。」
分かってる、分かってる。隠さなくていいのよ?
苺さんはそんな風に言った。僕も小学生の頃を思い出してお兄ちゃんが洗った後、こっそり洗い直していた記憶が蘇り
「………………お兄ちゃんが洗うと、二度手間なんだよね……。」
言った。
言ってしまった。
お兄ちゃん。
ごめん。
けどホントにめんどくさかったんだもん。
一応、お兄ちゃんも気を使ってくれていたから「いらない」っていいつらかったし。けど洗い方を年下の僕が教えるのはおかしいかな? って。
それにお兄ちゃんは力一杯、お皿を洗うからガチャ、ガリッ、ガチャンって割れてそうで怖くて割れやヒビが入ってないか見直す意味もあったんだよね。
「直樹だしな~。」
「そう、直樹君はそう、なのね。」
いかにも“しかたないな”と笑って言う苺さんの横で鬼も裸足で逃げそうな笑顔の蒼井さん。
確かに高校生なのに小学生に頼りきりってどうかな? って思うけど僕はお兄ちゃんの為に出来ることがあって嬉しかったんだけどなぁ。
そう言えばいつの間にかお兄ちゃんが留守番の時、お兄ちゃんの食費はお兄ちゃんのお母さんから直接僕に渡されるようになったな。あの時は、お兄ちゃんの家族に認められた感じがしていたけど「ごめんなさい。直樹をよろしく。」って違う意味だった?
私は司君と三郷野さんの話しを聞きながら直樹君への好感度がすり減り嫌悪感が増すのを止められなかった。
小学生が出来ることを高校生が出来ないのかいっ!
私は固まりつつある直樹君の印象を確める為に三郷野さんに目を向けた。
司君の惚気話でした。
……のろけばなし?




