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いとこは聖女様。  作者: 空気鍋
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戸惑いだらけのメインパート22

目の前に見慣みなれたドアがある。木製で色は焦げ茶色。廊下ろうかかべは白だから良くえる。2階には俺の部屋の他に妹の七歌の部屋もあるが七歌はまだ帰ってきていない。後は物置き代わりに使っている部屋と客室がひとつ。静かな廊下には閉めたとはいえ薄いドア越しに声が聞こえていた。


「うわぁ。ひどい、ね。」


この元気に聞こえるのは司だろう。司は何かを見て実感じっかんがこもった声をあげている。


「ちょっと! 目蓋まぶただけじゃ無いじゃないっ。……こんなにむくんで……痛くないの?」


慌てた口調のやや高い声は蒼井さんのようだ。かなり驚いた様子で、おそらく苺さんに問いかけた。


「すみません。こんな事をたのんでしまって。痛くは無いんですけど目蓋が重くて視界しかいが半分くらいしか無いんですよね。ずっと冷やしていたんだけどなかなか引かなくて……お約束した時間に間にあわなくて本当に申し訳ありません。」


年上の蒼井さんと話しているのだろう、苺さんは枯れた声で堅苦かたくるしくあやまっている。ただ、気になるのは苺さんは女性にしては低い声だが、もっと耳に心地好ここちよく生命力にあふれたんだ声の持ち主だ。かすれているのは何か理由が有るからだろうと思っていたのだけど。

夏風邪だろうか。


「……別にいいわ。治すのは司君だから私がとやかく言っても仕方がない事よ。」


かすかにため息が聞こえた。


「司君は、もうそのつもりで用意しているわ。それに貴女あなたを見て“やめなさい”なんて同じ女として言えない。」

「……ありがとうございます。」

「貴女を治すのは司君よ。お礼は司君にどうぞ。」

「……ありがとう、司さん。」

「……どういたしまして、苺さん。」


突き放すような蒼井さんとやけに他人行儀たにんぎょうぎな二人。何か刺すような緊迫感きんぱくかんがドア越しにも感じられる。昨日の対決の後、分かり合った筈じゃなかったろうか。


「……本当に不思議だわ。貴女達が取り合うほどあの子(「直樹」)は良い男かしら。」


「分からないわ。」と蒼井さんは前置きして困惑こんわくしたように言った。


「私にはあの子を“取り合い”するのが分からない。」


心底しんそこ、そう思っているのが分かる心のこもった声だ。


「お兄ちゃんの良いところは蒼井さんには分からないんだよ。」

「直樹の事を良く知らないから分からないだけだわ。」


司と苺さんは同時に蒼井さんに反論してくれた。


「お兄ちゃんは優しくて強いんだよ。」

「直樹は柔軟に包んでくれる人だわ。」


少し


「お兄ちゃんは僕が大人に殴られそうになった時、かばってくれたんだ。」

「あら、直樹は私の勘違かんちがいではじをかいてもゆるしてくれたわ。」

「……僕のため()()に部活もしないで登下校一緒だったんだ。」

「司さんがいなくなったのは小学生の頃よね? そんな小さな頃から“拘束こうそくする女”だったのね。」


グッと司が息を呑んだのが分かる。っていうか、司との事で“拘束”されているなんて思った事無いんだが。いや、それ以前に俺と司がかよっていた学校は“集団登校”、“集団下校”をさせるために部活動はひかえめだったから登下校が一緒なのはむしろ当たり前だろ、司。


「直樹はどんな小さな約束やくそくでも覚えているわ。そしてさりげない事だけど、自分が悪いと思ったら素直すなおあやまるし何かしてもらったらありがとうって言ってくれる。何より私の話しを無視しないで聞いてくれる。」

「確かにそれは同意するよ? だけど小学生の頃の僕でも出来てた事なのに。……もしかして苺さんって男運無い?」

「大学生にもなると何か勘違いして小学生の頃やった事は“恥ずかしい過去”って封印ふういんしてしまうのが多いのよ……。後、“勉強”ばかりし過ぎて約束を守る事、返事をする事を理解出来ない()()()。」

「……大学生なのに?」

「そう、大学生なのに。」


また、しばらく間が空いた。

司は大学生(「大人」)の現実を知って愕然がくぜんとしたのではないだろうか。苺さんは入学の頃、付きまとわられた男がそのタイプだったから思い出しているのだろうか。


「……つまり、苺さんって男運が悪いんだね。」


今度は苺さんがグッとつまった。


「ち……違うわ。確かに直樹が初めての彼氏じゃ無いけど今は直樹をつかまえたもの。」

「うん、お兄ちゃんに会う前の彼氏は約束を守らなくて挨拶あいさつが出来ない人だったんでしょ? 充分じゅうぶん悪いよ。」

「ふぐぅぅぅぅっ!」

「司君、これ以上三郷野さんを泣かせてどうするの!」

「……あっ。」


「泣いてなんかない」、「ごめん、調子にのった」と声だけ聞けばどちらが年上か分からないやり取りがあり、パンッとするどい手を叩く音がするまで止まらなかった。


「私が言いたいのは良さが分かる、分からないの話しじゃ無いのよ。」


手を打って二人を止めた蒼井さんは


「確かにあの子の良さが分からないのは事実だけど。そこじゃなくて司君を振っておきながら苺さんの前で司君に優しくする、無神経さを言いたいのよ。私も最初は司君を振ったあの子をうらんだけどね、彼女がいるのに付き合う訳にいかないからそれは分かるの。けどね、昨日の様子を見て。」


蒼井さんは一度、言葉を切った。


「最悪だったわ。司君が()()()()に捕まらなくて良かったと思った。……昨日、司君と三郷野さんが言い合っていた時、あの子は二人の間をフラフラして何もしなかった。妹さんにチャチャをいられなければ()()はどうしていたのかしら。」


やっぱり、蒼井さんは、そう思っていたんだ。そして、その考えはたぶん間違いない。俺はあの時、七歌に苛ついていたから、あの事が無ければ何もしなかっただろう。


「私はね、あの子は司君にも勿論もちろん、三郷野さんにも相応ふさわしくないと思っているわ。」


断言だんげん。俺についてかたれる程の二人を相手に蒼井さんは言いきる。蒼井さんの言葉には説得力があり説得しようとする勢いもあった。


「そんな事……無い……。」


司が否定ひていしたが言葉でだけの否定。何時に無く力の無い司の言葉は部屋の中に消えていった。


「ね、司さん。治療ちりょうをしてもらっていいかしら?」


しばらくしてから苺さんが司になのんできて、空気を読まない言葉に司は戸惑とまどった声をあげた。元々《もともと》、俺の部屋に三人が集まったのは苺さんの“お願い”に司と蒼井さんがこたえたからだ。苺さんの“お願い”がなんなのか俺には教えてくれなかったが苺さんが「治療」と言うのだから怪我けがをしたのかもしれない。


「……じゃあ、苺さん。顔を良く見せて? ……こんなにれてると魔法一つで治せなさそう。」


司はきびしい声をあげた。

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