戸惑いだらけのメインパート20
私が大泣きした翌日。本当なら今日の午前中に話し合いをする筈だったのだけど……。
まだ引かない。
時間は、もうお昼をとぉっくに過ぎて優雅な午後ティーを楽しむ頃にかかりつつある。
狭い視界は冷やしても、どうしても、目蓋が腫れたままで、会う時間をずらして貰っているのに、腫れが引く迄となるとその時間も守れそうになくて私はいっその事、取ってしまおうか? 等と思ったりもした。
多分、昨日は化粧も落とさないで泣きながら寝ていたから、そのせいもあったんだろう。私の記憶の中で一番の大泣きだったのもあるかも。
恋敵が現れてからずっと泣きたいのを堪えていた、というのもあるかもしれない。あの娘が帰ってきてから直樹は私から距離を置いているし話しかけても“上の空”だしあの娘と会えない間は引きこもるくらい落ち込むし。
私って直樹の彼女じゃないの? 私って直樹のなんなの? あの娘と私のどちらが大事なの? 直樹、私を見てよって思っても、あの娘が帰ってきた時の直樹の喜びようを思い出すと言えないよね?
それで今、こうなっているんだから……バカ。
私って自分で気づいていなかったけどバカだった。
本当、バカ。
直樹は私の事しか見ていない、誰が相手でも負けない。そう思っていたし実際、他の誰が相手でも勝ってきたから“直樹の彼女”していたんだし。だから心配していなかった。これも油断って言うのかな?
「まいったな。」
今日、話し合いをしなければ直樹は向こうにあの娘と一緒に行ってしまうかもしれない。そうなったら次に会えるのはいつになることか。異世界と言うのがどんな感じなのか分からないけど、ネット小説では一度行けば帰ってこれないのがほとんどだった。あの娘だって戻って来るまでに数年かかっていたのだから、有り得ないかもしれないけど、もしかしたらこれが最後になるかも?
会わない、行かないという選択肢は無い。けど、この顔じゃ会えない。顔を見せないで話し合いをしても昨日のあの娘や保護者に私の“気持ち”が伝わるとは思えない。
やっぱり会わない、行かないという選択肢が無い。
大事な事だから重ねて言うけど。
……こんな顔で綺麗系姉型と綺麗系年下妹型の二人に会いたく無いけど、こんな顔じゃ行きたく無いけど。
どうしよう。
二日連続の裸で“お出迎え”。俺は寝ていて覚えていないが司と蒼井さんには“普通そこまで見せるか?”という所を見せていたらしい。寝ている間に蹴落としたタオルケットを被せたのは司達だった事を教えられ、またも悶絶した。
そんな俺だが、今は司達と一緒に玄関に来ている。理由は二つ。一つは苺さんから「もうすぐ着く」の連絡が来たから。もう一つがリビングにいた父さんと母さんの、無言の……。
おかしな雰囲気だったリビングから逃げるように玄関に出迎えに来たのだが、何故か司達もついてきた。
「お兄ちゃんだけがお出迎えしたらいぢめだよ。」
司は俺に向かってそんな事を言ったのだが何が苛めなのかは言わなかった。司と苺さんが電話していた時、司は最初、ひどく驚いていた。それから話しをしているうちに納得して、チラリ、チラリと俺を睨むようになり。今は、何時もの司になったが電話を切ってから、しばらくはトゲトゲしい態度だった。リビングで父さんと母さんが息子を見るような目をしなかったのも、これが理由の一つだろう。
蒼井さんは司と小声で話しをした後は俺を見る事すらしないで俺の親と世間話をしている。
針のむしろに座っているような居心地の悪さの中、司だけが態度を変えず付き合ってくれている。振った上に雑な扱いをされて尚、俺の事を考えてくれている司に今まで考えた事すら無かった思いが沸き上がってきた。
‐司が女なら良かったのに。てか、司は今、女だよな。
ゾワッとした。
俺、今、何を、考えた?
俺の彼女は苺さんで司は元男だぞ。苺さんを裏切るような事が出来るかっ。
また、ゾワワッとする。
俺、司が元男でも……?!
「バカかっ!」
苺さんを裏切って、ついこの間振ったばかりの司と?
あまりに自分に都合のいい事を考えた自分自身にイラついてつい呟いた。というか声に出したつもりは無かったのだが声に出ていたらしい。
「お兄ちゃん?」
気づいたら司が訝しげに俺の顔を覗きこんでいた。身長が俺より大分低い司は見上げるように俺を見て上目使いの青い目に俺の顔を映している。日本人では有り得ない白い肌がやや紅く染まり形の良い小さな唇は柔かそうに震え俺を呼んでいた。
「…………?」
俺の反応が無いのが不思議だったらしい。司はちょっと困ったように眉を寄せて小さく首を傾げ
「……お兄ちゃん?」
もう一度、呼びかけながら俺に寄りそうように近づき、くっと顎を上げた。玄関にある窓からの陽射しが司の顔を照らしているのだろうか、司の短い金色の髪と白い肌の小顔が輝いて俺の脳を直撃する。司の青い目は相変わらず俺を映し瞬きすら忘れたように離れない。
「お兄ちゃん……?」
スッと司の顔が近づいた。片手を俺の胸元に、それを支えにしておきつま先立ちをしたらしい。俺は微かに笑む司から目を離せず。やや不安定な司を抱き止めようとして…………。
「ぬおおおおおっ!」
全力で後ろに跳んだ。全力過ぎて後ろにある下駄箱に腰をぶつけ反動でつま先立ちなのに支えを無くしてフラフラしている司に飛び込みそうになる。
「うおおおぉぉぉっ!」
なんとか片足を突っぱね司を回避したが、その勢いのまま廊下を転がってしまった。よくあるマンガのように数回、転がり壁にぶつかって、ようやく止まる。俺が壁にぶつかった時の酷い騒音にリビングから親と蒼井さんが出てきて呆れた顔で俺を見た。
「直樹、家を壊すつもりかっ。」
「司ちゃんに変な事しようとして投げ飛ばされたんじゃないでしょね?」
「貴方は何をしているのよ。」
「……お兄ちゃんのバーカ。」
父さんの冗談なのか本気なのか分からない言葉と共に母さんのニアピンな言葉。心底呆れた声の蒼井さんの言葉に隠れた司の小声での呟き。
全部、一遍に言われた後、間を置かずにインターフォンが鳴った。




