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いとこは聖女様。  作者: 空気鍋
48/138

戸惑いだらけのメインパート14

更新が止まってしまいました。

大変申し訳ありません。

更新時間を24時にしなければならないのを0時にしていました。

今回は長くなっていますがよろしければご笑読ください。

よろしくお願いいたします。


再度、申し訳ありません。

違うものを投稿していました。

投稿しなおします。

重ね重ね申し訳ありません。

今、俺の前、司の隣に座った中年期に入ってきた女性である蒼井さんは厳しい目付きで睨んでいた。その理由は、“赤谷君(彼氏)に早く会いたいから”。焦っているのかもしれない。これよがしに指折り数えて「もう3日(みっか)か……」なんて呟いている。

蒼井さんの目つきが更に強くなり針で刺されているような傷みを感じなから視線を逸らした俺は司も目を泳がせているのを見つけた。恥ずかしそうに笑う司に“参ったな”と笑い返して……横に座った苺さんからひじ打ちが脇腹に突き刺さり声なき悲鳴をあげた。


「………………!」


流石に“不意にきた一撃(急所への攻撃)”は冗談にならない。文句を言おうとした俺は苺さんに顔を向け、凍りつく。

そこに般若がいた。

苺さんの目が語る。

―なにしてんのよ。

俺が何をした? 教えてくれ!

台所の方でため息の三重奏が聞こえる。


「……あんた達は、隙あらばイチャイチャさりげないスキンシップばかりして。いい加減にしなさいよね。当て付けか!」

「僕、蒼井さんにだけは言われたくないな。」


蒼井さん

今、俺の前、司の隣に座った中年期に入ってきた女性である蒼井さんは厳しい目付きになっている。蒼井さんは「赤谷君(彼氏)に早く会いたいから」なんて言っているが明らかに面倒事を持ってきた俺に対しての牽制だ。蒼井さんの向い側に座った俺はその目に反感を持つより申し訳ない気持ちを掻き立てられてしまう。隣を見ると苺さんも居心地悪そうにしていた。

そもそも蒼井さんは拝領した土地が酷く荒れていた事で復興する方法を調べ現代農学の智識を持ち信用の有る人間を見つける事を目的にしている。

荒れた領地を出来るだけ短い間で復興して、いちいち対抗してくる貴族達の鼻をあかす事、そして仲間のなかで唯一ゆいいつ枠外になっている司を神殿と言う隔離かくりされた世界から連れてくる事。

司が何故、神殿に入ったのかはわからないが蒼井さんやその仲間達はそれを善しとはしていないのは分かる。そんな仲間思いの蒼井さんだったがその事を忘れたように、これよがしに指折り数えて


「もう3日(みっか)か……いいえ、ここに来るまでに1週間かかっているし……ああ、そうよ。司君の気持ちが落ち着くまで、なんて言ってたから、もう数か月待っているわね。」


なんてわざとらしく呟いている(愚痴をぶつぶつ)。とは言うもののそれは俺と司の関係が変わったからで。俺は司に会えなかったし司は会いに来づらかったらしい。いろいろ気づいていなかった俺は何も出来なくてただ待っていた。それが一月半ひとつきはん位続いていたから蒼井さんは大袈裟おおげさに言っているが待たせている原因が俺と司の恋愛劇なのだからいやみのひとつや二つ

蒼井さんの針で刺してくるような目つきに傷みを感じなから視線を逸らした俺は司も目を泳がせているのを見つけた。恥ずかしそうに笑う司は俺と同じように“遅れている原因”になった事を気にしているようだった。


「待っても待っても待っても。いっこうに会いに行く様子が無いし赤谷君は妙に司君を気にしているし。心配だし領地の整地は進まないし」


蒼井さんは俺を睨みながら誰か違う人に言っているようで厳しい目の視点がぼやけている。

司に“参ったな”と目で話しかけると同じように目で笑い返してきた司はフッと何かに気づきニヤ~。

口角をあげた司は悪戯を仕掛ける猫みたいに笑い。

上半身をやや前のめりに倒し両腕で胸にある男にとっての“幸せの膨らみ”を持ち上げた。俺がベースにしたキャラクターが巨乳の設定だった事もあり司もかなりボリュームがある。あざとく片目を閉じて顔を少し斜めに構え笑顔をつくり声を出さず口だけを動かした。

―セクシーだろ~?

司の“幸せの膨らみ”を見せつけられた俺は不覚にも司が“男”と知っている筈なのに“膨らみ”から目を離せず。

意識していなかったがニヘッと笑った俺の鼻の下が伸びていたらしい。鈍い音と共に脇腹にえぐられるような激痛が走った。

……横に座っている苺さんからひじ打ちが脇腹と言うか肝臓と言うか、そこに突き刺さっている。

あまりの痛さに声にならない悲鳴をあげ金魚がよくしている口パクをする事、十数秒、ようやく耐えられる程度に痛みがひいた俺は苺さんに怒鳴ろうとして。

気がついてしまう。

そこに般若(苺さん)がいた。

目を剥き眼光鋭く。

今にも噛みつくかのように口を歪め。

俺の怒りを呑み込む怒炎を吹き上げ。

そして。

()()()()()

見てはいけない、見たことを後悔するような威圧感のある笑顔だった。

俺はソッと視線を外して口の中でモゴモゴ呟く。

―俺が何をした? 教えてくれ!

苺さんに聞こえないように言った言葉が悲しい思いをつのらせ俺の中で駆け巡る。

―しょせん、()()()偽乳(にせちち)だ。多少、サイズが大きかろうが俺は苺さんの()乳の方がいい。ついつい、司の悪戯いたずらに引っ掛かったが盛り上がった部分を強調されれば目がいってしまうのは男の習性なんだ。

愚痴なのか言い訳なのか自分でも分からないがモゴモゴ呟いていると苺さんから怒気(あ゛あ゛っ?)ただよってきて俺は慌てて“モゴモゴ”を止めると大人しく咳払いをして椅子(ソファ)に座り直した。

台所の方でため息の三重奏(親と親と妹)が聞こえる。

全てが理不尽だった。


「直樹……あなた、何をしてるのよ。」


苺さんのまるで母親が悪戯好きの子供を捕まえ「どうしてこんな事をしたの」と問いかけているような優しい声。笑顔と声が合っているのに、優しい声なのに、それが怖いのだけれども。


「司君? 貴女は何をしているの?」


苺さんに顔面蒼白(戦々恐々)になっていると蒼井さんのやけに優しい、苺さんとよく似た調子の声がして、何事かと目を向けると向こうで司が頭を両手でかばいながら涙目になっていた。いつの間にか立ち上がった蒼井さんの手が硬く握りしめられている所からすると、司の悪戯に気づいた蒼井さんが一発いったらしい(握り拳でゴツン)


「……あんた達は、隙あらばイチャイチャしてばかり。いい加減にしなさいよね。当て付けか!」


蒼井さんから表情のない顔に合わない優しい声が感情が籠っていない無機質な声でボソッと出てくる。


「だから早く帰りたいのよ。赤谷君に早く会いたいの。」


蒼井さんの声はやがてなげきになっていく。


第一だいいち、二人がこじれているみたいだから仲裁に来たのにいつの間にか仲良くなって頭撫でとか目で会話とかなんなの? “お兄ちゃんを懲らしめるんだ”って言って私達を集めた癖にいきなり告白、玉砕して気まずくなったあげく何月なんつきも部屋にこもって“敵”のはずの神殿が何とかしてくれ、なんて泣きついてくる位、無気力になって毎日グスグスして(泣いて)いて、やっぱり僕なんかダメなんだっ諦めるしかないんだ、みたいな事言っておいて“いとしのお兄ちゃん”に会ったらやっぱりお兄ちゃんサイキョーとか言って、無理! 諦められない。僕、お兄ちゃんじゃなきゃヤダ。モーリャクダツダアッ! って言い出しすし。なに? なんなの? わざわざ来た私がバカだったの? 司君には赤谷君が物凄い迷惑をかけたから申し訳ない気持ちで来たのに私なんなの? なにしに来たの? 会えば勝手に浮き上がるくらいならさっさと会いなさいよ! 私来た意味あるの? 私何故ここにいるの?」


低く暗い声になって、やや早口に呟く蒼井さんは俯き加減に虚ろな目をして口を動かし続けている。

よっぽど溜まっていたらしい。

俺と司関係の愚痴や態度がはっきりしない“赤谷君(彼氏)”に対しての文句、身勝手な仲間達への怒り、王侯貴族の鬱陶うっとうしい横やり(奸計)に苛立ち、かく邪魔しかしない神殿へムカつき王国内だけではなく外国からも干渉(引抜きや陰謀)され、それらを蒼井さんが独りで対応しているらしい。

―つまり、渉外役(何でも屋)って訳か。

俺はそう理解して壊れたように溜まった物を吐き出し続ける蒼井さんに“可哀想かわいそうに”といたわる。蒼井さんは気がついていなかったが、生暖なまあたたかい目で見ている事を知られる前に視線をずらした。

―こんな目で見ているなんて知られたら蒼井さんは怒りそうだからな。

短い間しか話しをしていないが蒼井さんはプライドが高すぎて甘える事が出来ないけど甘えたい、そんな面倒なタイプだと思う。

少女漫画(初恋系)を見ているような(純真恋物語)事をうらやましいというのだから間違いないと思う。

………………。

妙に部屋(リビング)が静かになっていた。

たいして声を上げていない蒼井さんの声がよく響いている部屋の向こう側では、ある方向を見て息をひそめている。かすかに聞こえた言葉は


「あー。言っちゃった。」


いつの間にか司は立ち上がっていた。

苺さんも立ち上がっている。


「蒼井さん……。」


司は残念な人を見てため息なのか大きく息を吐くと


「フ……フフン。」


高慢こうまんそうにあごを上げて背筋を伸ばす。しかし、それだけでは背の高い苺さんを見下ろせない。

司はつま先立ちになっていた。

それでも足りないのだが。

対した苺さんは腕を組み顎を引いてこちらは見下ろしている。しかし、俺には必死に冷静さをたもとうとしているようにしか見えない。血の気が引いた顔。震える声は抑え過ぎて平坦になって。

さっきの怒りが“核爆発の怖さ”なら、この怒りは“隕石いんせきが堕ちてくる”恐ろしさを感じる。

俺は息を飲み見ているしか出来なかった。


「お兄ちゃんは()のだ。返してもらう。」


ザワ。

ザワ……ザワ……ザワ……。

台所で


「司も言った~。」


七歌()の声がした。どこか嬉しそうに言っているのは何故だろう。

―見ている分には楽しかろ!

叫んで逃げたい気持ちで七歌を見ると“自業自得じごうじとくよ”と目で返してきた。俺が何をしたって言うんだと言葉無く問いかけるも七歌は返さずに肩をすくめてヤレヤレのポーズをとった。

そんなやり取りをしている間にも事態は悪くなっていく。

苺さんは蒼井さんの独り言から司を“敵”扱いする事にしたらしい。司の言葉に鼻を鳴らして薄く笑うと


「私、横恋慕(ネトラレ)って嫌いなのよね……結局、お子様過ぎ(自分勝手)なのよ。」


ピキッ。

司の米神こめかみ井桁いげたマークがついた。どうも“お子様”に反応したらしい。苺さんも“お子様”に力を込めて言っていたし司は背が低い方だからな……。


「流石、大人の人(オバさん)は違うね? 魅力の無さの誤魔化しかたは勉強になるよ。」


司はあおるように、て言うか明らかに()乳な苺さんを煽る胸を強調した姿で余裕ありげにわらった。

ピキキッ。

今度は苺さんから井桁マークが貼り付く音がした。


「……司ちゃんにとっての“魅力”って()()だけなんだぁ?」


くすっ。

思わず出てしまった、とでも言いたげな苺さんの笑い声。


「……勿論、他にもたくさんあるよ? 三郷野さんと違って。あ、ゴメン。三郷野さんもたくさん有るんだよね?」


ぷっ。

我慢しきれない“可笑しさ”に吹き出してしまった……といった風を装う司。

ビキキキッ!

二人は見つめ合いながら静かに低く響く声で笑いだした。

俺は。

そんな二人に。

……。

圧倒されて何も出来なかった。

―もう、勘弁してくれ。

涙目で助けを求めたが家族は揃って笑うと“無理”と手を振り。見捨てられた感のある俺は蒼井さんにお願いをしようと目を向け……あきらめた。

蒼井さんはまだ吐き出している途中で止まる様子が無い。

―溜めすぎだぜ、蒼井さん。

そして、


「もう、どうしていいか分からない……。」


情けないって自分でも思う。けど俺は司も苺さんも大事な人で大切にしていきたい人なんだ。それなのに司も苺さんも何故いきなりこんな事になっているんだ。

分からない……。

その間にも司と苺さんは蒼井さんの独り言をBGMに今もやり合っている。


「お兄ちゃんは大きくて若いのがだーい好きなんだよ。むかしっからね。お兄ちゃんが隠している本、みーんなそんな本だったもん。」

「……直樹……。」

「だから、もう諦めた方が良いよ? ここに僕が来たんだから、ね?」

「……司ちゃんは“若くて”、“胸に自信がある”人が自分しかいないとでも思っているのかしら? 気づいていないかも知れないから敢えて言わせて貰うわね? 若い娘も胸が大きい娘も沢山いるのよ? そんな中で直樹が選んでくれたのは私だったの。……あなたが言っているのとは違う、わ・た・し、なのよ。」

「……それは……それは、その時、僕がいなかったから……。」

「ええ、知っている。直樹も探していたしね。けど変ね? 司ちゃんは“男の子”って聞いていたのに。」

「あー、それはお兄ちゃんが()()()を作る時に“見て楽しい”、“どうせなら女の子”、“しかも好みのタイプ”で作ったからだよ。ゲームだった頃はお兄ちゃんに“女の子の話し型で女の子らしい”プレイを強制されてたんだ……。」

「……直樹……。……司ちゃんも苦労していたのね。」


あれ?

いつの間にか俺、ディスられてないか?

俺の黒歴史な(聞かせたくない)部分を司は暴露ばくろして苺さんは非難の目を向けてくる。


「直樹は良くも悪くも“鈍感”で“我儘わがまま”だから……。」


苺さんの言葉に司が大きくうなづいた。


「そうなんだよね。しかも、“自覚じかく”がないから“自重じちょう”もしないし気がついたら周りに女の子を侍ら(ハーレム)して、なおかつ! ぜ~んぜん意識していないから何人の女の子、泣かしたか。だから男の子達(同級生)が、もう我慢できないってハブっちゃうんだよっ。」


………………。

あー……あれって(虐め)そういう事だったのか……。そう言えば同窓会の案内が来たことが無いよな。どうせ出る気が無かったから気にしていなかった……。


「そうなのよっ。正直、大学でも直樹より顔が良くてイケてる男は結構いるけど直樹のそばにいると“安心感”が凄いのよね。大学に居るだけでいつの間にか女の子がむらがっているし私の友達なんか、あれは(直樹)麻薬のような()だから近づいたらダメとか言ってたし、付き合い始めたのを知ったら一言ひとこと、苦労するわよ、って。本当にこの二年間で十分じゅうぶん堪能たんのうさせて貰ったわ……。」


……………………。

時々やけにつらそうな顔をしていたけど、そういう事だったのか……。気にしないでって言われたから本当に気にしていなかった……。

あー。

……あ~。

…………俺最低。

そういう言えばって訳じゃ無いけど付き合ってしばらつけど何回、遊び(デート)に行ったかな。

俺はそう思って、ここ最近は毎日決まった時間に定型メールしかしていない事に思い当たる。

……………………俺最悪……。

俺が“つぶやき”も“顔見せ”も嫌いだから、と苺さんに譲歩じょうほしてもらってこれなら毎日出来るなんて言っていた筈だった。

約束した事を守れないなんて。

………………………………俺子供過ぎ(赤ん坊かよ)

家族からの冷たい目が痛い。

こんな状況で苺さんが不安にならない筈がない。ようやく最近の苺さんが不安定さの理由が分かり、それ以上に自分の勝手さが心を打ちのめす。

ここまでならないと分からないなんて。

……………………………………俺使えねぇ。

苺さんの性格なら(ライバル)は軽くいなしてお仕舞いだった筈。禍根かこんが残るのは嫌っていたのに、今、こうして司とやり合っているのは、俺がそのぶん不安にさせていたから。


「三郷野さん……大変だったね。……お兄ちゃん気づいていなかったんだよね?」

「司()()も。自業自得とは言え直樹を立ち直らせたのは司さんなんでしょ? 司さんがいなかったら直樹は引きこもったままだったはずよ。」

「そんな事ないよ。お兄ちゃんなら自分で行動して引きこもりなんか辞めていたよ。」

「いいえ。直樹は司さんと言うじくがあったから脱け出せたの。それは直樹を見ていればはっきりしているわ。直樹みたいな自信過剰な弱虫……苦労したでしょ? だから言わせて貰うわね。司さん、頑張ったわね。」

「……三郷野さん……。」

「苺でいいわ。司さんにならそう呼ばれてもいいって思うし。」

「じ、じゃ、苺、さん……も僕にさん付けは止めて? 僕の方が年下なんだもん。」

「ええ、そうね、分かったわ。司。」


俺の心に過大な傷をつけはしたが二人は優しく微笑ほほみ合った。俺はこのまま終わりそうな雰囲気ふんいきを感じてため息を吐きこれからの付き合い方を考える。


「なんかなごんでいるけどバカ兄貴(直樹)の取り合いしていたんじゃなかったの?」


そこへ空気を読まず、いや、読んだのかもしれないが七歌の余計な言葉が二人の中間(なか)を切り裂く。

二人はお互いに顔を見合せたまま“あっ!”と唐突とうとつに気がついた表情になり、ほぼ同時に顔を背けあった。


()()


と鼻を鳴らした苺さんは俺にだけ聞こえる程度の声で


「なんか、今更よね。」


困ったように呟いた。

見ると司も複雑な顔でこちらの様子を伺っている。確かに今、分かりあっただけあってやりづらいだろう。七歌が言わなければ取りあえずではあるが和解していたんじゃなかったろうか。

不思議なのは七歌のそばには父さんと母さんがいたのに止める様子が無い事だ。

―もしかして俺はまだ見落としているのだろうか。

そうだとしてもこのままにしておく事は出来ないだろう。二人が言い合う光景はつらかった。

特に俺の(せい)で争う二人は何度も見たい事ではない。

―このままじゃ……。

このままじゃまた始まってしまう。始まってしまえば最後までいってしまうだろう。

めるなら今。

比喩的な意味ではなく言葉の通りに滝のような汗を流して緊迫感にやられた脳ミソを何とか動かす。二人は俺をチラリと見てお互いを見て何かを言いかけてめる、そんな事をただ繰り返している。

―まずい、まずい、まずい。

なにが“まずい”のか。

何を言えば止まるのか予測出来ない。二人共、浅い付き合いではないのだから「やめろ」の一言で止まりそうな気がするのだが。しかし予想外な事をしそうな気もする。

今にも始まりそうな二人に焦り緊張の余り胃液が逆流してくる。

―いっそのこと逃げようか。

俺の中にその場しのぎの危険な考えが浮かんだ。

―逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ。

今すぐ、ここから飛び出し友達の所まで行ってしまいたい。出来ればそのまま泊まり込み気配を消して隠れてしまいたい。

面倒事から逃げたい。

だけど。“しかし”だよ?

しかし、逃げたら()()()()が傷つく。俺は二人にこれ以上の迷惑はかける事は出来ない。

―そうだ、俺は逃げない。

俺は二人を止める為に声を張り上げた。


「俺の為に争わないでくれっ(ケンカはやめろ)!」


あれ?

俺。

今。

なに言った?

口に手を当てて自分で言った言葉を反芻はんすうする。

言葉(セリフ)が可笑しい、ゾ?


「ブハッ! ちょ、ちょっとぉ、うけるぅ~!」


時が止まったような静寂の中、七歌の噴き出す声が俺を打ちのめした。七歌が腹を抱えて笑う傍では父さんと母さんが優しい生温かい目を向けてきた。しかし司と苺さんは凍りついた冷たい表情のまま向かい合っていた。そして蒼井さんは、未だにグチグチしていた(吐き出し終わらない)。俺は意外にポンコツ過ぎる蒼井さんを意識から離して睨み合う二人を睨んだ。

氷像のように見つめ会う二人だが目元はピクついていて口が歪んできている。

……あ~。

……まぁ、な。

……うん、そうだよな。

……成功。したんだよな。

俺はまた思い出したくないろくでもない記憶が増えたのを感じつつ


「……笑いたい時は笑っといた方がいいらしいぞ……。」


力無く言った。

恥ずかしさのあまり顔が赤くなっているだろう俺は両手で顔を隠してうつむいて。

―ありえねえ……喧嘩は止めろって言うつもりだったのに……ありえねえよ……。

しかし、喧嘩は止まった。まさかこの状況で始めたりはしないだろう。しないよな? こんな恥ずかしい思いをして止まらなかったら。


「……ぷっ。」


クスクス。

こらえきれなくなった二人は同時に噴き出す。そこに先程までの険悪さは無かった。


「も~、しかたないなあ、お兄ちゃんは。」

「直樹らしい素晴らしい一言だったわ。」


司と苺さんは笑いながら言ってお互いに見つめ合う。


「ま、お兄ちゃん(お姫様)の言葉は絶対だし?」

「そうね。直樹(お嬢様)にわざわざ嫌われる事はしたくないしね。」


そして司と苺さんは片手を出して握手をした。


「お兄ちゃんにはもう言ったけど。“僕はお兄ちゃんが好きです。ずっと前から好きです。”」

「……うん、そうね、そうよね。……けど“直樹の彼女は私だから。出来たら将来に渡って隣に立つのも私でありたい”って思っているわ。」

「うん、分かっています。僕が酷い事をしようとしているのも分かっています。ほんとは諦めた、つもりだったんです。なのに諦めきれないんです。お兄ちゃんが近くにいないって思っただけで。僕自身こんな事するなんて考えていませんでした。」

「分かってはいるのね? なら。私は司の挑戦をうけるわ。私は直樹が離れないように努力する。司は私から直樹を奪う努力をしなさい。選ぶのは直樹、私達は努力をするだけ。」


苺さんは胸を張って司に宣言。

司が帰ってきてから苺さんらしい所が影を潜めていた。だが今は久々(ひさびさ)に“らしい”所が見れて俺はグッと胸を突かれる。

―やっぱり、惚れて良かったぜ(苺さん最高!)

うじうじ悩むくらいなら前に出る、男前な苺さんに惚れなおした時


()()()。」


司のうなり声というか“恐るべし”物を見た叫びというか。司の顔には“越えなくてはならない壁が意外に高かった”そう書いてある。

―当たり前だ。苺さんは俺が惚れた女の子だぞ。()男な司とは違うのだよ、(元男)とは。


()()()()()。」


俺のそんな思いを感じた訳じゃ無いだろうが司は意味深に頷いて苺さんを見ている。

苺さんも


「ええ、()()()。」


なんてさっきとは違って涼しい顔で司を見返して。

火花が散った(バチンッ)

幻視なのは分かる。だが俺には二人の間、中央辺りで散った火花が二人に燃え移り龍と虎を形取った気がしたのだ。


「…………。」

「…………。」


司と苺さんは睨み合う。


「勉強になるよ。」

「あら、これぐらいの事で?」


一瞬いっしゅん前までのふわふわした安堵感が消えてぴりぴりして話しだす二人。


「流石、お兄ちゃんが選んだだけあるよね。お兄ちゃんの目は確かだ。」

「お誉めに預かり恐悦至極(きょうえつしごく)。」


司にまし顔で礼をとる。しかし礼儀も過ぎれば無礼(慇懃無礼)となる。司もそう思ったようで目を細めて蒼井さんを見た。


「……そんな言い方だと、お兄ちゃんの子供の頃の話ししないよ。」


司の言葉にグッと息を呑んだ苺さんはすぐ態勢を立て直し


「司がいない間の直樹の話し、聞きたいわよね?」


いや、二人共。俺の事でなんの駆け引きをしているんだ。

二人はお互いの顔を見ながら腰を引き握手している。

―レスリングで試合が始まる前にやっている()()だよな。

二人は握った手を離さず押したり引いたり相手を転ばそうとして熱い闘いを繰り広げていて俺はどうしたもんか、と声を出して笑ってしまう。

仲良く遊ぼうとジャレ合う子猫達に見えたからだ。

向こう側にいた家族から、ため息が聞こえてくる。しかし先程さきほど迄の殺伐した場での呆れ諦めのマイナス方面のため息ではなく和む光景を見たホッとしたため息だった。たぶん七歌は何となく和解するのではなく俺が行動したうえで分かり合うように仕向けたのだろう。それなら親が見ているだけだった理由がつく。

当然、司も苺さんも俺の笑い声にすぐ気づき同時に顔を向けてくる。膨れっ面のような“なに笑っているのよ”と怒っているようなその顔はやはり先程迄の冷たい表情は無く感情が感じられる。


「何を笑っているの!」


二人共、異口同音タイミングまで揃って


「お兄ちゃんのっ、」


司は俺を“お兄ちゃん”と呼び


「直樹のっ、」


苺さんは名前で呼ぶ違いは有るけど


せい()なんだよっ!」


ああ、この二人はそっくり(同じ)だ。ようやく分かった。

俺は()()()を好きになっていたらしい。二人になじられているのに俺は妙な幸せを感じて、二へッと自分でもそれは無いだろうと思うような笑いをしてしまった。流石に引いた二人は


「お兄ちゃん……。」

「直樹、あなた……。」


やはり同じタイミングで叫んだ。


「キモいっ!」


二人の言葉が俺を斬りつける。

司も苺さんも俺の事が好きだって言ってたよね?

好きだって言われた相手に「キモい」なんて言われるとかなり大きいダメージがある。しかも二人分。


「……好きって何だろう……。」


うずくまって呟く俺を見て向こう側でまたため息の三重奏。

ちなみに。

蒼井さんはまだ停まっていなかった。そろそろポンコツ蒼井からスクラップ蒼井にランクを変えるべきだろうか。

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