戸惑いだらけのメインパート15
遅くなって申し訳ありません。
今回も長めになります。
前回1月31日の投稿が間違えていたようなので2月1日6時頃投稿しなおしたのですが再投稿した分が間違えていました。2月1日12時頃、再再投稿しています。
大変大変申し訳ありません。
ミスがミスを呼ぶってこういう事を言うんですね……。
私が自宅のマンションに戻ってきたのはけっこう遅い時間になってからだった。
部屋は出ていく時のまま。
昨日、直樹が持ってきて置いていった物や私の今朝の決意とか。
私は持っていた肩がけのバックを両手で掴み壁に投げつけた。高いくせに華奢なバックはその衝撃で金具が砕けて散らばりポスンと気の抜けた音と共に床に落ちる。壁には金具でついた目立つ傷が残り私からはお気にいりのバックが消えた。
私はあの子と直接対決して直樹は私のだって宣言する筈だった。
なのに。
なのになんで?
なのになんでこうなったの?
きっかけは直樹の一言だった。だけどその一言は険悪になりつつあった私達を和解させるだけの破壊力があって場の雰囲気にも流された私はあの子に「挑戦をうける」なんて言ってしまった。
ねえ、私……馬鹿なの? 馬鹿なのね? 馬鹿以外の何物でもないわ。ほんっと馬鹿。
自分で分かっていたのに。
今、直樹が誰を見ているかって事。
「なんなのよっ! なんなのよっ! なんなのよっ!」
ドンッ! ドンッ! ドンッ! 床を叩いて叫んだ。下の階から怒鳴り声があがる。当たり前のそれに私は叫び返した。
「うっさいっ。そんなに五月蝿いならどっかに行っちゃいなさいよっ!」
悪いのは私なのに。壁に八つ当りしてバックに八つ当りして下の階の人に八つ当り。
私こんな女だった?
そう思った途端、溜まっていたものが溢れだした。最所はポロポロ。続いてボロボロ、いつの間にかダーッと流れ出した涙に気づいて悲しい気持ちが高まる。
「……ふぇっ……ふぇぇ……ふわあぁぁぁ……あぁーっ……アアアーっ!」
もう、止まらない。部屋にへたりこんで子供みたいに泣き叫んだ。
本当はあの時に泣きたかった。
あの子の前だからって関係無く本当は直樹を抱き締めて泣いて離したくなかった。それをプライドが許さなかったなんて……なんて、馬鹿……。それで誰もいない今ここで泣くなんて。
私の中にある理性が泣いているうちに溶けて涙と一緒に流ていく。
残ったのは感情だけ。直樹さえいてくれたらという感情だけしか残らなかった。
なんで今、直樹はいてくれないのだろう。傍にいてほしい時にいてくれない直樹なんて。……直樹……なんて……。
「寂しいよお、直樹。」
私は自分で自分を抱き締めながら泣き続けた。
僕は壊れていた蒼井さんの手を引きながら神殿の部屋に戻ってきた。蒼井さんは自分が壊れていた間にやらかした事をものすごく後悔している。だけど、僕は言いたい。
「今更おそいんだよ。」
もちろん言ったりはしない。
けどね、僕は違う場面であの女と二人っきりの時になった時に言うつもりだったのにみんながいる前で蒼井さんの口から出るなんて……最低。お兄ちゃんは聞き流していたみたいだけどあの場にいたみんなはちゃんと聞いていた……最悪。
誤魔化すのも出来る状態じゃなかったし僕の本心としては間違えてなかったから”渡りに船“という訳じゃないけど言っちゃった。
その後はお兄ちゃんの鈍感さに苦労していたあの女におもわず同情していたり、複雑な僕の気持ちをお兄ちゃんが一言でぶち壊して空気をめちゃくちゃにしたり。
気がついたら僕は「お兄ちゃんが好き」なんてあの女に言ってた。
すごいね、告白だ。
バッカじゃなかろうか。
相手が違うし、もうお兄ちゃんに振られていたのに。
ほんっとに僕、アホ過ぎる。
だから、僕は不機嫌に蒼井さんの手を引く。蒼井さんは自分の行動が僕を怒らせたって思っているみたいだけど違うんだな。
僕は怒っていない。
不機嫌になっただけ。
「あなたの挑戦をうけるわ。」
あの女が言った言葉が僕に突き刺さってチクチクしている。あの女の上から目線がイライラさせた。力強く言い切った堂々《どうどう》とした態度がムカつく。わざわざ僕をライバル扱いをする、そんな僕には出来ない大人の女が余裕が、けど、羨ましい。そして子供扱いされている今が腹立つ。
蒼井さんの手を握る手に力がこもった。
これは八つ当りじゃない。不機嫌になる原因を作った蒼井さんへの当然の報復。
「……いたっ。いたたたっ。いだだだだだっ! 司君? 痛いっ! 痛いから!」
自信満々なあの女からお兄ちゃんを取り戻すのはかなり厳しい戦いになりそうだった。
だから僕は蒼井さんに笑いかけた。
「大丈夫。僕、職業聖女だから。」
僕の言葉に蒼井さんの顔が青くなる。
やらかした。
そう思うのは何年ぶりか。司君に手を引かれ神殿に戻ってきた私は今日の出来事にそう思う。
や、最近、忙しいは邪魔は入るは赤谷君に3人のオマケがくっついてくるは。いろいろストレスが……なんて思っていたけど、まさかあんな所で。
司君と“お兄ちゃん”さんのやり取りを見ていたら、つい。
スイッチが入っちゃった。
テヘ。
ペロ?
最近のモテスマイルなのよね。流行っているなら恥ずかしくても頑張る。たださえ赤谷君とは20才近く年の差があるんだから少しでも若く見せないと。
バクハツして私は気がすんだが、そのせいで司君と向こう側の女の子が一触即発になったのはマズかったかもしれない。その段階でフォローにまわれば司君がここまで怒らなかっただろう。けど、領地経営のアドバイザーを捜しにきたという建前で来た私の本当の理由は“お兄ちゃん”さんの見極め。なら丁度いいじゃない、災い転じて幸となる、こんなトラブルでどうするかな? なんて軽い気持ちで壊れたふりして様子を見ていたら。
右往左往、小心翼翼、他力本願。周りにおされて、何も言えずに、誰かが何とかするのを待つ弱い男の子がいただけだった。とても司君の言っていた勧善懲悪、有言実行、不撓不屈な完璧超人ではないだろうと思っていたけど、あれは酷すぎる。同じくらいの歳なのに私の赤谷君とは全然違う。
結果、司君の相手としては落第。司君には悪いけどあんなのはふさわしくない。
最後まで家族に助けられて、それですらまともな対応はしなかったあの子では司君が巻き込まれた穢い世界には入る事も難しい。
私が誰か見繕って司君に紹介しようかしら。たしか、向こう側の世界に侯爵家の次男坊がいたはず彼なら裏表のやり取りはお手のものだわ。
私が“お兄ちゃん”さんを斬り捨てて考え出した時、司君に握られている手が悲鳴をあげた。ギシギシ骨がきしむ音がしている。
「……いたっ。いたたたっ。いだだだだだっ! 司君? 痛いっ! 痛いから!」
握られた手を引き逃げようとした私に司君はニタッと笑うと
「大丈夫。僕、職業聖女だから。」
底冷えのする声で宣言した。
やらかしたわ……。
私は改めて思う。
“お兄ちゃん”さんを斬り捨てた私の考えを読んだのか、司君に違う男性を見繕う考えを読んだのか、それとも一連の騒動そのものが気にくわなかったのか。逃げれない状態で最高位の回復職の怒りを買ってしまった私は。
ギシギシからメキメキとし始めた手を見守るしか出来なかった。
あたしが学校から帰ってきた時には、もう遅かった。
その時には司とあの人が睨み合いアイツがその真ん中で固まっていた。
「直樹も情けないわね。」
お母さんがアイツを見てため息をついて、お父さんも頷く。
「良いにしろ、悪いにしろ、男が言わなくては止まれないだろうな。」
あたしから見たアイツは司がいなくなってあの人に乗り換え司が戻ってきた途端、司に乗り換えるご都合主義な二股男にしか見えない。司のいない間に隙間に入り込んだあの人をあたしは嫌いだったけど、この展開は正直イラつく。
最初のやり取りはあの人に軍配があがったようで不貞腐れた司はアイツをからかって遊んでいる。
ああ、バカ直樹。司の色仕掛に引っかかってるんじゃないわよっ! なんであの人がここに来たか分かってんの? 蒼井さんなんか言外に“連れていかない”って言ってるじゃない。あの人だけに交渉させてどうするのよっ! あんた分かってるの……だから、司の色仕掛にいちいち鼻の下を延ばすなっ!
あたし側からは司がアイツをからかい蒼井さんがあの人をあしらいあの人は司からも蒼井さんからも邪険にされている姿がよく見えた。それをアイツは気づかずに司に遊ばれている。
流石にあの人が可哀相になりアイツに文句を言おうとして腕を引かれた。見るとお父さんが首を横に振っている。お父さんもゴツい顔つきに合わず昔はヤンチャだったとお母さんから聞いた。けど今はお母さん一筋になって浮気な話しすら無いのに。やはり男同士通じあうものがあるのだろうか? だとするとこれからはお父さんも距離を開けるようにしないと……。
「下手な事を言えば止まらなくなる。直樹に気づかせろ。」
……ああ、外野は余計な事はするなって話しね、納得。
確かに司がアイツをからかって遊んでいる時にあたしがアイツに文句を言おうものなら、それが切欠になってバトルが始まりそうな感じがある。もしかすると司はそれを狙っているのかもしれない。色仕掛で釣り上げられたアイツがいる限り今は司が有利。先程言い負けた借りをここで返すつもりなのかも。
流石、お父さん。修羅場潜って来ただけあるね。
ところがあまりのイチャつきぶりに蒼井さんがキレてあの人は耐えるだけ。
ねえ、あんたは分かってるの? あんたの彼女は誰なのよ。ひじ打ち一発だけなんてどれだけ我慢していると思っているの?
お母さんは暢気にクッキーを食べていてお父さんは今更、朝刊を読んでいる。ただよく見ると二人共、眉間にシワが。
「直樹は、あれだな。まだまだ子供だな。」
「女の子は大人になるのが早いっていうけどねえ、直樹も大学生になって成人式も済ませたんだから、いい加減にねぇ。」
お母さんとお父さんは小声で言い合ってがくりと肩を落とした。
ねぇ、あんた。超絶親不孝ものになってるわよ?
蒼井さんは小言みたいに愚痴っていたがポロリと危険なワードが出てきた。あの人がいきり立ち仕方なさそうに司が相対した。司はともなくあの人には頭に燃える沸騰する一言だったのは間違い無い。
リャクダツって略奪よね。……司、アイツのどこがそんなにいいの? そこまでしなきゃならない男じゃないでしょ?
だけど司は開き直ってあの人に宣言してしまった。それを黙って見ているバカ兄貴。ため息を、深いため息をつくお母さんとお父さん。
あたしも黙って見ていたらアイツを抜かして司とあの人が和解しそうになっていた。
ねえ、どバカ直樹? あんたそれで良いの? あんたそのままだと二人に捨てられるわよ? 二人が仲良くなったのだってあんたが何もしてなかったからでしょ?
「なんか和んでいるけどバカ兄貴の取り合いしていたんじゃなかったの?」
司と三郷野さんに捨てられたらアイツは立ち直れなくなる。また高校の時みたいに死んだイカの目で動いているのはもう見たくない。そう思ったら、つい言ってしまっていた。お父さんがよく言ったという風に頷いてくれて、あたしは少し気が楽になる。言ってしまってから司と三郷野さんが罵り合うんじゃ無いかと「マズった」とは思っていたのだ。
二人に挟まれている底抜けはあたしを責めるような目をしたけど“あんたがわるいんでしょ? 責任とりなさいよ!”と目で答えると何やら考えてだした。
司と三郷野さんは複雑そうに睨み合いながら黙っている。だけどここで二人を納得させないとあきられちゃうわよ? だからここで決めてアニキ。
そして底無しから出てきた言葉に、あたしは嗤ってしまった。
ねえ、バカ兄貴。あたしはね、そっちで決めて欲しい訳じゃなかったのよ。
お母さんとお父さんも笑いながら目が怖くなっていた。蒼井さんは露骨に期待はずれの顔をしている。この人もしかして仕組んだ? そして当事者の二人はわだかまりはあるけど仕方がないなって苦笑い。言った当人は目を一杯に開き瞳を潤ませ片手を自分の唇に当てて震えている。その姿はまるで……
乙女かっ!
成人式を済ませた男のとる姿にはとうてい見えない。なんでそこまで泣きそうなのよ。
子どもかっ!
司と三郷野さんも「お姫さま」「お嬢様」扱いで苦笑い合っていた。
ねえ、司は本当にアイツで後悔しない? 三郷野さん、本当にアイツで良いの? あんた、二人に何をどうやって返すつもり? ここまであんたの為に我慢して笑う事のできる人に返せるもの、持っているの?
ああ、これってどうなのよ?
なし崩し的に和解しあったふりをしている二人を見て、底抜け底無しマネケ以下の形容しがたいヤツはオロオロとしてあたしに向かって首を横に振っている。どうやら言いたい言葉では無かったらしく、しきりに“違う、違う”と口を動かしてる。
知らないわよ。
あたしは顔を背けた。アイツが裏切られたような顔をしたから少し、ほんのちょっとだけ罪悪感に襲われる。
別にあたし悪くないし第一、三郷野さんが向こう側に行くなんて聞いてないわよ。普通そういう時は事前連絡をして後方支援を用意して連携を取りながら追い詰めて説得するでしょ? 碌に味方も作らずに任せっきりしてどうするのよ。
顔を真赤にして踞ったアイツは司と三郷野さんに慰めてもらっている。その情けない姿にあたしはため息を吐いた。
俺は風呂に入り今日の出来事を思い出していた。
俺は司の気持ちに気づかないだけでなく苺さんの気持ちにも気づいていなくて、二人が言い争っている時、何も出来ずにオロオロしていた。なんて情けない姿を見せたのだろう。静かな食卓から逃げようと風呂に入った俺は頭を抱えて泣きそうになる。
「いやいやいや、泣く資格無いから。」
顔をあげて呟く。
泣く資格があるのは司や苺さんだし。誰もいないからと自分を憐れんで泣くのは違う。
「こんなのでも司も苺さんも好きだって言ってくれるんだよな……。」
俺のどこが良いのだろうか。悩んでいると
「直樹、はいるぞ。」
父さんの声がして脱衣場との仕切のドアが開いた。父さんは60過ぎとは思えないがっしりした体躯で髪もまだ黒くてふさふさ。一時はかつら疑惑も俺と七歌の間であったが今は地毛なのが分かっている。
父さんは俺が何がいう前に入ってきて背中を擦らせたり逃がさない。俺は前回の事もあってビクビクとしていた。
「……直樹は、三郷野さんが好きだと言っていたな?」
ついに来たか。俺は洗い場で頭を洗い父さんは湯船に浸かった時に問いかけられた。
「司くんは家族としか見ていない、そう言っていたな?」
「……ああ。」
父さんは怒っていた。間違いなく久々に聞くマジギレの声。
「なら、今日はなんだ。三郷野さんに申し訳なく思っているのか。」
返す言葉がなく俯く俺。
「馬鹿がっ。その様子ではなんで七歌が煽るようなまねをしたのか分かって無いだろうっ。何時まで子供のつもりなんだっ。」
荒げた言葉は俺に突き刺さる。滅多にこんな風にならない父さんがそう言いたくなるぐらい子供染みた態度だったという事か。……ん? 七歌のあれに意味がある? 俺には七歌が楽しんでいたようにしか見えなかったのだけど……?
俺の顔にそんな疑問が浮かんだらしい。
父さんはいきなりシャワーを俺の顔に当てて
「冷水だと虐待だからな。七歌がしてくれた事、三郷野さんがしてくれた事、司くんがしてくれた事、頭をすっきりさせて考えなおせっ!」
言うなり足音荒く風呂から出て行く。
荒い言葉の父さんは久々だと思っていた。
あれは嘘だ。
こんなに怒っている父さんは見た事がない。
俺は茫然としつつ湯船に浸かって考えた。
父さんは俺になんで怒った?
七歌はなんで煽るようなまねをした?
司や苺さんは何をしてくれていた?




