戸惑いだらけのメインパート23
唐突な苺さんの言葉に狼狽えた様子の司だったが、流石に称号“聖女”なのは伊達ではなかったようで感情をコントロールした声で症状を告げた。
「まず、回復魔法と言えばその名もズバリ、“回復”があるけど実は神力で回復力を跳ね上げているだけだから感染症には効果が薄かったりするんだよね。……ごめん、ちょっと触るね?」
「……っ! いたったたた。」
司は一声かけてから苺さんの患部を触ったらしい。苺さんの悲鳴が聞こえてきた。
「ごめんね。けどやっぱり、この腫れているのは涙をつたって病原菌が目に入って目蓋や顔全体に広がったせいだと思う。……蒼井さんの受け売りだけど。」
司は、いったん息を置いてから
「普通に“魔法”で“回復”させるとぜったいに痕が残る……から。今回は“魔法”の重ねがけをします。“魔法”は無理矢理事象を置き換えする力なので本来は人の回復する力で治すのが正しいのですが、そう言ってられませんね。」
司はモードが切り替わったらしく言葉使いが変わってきた。
「まず、顔が腫れた原因を消します。少し顔が熱くなるか痒くなりますが我慢してください。次に始めの”魔法“で荒れた肌を癒します。針でつつかれるような痛みがありますが、これをしないと痕が残ります。最後に”回復“をします。しばらくは体にだるさが残りますが、それほど辛くはないはずです。……それでは始めますね。目を閉じてください。」
司の声を聞きながら俺はゲームの時に使っていた”魔法“の数々《かずかず》を思い浮かべた。ゲームでは“魔法コマンド”を選べばいくらでも使えた。重ねて使う事も多くてデメリットは無かった。今、司が使う“魔法”は熱かったり痒かったり痛かったりだるくなったりデメリットがありすぎる。
「え? ちょっと待って? 針で突かれるようなって……ってっ! あつっ! あつつっ! って、かゆい? カユイカユイカユイカユ……ウマ……って、痛くなってきたぁっ? いたっいたたっいたたたたたっ! あいたぁっ! ……ふにゃ~っ……もうだめぇ~。」
悲鳴が息も絶え絶えな声になるまで数分間、苺さんは悶えていた……ようだ。そんなドタバタした音が聞こえていたのだが“聖女”として覚醒した司は
「“魔法”とは不安定な存在なのです。そんな力で安定している私達を変えようとすると反動がくるのです。それは“精神力”を磨り減らす事で軽減は出来るのですが全ての反動を無くする事は出来ないのです。」
司は笑いを含んだ声で、おそらくぐったりしている苺さんに語りかけた。
「……なんか、期待していたのとちがう……。それに雰囲気も違うし、司さんって感じじゃない。」
疲れきった声で苺さんが答えて小さく息を吐く。
「ごめんなさい。……なんか、神殿で治療奉仕をしてる癖がでた。」
苺さんの言葉に上品っぽくクスクス笑っていた司の言葉使いが戻っていく。
「……つまり、そんな演技をしなきゃならないような所なのね?」
「……うん。」
疲れた声の苺さんも七歌と同じように何故そうなるのか分からないが司の事を俺より理解しているみたいだ。司の今の境遇は司達しか分からない筈なのになんで、どこで司の事を知るのだろう。
「私としても司君を何時までもあんな所に置いておくつもりは無いわ。ただ、あの子が司君の居場所になるのかというと……無理ね。」
蒼井さんは、とことん俺を外した言い方をする。それだけ俺の行動が許せなくなったんだろう。俺がやった事と周りにあたえた影響を父さんや七歌に教えられなければ蒼井さんを逆恨みしていた。
「私はね。司君との事も赦せないけど、三郷野さんとの事も赦せないの。三郷野さんが顔を隠してここに来た時、あの子は何をした? 何もしてないわ。目の前にいる三郷野さんが何で顔を隠しているのか気にならないの? 聞かないの? なんで見ているだけなの?」
蒼井さんは息を吐く。そして俺は蒼井さんの言葉に項垂れざるをえなかった。聞こうとは思った。けど聞いていいのか躊躇ってしまい、聞けなかった。
「お兄ちゃんは苛められていた時があって他の人と距離を置くときがあるから……。」
司が呟くように小さい声で蒼井さんに言った。ただ、声の小ささが司も蒼井さんが言った事を考えていた証拠に思える。
「だから、なに? 苛められていたから自分も苛めていいの? 自分の彼女でしょう? 自分の彼女だから顔を隠して歩いても無視していいの? 違うでしょう? 聞くでしょう? なにが有ったのか、どうしてそんな事をしているのか。」
違うの? と司に問い返した蒼井さんは司が答える前に
「今、聞かないでいつ聞くの? 今でしょう? なんで無視しているの。関心が無いからでしょう? あの子は仮にも自分の彼女に対して“無関心”っていう苛めをしたの。昨日、あんなに言い争っていた時も、そう。無関心だからっ。」
「司さん、ありがとう。なんだかだるさが抜けたらスッキリしてきたわ。目もちゃんと見えるようになったし。」
蒼井さんの俺への糾弾を止めたのは、またも苺さんの話しの流れを無視した言葉だった。
「……ん、顔の腫れも触った感じ無いわね。“ぱーへくと”よ、司さん。」
ドア越しにすら司と蒼井さんが呆気にとられたのが分かった。
「さて、蒼井さん。私の事をそんなに考えてもらえてうれしいわ。……ただね。」
あえて空気を読まない態度をとった苺さんは静かに言う。とはいえ俺の経験上こんな時の苺さんはけっこう怒っている。俺と苺さんが付き合いだした頃、何故かデートの約束をしている日に限って教授やゼミ仲間に捕まって待ち合わせに遅れたりドタキャンが続いた時の苺さんの声だ。
「直樹を知ったふりしないで。私を勝手に哀れまないで。子供じゃあるまいし何から何まで決められたくは無いわ。」
ふぅ。
苺さんのため息ともつかない息を吐く声が聞こえてきた。
「直樹が無関心? 違うわ、余計な事は言わない、聞かない、だけ。必要な時にそばにいてくれる、私はそんな直樹が好きよ。蒼井さんが言った直樹の“欠点”なんて……“それがどうしたの”程度よ。」
苺さんが断言した。
正直、苺さんの言葉は俺の胸にグッとくる。
「そんな事で直樹を諦めるなら初めから好きにならないわ。」
胸にきた“グッ”は蒼井さんの言葉に冷えてボロボロな俺の胸の奥で暖かく俺を暖めてくれた。
「……そーだね。……ほんと、そう。」
司がたぶん頷きながら言った。
「こんな事で諦めるなら初めから好きにならない、そうだよね。……少なくとも僕はお兄ちゃんがそんな鈍感で分かって無くて時々勘違いな所があること、知ってるし。知っていても好きなんだし。」
司は誰に言ったのか、「ライバルに教わるとは」と呟いた。




