戸惑いだらけのメインパート19
風呂でいろいろ考えていて、のぼせた俺はおそらく父さんによって俺の部屋に運ばれ二日連続で醜態を司と蒼井さんに晒した。具体的には素裸で寝ている状態で二人を……俺も、ほら? 若いから男の生理現象というか……言いたくないがもっこりした姿で出迎えていた。その時、司が俺の知っている純粋な司じゃなくなっているのを理解してしまい。俺は司の執拗な目に恐れおののき、蒼井さんの言われてみれば当たり前な言葉に茫然自失となり。
「オレってバカだぜぇーっ!」
と朝日に向かって叫びそうになって。
気を落ちつけて追い込まれた精神を奮いただし服を着た頃にはけっこう時間が経っていた。
そして、今。
再び招き入れた二人に弁解をしていたのだが。
「ホントなんだっ。信じてくれっ!」
「あら? そうなの? フゥ~ン。」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。僕、信じてる。」
俺の泣きつかんばかりの言葉に蒼井さんは興味無さげな、というか興味無い態度をとり司は目を逸らしながら
「……信じてる。……うん、信じてる、……信じてる?」
と繰り返し唱えている。ただ、だんだん自信無げに声が小さくなって
「大丈夫。どんなだってお兄ちゃんだし、理解するもん。」
自分に言い聞かすように言うのは止めてくれ。本当に俺には見せて喜ぶ趣味は無いんだ。
「ホントなんだって! 鏡を動かしても不都合ないって知っていたら鏡は外に置いていたんだ。決して見せる為に置いていたんだじゃないぃぃぃ。」
泣きつくというより目尻には涙がにじんでいたが露出趣味と断言されるのは俺の沽券にかかわる。
「お兄ちゃん、大丈夫だよ。僕、分かってる。」
相変わらず司は俺から微妙に目を逸らす。
「ええ、分かったわ。それより昨日の話をしたいのだけど?」
蒼井さんは冷淡に話しを進め。
「…………、苺さんは午後二くらいになると連絡がありました……。」
“とりつく島も無い”態度に俺は肩を落として答えた。確かに蒼井さんには俺の駄目な所しか見せてないし司の英雄仲間でもあり保護者な人に俺が見せていた態度は自分が大事なみっともない態度だった。
妹の七歌が、いろいろ仕組んでみせて、父さんに叱られ、ようやくその事に気づいたのだが、蒼井さん的には遅かったようだ。
俺を見る目に今までのにこやかな光は無い。
「あら。昨日の時点では今日の午前中に話し合いをする筈よね? 急に予定を変えられても困るのだけど。……ま、いいわ。待ちましょう。」
予定が変わったのは“お出迎え”のゴタゴタの時だ。あの時に“繋がって”いたようで苺さんは朝一行き違いが無いように連絡をしていた。のぼせて朝、起きるのが遅くなかったら気づいて司達に伝える事ができて苺さんが“常識の無い”扱いをされなかったと思うと。
何処までもあれは響いてくる。
「俺ってほんとバカだな。」
やる事が抜けすぎて、その事以外考えられない。
俺が自虐モードに入っていると苺さんからメールがきた。
件名 至急連絡ください。
本文 魔法を使える人に確認したいことが有るんだけど直接言いたいから電話をください。
大雑把に魔法と言っているけど、何をトラブっているのだろうか。取りあえず司に電話をしてもらう。
「……僕がいた時はこんな板は殆ど使っている人、いなかったのに。……お兄ちゃん、どうやって使うの?」
司が言う所の“板”はそんなに新しい機種ではないのだが確かに司がいなくなる頃は珍しい物だったかもしれない。司は当時まだ小学生だった事もあり、持っていたのは折り畳みのプリペイド携帯で珍しくネットも繋げないタイプの物だった。司はなにもできない、と珍しく不満気にしていたのを覚えている。
その司だが。スマホをクルクル回しながらボタンを探している。画面は待機状態で画面を触れば起動状態になるのにボタンを押しながら「なんか光った。」とか「なんか出てきた。」騒がしい。隣で蒼井さんも興味津々といった様子で見ていた。忙しなく画面が消えたりついたり上下左右が切り替わったりしているスマホがなんか不憫になり
「あー、司。まず、画面をタップして起動させてからアプリの電話をタップするんだ。」
「たっぷ? あぷり?」
「司君、タップというのは叩く、という意味よ。」
ジロリと俺を見る蒼井さんのフォローと俺の言葉に首を傾げた司はスマホをジッと見ていたが何を思ったのか手を握りしめスマホを殴ろうとした。
「まてマテ待て。俺の言い方が悪かったからちょぉっと待て。」
慌てて司に渡したスマホを奪い取ろうとしたが司はプッと脹れスマホを両手で握りしめた。
「なんだよ。電話ぐらいできるもん。」
イヤ、できてないから。たぶん、できないから。
口には出さなかったが俺のそんな思いが通じてしまったらしい。司の機嫌がみるみる悪くなっていく。スマホがミシリと泣いた。
「べっつに、お兄ちゃんに教えられなくても電話は電話だし。」
丁度よくスマホの画面は起動状態になっていたようで電話マークを見つけた司は、しばらく悩み絵の下側を細い指で押した。当然何も起こらない。
「むっ。」
司の脹らんだ頬が更に膨らんだ。困ったように眉尻を下げ、しかし動かないスマホを睨む。
「司、下側じゃなく、そのマークをだな……」
「分かってるもん。邪魔しないで。」
俺の言葉に被せて司は叫びマークを押した。
司の細い指、その内の長い人さし指が電話の受話器マークを押している。どれだけ強く押しているのか、またスマホがミシリと泣いた。
司は片手にスマホを持ち片手でスマホを押している。スマホがミシミシ言っているのだが大丈夫だろうか。
ずいぶん“押し”の時間が長いな?
「んん? はがす?」
「はがすなぁっ!」
はがしたらそれこそ“板”になってしまう。スマホを司から無理矢理、奪い取り状態を確認する。型遅れだが、そのぶん手に馴染んだスマホは画面も割れず耐えてはくれていた。ただ、無機質だった画面がカラフルな七色に光り、驚きの“びふぉあふたぁ”していた。
「てか、歪んでしまっているじゃないか。」
一応、反応はしているが液晶が押されたままでは、このスマホは長くないだろう。俺は自分で苺さんに電話をしながら始めから、そうしておけば良かった、と考えて。
「お兄ちゃん……その……ごめん。」
申し訳なさそうに謝る司に。
あ、またやってしまった。
そう悟る。司はスマホを使えない事で意固地になってスマホをいじった。その様子が可愛らしかったから黙って見ていたのだが始めから俺が電話をかけていれば、意固地にならなかった。そして、何時ならフォローは「また、新しいのを買えばいいさ。」だった。フォローしているようで“新しいのを買う事を強いた”相手にチクリと刺す言葉だ。わざとではない上に俺の気配りが足りなかったのに相手を責めるとは。それも自分では上手いフォローをしたつもりで。
確かに壊したのは司。だけど聞きもしなかったのは俺。黙ってスマホを渡したのも俺。
だから、この場で言うべきは
「いや、確認もしないで渡した俺が悪い。というか始めから電話をかけて司に代われば良かったんだ。すまん。」
司が驚いた顔をして俺を見た。
無性に悲しかった。そんなに今までやらかしていただろうか。……いたんだろうな……。
蒼井さんがふぅん? といった顔で俺を見る。
俺を見ていた目が少し優しくなった気がした。具体的には北極にいるような凍える目つきから冷凍庫にいるぐらいの目つきに。
「ま、当たり前よね。」
俺が20数年間、気づきもしなくて司が帰って来てから数か月、七歌や父さんに怒られ気づいた事は“当たり前”だったようです。蒼井さんの一言が俺を突き刺した。




