長めのプロローグ 5~父は考える~
私にとって、息子の直樹は不思議な存在だった。
近所に住む義理の妹夫婦の子である司君も不思議な存在だった。
直樹はもう、高校生になるのに女の子に興味ないのか家に連れて来るどころか話題にもでない。司君が来ているのは毎日、話題になるので分かるのだが。それも実に嬉しそうにノロケを交えて語るのだ。顔を見る限り自覚は無さそうで、家族がうんざりしていても語り尽くすのが、息子のいくつも有る欠点の1つで自覚していないのが、不思議だった。
その司君も片道、歩いて15分程度とはいっても小学生なのに毎日、通いつめるのは不気味ですらあった。まして、来ても息子を見るだけで帰る時も有るのだから私が不思議に思っても仕方がないではないか。
息子が司君を支えにして引きこもりから復帰した後は息子が司君を離したがらないで司君が苦笑する事が有るほど一緒にいる様になった。私は息子が司君に依存しているとばかり思っていたが娘に言わせると「同性カップル」という事になるらしい。確かに二人は従兄弟や親友と言うより恋人同士と言った方がふさわしいベタつきようだ。息子が支えになった司君への恩返しにプロポーズじみた宣言したり、娘のバイト先での騒動はそう捉えればよく分かる。
ならば、と私は覚悟をした。このまま二人共上手くいくのかは分からないが遠い将来に、息子が義妹夫婦に司君を貰いにいくかも知れない。司君は前から息子に惚れていたようなので息子が貰いにいったのなら拒みはするまい。私からすると同性の恋人という不思議な関係ではあるが、今のベタつき様を見ると無理な別れは、二人にとって良い事にならないだろう、と思ったのだ。
ただ、司君はまだ小学生で今はまだ、中性的な、顔つき、体つきでも数年もすれば髭も生えてくるし体も男らしくなるだろうし息子も高校、大学と人生においても出逢いの多い時期に入っている。もしかしたら時間が解決し自然消滅も有り得ると考えてはいた。私としてはそうなってほしいのだが。
私が覚悟を決めて会いに行くと義妹夫婦も用件の見当がついていた様で、お互いなにも言わずまず土下座をしあった。
「息子が人前でバカな事をして申し訳ありません。」
「これから先、息子が更にバカな事を言いに行くかもしれません。どうか許してください。」
義妹夫婦も土下座して返してきた。
「元々は宅の息子が蒔いた種です。こちらこそ、ご子息の将来を決めてしまい申し訳ありません。」
同性でさえなければおそらく上手くいった話なのだろう。何事にも無頓着な息子を司君はよく嗜めていた。それだけに世間に認められない仲になりつつある二人は不憫だった。家族にすら認められないだろう。娘は司君を良く思っていないから特に反対するだろう。妻も世間体を気にするタイプだから認め無いだろう。だから私達だけでも認めよう。
私も義妹夫婦もそう考えていた。
司君が行方不明になったのは、それからすぐだった。
息子がまた、引きこもりかかったのは支えになった司君が消えてから何日もしない時だった。大学受験を目の前にして引きこもりかかった息子を久し振りに怒鳴り付け張った押した。
「司君がお前の為にやった事をお前が否定するのか。」
死んだ目をしていた息子にはその言葉は思いの外、きつかった様だ。目を背け僅かに涙を溢して独り言の様に言った。
「アイツ、俺になにも言わずに消えやがった。」
確かに息子は「次は俺が助ける番だ。」と宣言していた。理解は出来る。そんなに頼りないか、と、自分には何も言えない程信頼もないのかと言いたいのだろう。だが、情けない。自分のした事を忘れ司君が悪い様な話をするとは。
「何時まで小学生の司君に甘えているんだ。バカ息子が!」
感情的に叫んだのは、あまりに情けなかったからだ。私は息子をこんな風に育てていたのか。こんな小さな男に。
「司君がお前を見たら笑うだろうな。いや、泣くかもしれんな。なんだ、自分の惚れた男はこの程度だったのかと。」
わざと挑発気味に言う。
「司君は見る目が無いな。男のお前に惚れた上に中身の無い事にも気づかずにいたんだからな。いや、気づいたから逃げたのか?」
「お前は司君に捨てられたんだ。こんな明確な話はないだろう?」
「司君は自分で自分を幸せに出来る子だ。お前は出来ないヤツだ。好きだ、惚れたと言いながらあの子はお前を捨てる事の出来る、その程度のヤツだったんだよ。」
鼻で嘲笑いながら言い募るとようやく息子が叫んだ。立ち上がりながら殴りかかってくる。
「………じゃ、…。アイツを…司を悪く言うんじゃねぇ!」
殴りかかってきたが、まだ殴られてやる訳にはいかない。動きを見切ると腕をとり、背中を向け腰に乗せる。学生の頃教えられた柔道の動きだ。
安普請の家の揺れた。
「………ちくしょう。…ちくしょぉー!」
床に蹲った息子はただ叫ぶ。
「それだけか。お前はそれだけしか出来ないのか。」
「司君が戻った時、お前はどんな顔で会うつもりだ。」
「司君が無いと何も出来ないお前は司君の支えになれると本気で思っているのか。」
「お前は司君の何になりたいんだ。思い出してみろ。」
言い捨て息子に背を向けた。
あぁ、昔の青春ドラマみたいだな。昔は憧れたもんだ。長髪のあの先生とか、ボールを追いかけて走るあれとか。まぁ、実際にやるとしんどいけどな。
思いの外重かった息子のせいで痛みだした腰を叩きながら妻と娘のいるリビングに向かう。
司君は息子の何に惚れたんだか。
見る目が無い、と言ったのは本音だ。私から見て息子は司君の様なしっかりした子に惚れられる要素が薄い。
息子よ。しっかりしろ。司君の想いに応えた以上司君を守るのは、お前の義務だ。今のままじゃ守れんぞ。
司君が胸を張って惚れた男だ。と言える様にならないと世間は潰しにくるぞ。分かっているのか。
うぉぉぉぉ
くぐもった泣き声が聞こえてきた部屋を振り返りため息をついた。
泣いて許して貰えるのは、子供だけだぞ。
だから、本気で泣くのはこれで終わりにしておけ。
この日より息子は人が変わった様になり私から見ても大人の男になっていき、第一志望の大学に入学する。そして大学の仲間や戻って来た司君と騒動を起こしながら楽しい生活をしていく事になる。
私には息子も従兄弟の司君も今もまだ、不思議な存在だ。だが、二人が幸せそうに笑いあっているのであれば、それでもいいのかもしれない。
私は縁側で妻と孫をあやしながらようやくそう思えるようになった。




