戸惑いだらけのメインパート14
更新が止まってしまいました。
大変申し訳ありません。
更新時間を24時にしなければならないのを0時にしていました。
今回は長くなっていますがよろしければご笑読ください。
よろしくお願いいたします。
再度、申し訳ありません。
違うものを投稿していました。
投稿しなおします。
重ね重ね申し訳ありません。
今、俺の前、司の隣に座った中年期に入ってきた女性である蒼井さんは厳しい目付きで睨んでいた。その理由は、“赤谷君に早く会いたいから”。焦っているのかもしれない。これよがしに指折り数えて「もう3日か……」なんて呟いている。
蒼井さんの目つきが更に強くなり針で刺されているような傷みを感じなから視線を逸らした俺は司も目を泳がせているのを見つけた。恥ずかしそうに笑う司に“参ったな”と笑い返して……横に座った苺さんからひじ打ちが脇腹に突き刺さり声なき悲鳴をあげた。
「………………!」
流石に“不意にきた一撃”は冗談にならない。文句を言おうとした俺は苺さんに顔を向け、凍りつく。
そこに般若がいた。
苺さんの目が語る。
―なにしてんのよ。
俺が何をした? 教えてくれ!
台所の方でため息の三重奏が聞こえる。
「……あんた達は、隙あらばイチャイチャばかりして。いい加減にしなさいよね。当て付けか!」
「僕、蒼井さんにだけは言われたくないな。」
蒼井さん
今、俺の前、司の隣に座った中年期に入ってきた女性である蒼井さんは厳しい目付きになっている。蒼井さんは「赤谷君に早く会いたいから」なんて言っているが明らかに面倒事を持ってきた俺に対しての牽制だ。蒼井さんの向い側に座った俺はその目に反感を持つより申し訳ない気持ちを掻き立てられてしまう。隣を見ると苺さんも居心地悪そうにしていた。
そもそも蒼井さんは拝領した土地が酷く荒れていた事で復興する方法を調べ現代農学の智識を持ち信用の有る人間を見つける事を目的にしている。
荒れた領地を出来るだけ短い間で復興して、いちいち対抗してくる貴族達の鼻をあかす事、そして仲間のなかで唯一枠外になっている司を神殿と言う隔離された世界から連れてくる事。
司が何故、神殿に入ったのかはわからないが蒼井さんやその仲間達はそれを善しとはしていないのは分かる。そんな仲間思いの蒼井さんだったがその事を忘れたように、これよがしに指折り数えて
「もう3日か……いいえ、ここに来るまでに1週間かかっているし……ああ、そうよ。司君の気持ちが落ち着くまで、なんて言ってたから、もう数か月待っているわね。」
なんてわざとらしく呟いている。とは言うもののそれは俺と司の関係が変わったからで。俺は司に会えなかったし司は会いに来づらかったらしい。いろいろ気づいていなかった俺は何も出来なくてただ待っていた。それが一月半位続いていたから蒼井さんは大袈裟に言っているが待たせている原因が俺と司の恋愛劇なのだから嫌みのひとつや二つ
蒼井さんの針で刺してくるような目つきに傷みを感じなから視線を逸らした俺は司も目を泳がせているのを見つけた。恥ずかしそうに笑う司は俺と同じように“遅れている原因”になった事を気にしているようだった。
「待っても待っても待っても。いっこうに会いに行く様子が無いし赤谷君は妙に司君を気にしているし。心配だし領地の整地は進まないし」
蒼井さんは俺を睨みながら誰か違う人に言っているようで厳しい目の視点がぼやけている。
司に“参ったな”と目で話しかけると同じように目で笑い返してきた司はフッと何かに気づきニヤ~。
口角をあげた司は悪戯を仕掛ける猫みたいに笑い。
上半身をやや前のめりに倒し両腕で胸にある男にとっての“幸せの膨らみ”を持ち上げた。俺がベースにしたキャラクターが巨乳の設定だった事もあり司もかなりボリュームがある。あざとく片目を閉じて顔を少し斜めに構え笑顔をつくり声を出さず口だけを動かした。
―セクシーだろ~?
司の“幸せの膨らみ”を見せつけられた俺は不覚にも司が“男”と知っている筈なのに“膨らみ”から目を離せず。
意識していなかったがニヘッと笑った俺の鼻の下が伸びていたらしい。鈍い音と共に脇腹に抉られるような激痛が走った。
……横に座っている苺さんからひじ打ちが脇腹と言うか肝臓と言うか、そこに突き刺さっている。
あまりの痛さに声にならない悲鳴をあげ金魚がよくしている口パクをする事、十数秒、漸く耐えられる程度に痛みがひいた俺は苺さんに怒鳴ろうとして。
気がついてしまう。
そこに般若がいた。
目を剥き眼光鋭く。
今にも噛みつくかのように口を歪め。
俺の怒りを呑み込む怒炎を吹き上げ。
そして。
笑っていた。
見てはいけない、見たことを後悔するような威圧感のある笑顔だった。
俺はソッと視線を外して口の中でモゴモゴ呟く。
―俺が何をした? 教えてくれ!
苺さんに聞こえないように言った言葉が悲しい思いを募らせ俺の中で駆け巡る。
―しょせん、あれは司の偽乳だ。多少、サイズが大きかろうが俺は苺さんの美乳の方がいい。ついつい、司の悪戯に引っ掛かったが盛り上がった部分を強調されれば目がいってしまうのは男の習性なんだ。
愚痴なのか言い訳なのか自分でも分からないがモゴモゴ呟いていると苺さんから怒気が漂ってきて俺は慌てて“モゴモゴ”を止めると大人しく咳払いをして椅子に座り直した。
台所の方でため息の三重奏が聞こえる。
全てが理不尽だった。
「直樹……あなた、何をしてるのよ。」
苺さんのまるで母親が悪戯好きの子供を捕まえ「どうしてこんな事をしたの」と問いかけているような優しい声。笑顔と声が合っているのに、優しい声なのに、それが怖いのだけれども。
「司君? 貴女は何をしているの?」
苺さんに顔面蒼白になっていると蒼井さんのやけに優しい、苺さんとよく似た調子の声がして、何事かと目を向けると向こうで司が頭を両手で庇いながら涙目になっていた。いつの間にか立ち上がった蒼井さんの手が硬く握りしめられている所からすると、司の悪戯に気づいた蒼井さんが一発いったらしい。
「……あんた達は、隙あらばイチャイチャしてばかり。いい加減にしなさいよね。当て付けか!」
蒼井さんから表情のない顔に合わない優しい声が感情が籠っていない無機質な声でボソッと出てくる。
「だから早く帰りたいのよ。赤谷君に早く会いたいの。」
蒼井さんの声はやがて嘆きになっていく。
「第一、二人が拗れているみたいだから仲裁に来たのにいつの間にか仲良くなって頭撫でとか目で会話とかなんなの? “お兄ちゃんを懲らしめるんだ”って言って私達を集めた癖にいきなり告白、玉砕して気まずくなったあげく何月も部屋にこもって“敵”のはずの神殿が何とかしてくれ、なんて泣きついてくる位、無気力になって毎日グスグスしていて、やっぱり僕なんかダメなんだっ諦めるしかないんだ、みたいな事言っておいて“愛しのお兄ちゃん”に会ったらやっぱりお兄ちゃんサイキョーとか言って、無理! 諦められない。僕、お兄ちゃんじゃなきゃヤダ。モーリャクダツダアッ! って言い出しすし。なに? なんなの? わざわざ来た私がバカだったの? 司君には赤谷君が物凄い迷惑をかけたから申し訳ない気持ちで来たのに私なんなの? なにしに来たの? 会えば勝手に浮き上がるくらいならさっさと会いなさいよ! 私来た意味あるの? 私何故ここにいるの?」
低く暗い声になって、やや早口に呟く蒼井さんは俯き加減に虚ろな目をして口を動かし続けている。
よっぽど溜まっていたらしい。
俺と司関係の愚痴や態度がはっきりしない“赤谷君”に対しての文句、身勝手な仲間達への怒り、王侯貴族の鬱陶しい横やりに苛立ち、兎に角邪魔しかしない神殿へムカつき王国内だけではなく外国からも干渉され、それらを蒼井さんが独りで対応しているらしい。
―つまり、渉外役って訳か。
俺はそう理解して壊れたように溜まった物を吐き出し続ける蒼井さんに“可哀想に”と労る。蒼井さんは気がついていなかったが、生暖かい目で見ている事を知られる前に視線をずらした。
―こんな目で見ているなんて知られたら蒼井さんは怒りそうだからな。
短い間しか話しをしていないが蒼井さんはプライドが高すぎて甘える事が出来ないけど甘えたい、そんな面倒なタイプだと思う。
少女漫画を見ているような事を羨ましいというのだから間違いないと思う。
………………。
妙に部屋が静かになっていた。
大して声を上げていない蒼井さんの声がよく響いている部屋の向こう側では、ある方向を見て息を潜めている。微かに聞こえた言葉は
「あー。言っちゃった。」
いつの間にか司は立ち上がっていた。
苺さんも立ち上がっている。
「蒼井さん……。」
司は残念な人を見てため息なのか大きく息を吐くと
「フ……フフン。」
高慢そうに顎を上げて背筋を伸ばす。しかし、それだけでは背の高い苺さんを見下ろせない。
司はつま先立ちになっていた。
それでも足りないのだが。
対した苺さんは腕を組み顎を引いてこちらは見下ろしている。しかし、俺には必死に冷静さを保とうとしているようにしか見えない。血の気が引いた顔。震える声は抑え過ぎて平坦になって。
さっきの怒りが“核爆発の怖さ”なら、この怒りは“隕石が堕ちてくる”恐ろしさを感じる。
俺は息を飲み見ているしか出来なかった。
「お兄ちゃんは僕のだ。返してもらう。」
ザワ。
ザワ……ザワ……ザワ……。
台所で
「司も言った~。」
七歌の声がした。どこか嬉しそうに言っているのは何故だろう。
―見ている分には楽しかろ!
叫んで逃げたい気持ちで七歌を見ると“自業自得よ”と目で返してきた。俺が何をしたって言うんだと言葉無く問いかけるも七歌は返さずに肩を竦めてヤレヤレのポーズをとった。
そんなやり取りをしている間にも事態は悪くなっていく。
苺さんは蒼井さんの独り言から司を“敵”扱いする事にしたらしい。司の言葉に鼻を鳴らして薄く笑うと
「私、横恋慕って嫌いなのよね……結局、お子様過ぎなのよ。」
ピキッ。
司の米神に井桁マークがついた。どうも“お子様”に反応したらしい。苺さんも“お子様”に力を込めて言っていたし司は背が低い方だからな……。
「流石、大人の人は違うね? 魅力の無さの誤魔化しかたは勉強になるよ。」
司は煽るように、て言うか明らかに美乳な苺さんを煽る胸を強調した姿で余裕ありげに嗤った。
ピキキッ。
今度は苺さんから井桁マークが貼り付く音がした。
「……司ちゃんにとっての“魅力”ってそこだけなんだぁ?」
くすっ。
思わず出てしまった、とでも言いたげな苺さんの笑い声。
「……勿論、他にもたくさんあるよ? 三郷野さんと違って。あ、ゴメン。三郷野さんもたくさん有るんだよね?」
ぷっ。
我慢しきれない“可笑しさ”に吹き出してしまった……といった風を装う司。
ビキキキッ!
二人は見つめ合いながら静かに低く響く声で笑いだした。
俺は。
そんな二人に。
……。
圧倒されて何も出来なかった。
―もう、勘弁してくれ。
涙目で助けを求めたが家族は揃って笑うと“無理”と手を振り。見捨てられた感のある俺は蒼井さんにお願いをしようと目を向け……諦めた。
蒼井さんはまだ吐き出している途中で止まる様子が無い。
―溜めすぎだぜ、蒼井さん。
そして、
「もう、どうしていいか分からない……。」
情けないって自分でも思う。けど俺は司も苺さんも大事な人で大切にしていきたい人なんだ。それなのに司も苺さんも何故いきなりこんな事になっているんだ。
分からない……。
その間にも司と苺さんは蒼井さんの独り言をBGMに今もやり合っている。
「お兄ちゃんは大きくて若いのがだーい好きなんだよ。むかしっからね。お兄ちゃんが隠している本、みーんなそんな本だったもん。」
「……直樹……。」
「だから、もう諦めた方が良いよ? ここに僕が来たんだから、ね?」
「……司ちゃんは“若くて”、“胸に自信がある”人が自分しかいないとでも思っているのかしら? 気づいていないかも知れないから敢えて言わせて貰うわね? 若い娘も胸が大きい娘も沢山いるのよ? そんな中で直樹が選んでくれたのは私だったの。……あなたが言っているのとは違う、わ・た・し、なのよ。」
「……それは……それは、その時、僕がいなかったから……。」
「ええ、知っている。直樹も探していたしね。けど変ね? 司ちゃんは“男の子”って聞いていたのに。」
「あー、それはお兄ちゃんが今の僕を作る時に“見て楽しい”、“どうせなら女の子”、“しかも好みのタイプ”で作ったからだよ。ゲームだった頃はお兄ちゃんに“女の子の話し型で女の子らしい”プレイを強制されてたんだ……。」
「……直樹……。……司ちゃんも苦労していたのね。」
あれ?
いつの間にか俺、ディスられてないか?
俺の黒歴史な部分を司は暴露して苺さんは非難の目を向けてくる。
「直樹は良くも悪くも“鈍感”で“我儘”だから……。」
苺さんの言葉に司が大きく頷いた。
「そうなんだよね。しかも、“自覚”がないから“自重”もしないし気がついたら周りに女の子を侍らして、なおかつ! ぜ~んぜん意識していないから何人の女の子、泣かしたか。だから男の子達が、もう我慢できないってハブっちゃうんだよっ。」
………………。
あー……あれってそういう事だったのか……。そう言えば同窓会の案内が来たことが無いよな。どうせ出る気が無かったから気にしていなかった……。
「そうなのよっ。正直、大学でも直樹より顔が良くてイケてる男は結構いるけど直樹の傍にいると“安心感”が凄いのよね。大学に居るだけでいつの間にか女の子が群がっているし私の友達なんか、あれは麻薬のような物だから近づいたらダメとか言ってたし、付き合い始めたのを知ったら一言、苦労するわよ、って。本当にこの二年間で十分堪能させて貰ったわ……。」
……………………。
時々やけに辛そうな顔をしていたけど、そういう事だったのか……。気にしないでって言われたから本当に気にしていなかった……。
あー。
……あ~。
…………俺最低。
そういう言えばって訳じゃ無いけど付き合って暫く経つけど何回、遊びに行ったかな。
俺はそう思って、ここ最近は毎日決まった時間に定型メールしかしていない事に思い当たる。
……………………俺最悪……。
俺が“呟き”も“顔見せ”も嫌いだから、と苺さんに譲歩してもらってこれなら毎日出来るなんて言っていた筈だった。
約束した事を守れないなんて。
………………………………俺子供過ぎ。
家族からの冷たい目が痛い。
こんな状況で苺さんが不安にならない筈がない。漸く最近の苺さんが不安定さの理由が分かり、それ以上に自分の勝手さが心を打ちのめす。
ここまでならないと分からないなんて。
……………………………………俺使えねぇ。
苺さんの性格なら司は軽くいなしてお仕舞いだった筈。禍根が残るのは嫌っていたのに、今、こうして司とやり合っているのは、俺がそのぶん不安にさせていたから。
「三郷野さん……大変だったね。……お兄ちゃん気づいていなかったんだよね?」
「司さんも。自業自得とは言え直樹を立ち直らせたのは司さんなんでしょ? 司さんがいなかったら直樹は引きこもったままだったはずよ。」
「そんな事ないよ。お兄ちゃんなら自分で行動して引きこもりなんか辞めていたよ。」
「いいえ。直樹は司さんと言う軸があったから脱け出せたの。それは直樹を見ていればはっきりしているわ。直樹みたいな自信過剰な弱虫……苦労したでしょ? だから言わせて貰うわね。司さん、頑張ったわね。」
「……三郷野さん……。」
「苺でいいわ。司さんにならそう呼ばれてもいいって思うし。」
「じ、じゃ、苺、さん……も僕にさん付けは止めて? 僕の方が年下なんだもん。」
「ええ、そうね、分かったわ。司。」
俺の心に過大な傷をつけはしたが二人は優しく微笑み合った。俺はこのまま終わりそうな雰囲気を感じてため息を吐きこれからの付き合い方を考える。
「なんか和んでいるけどバカ兄貴の取り合いしていたんじゃなかったの?」
そこへ空気を読まず、いや、読んだのかもしれないが七歌の余計な言葉が二人の中間を切り裂く。
二人はお互いに顔を見合せたまま“あっ!”と唐突に気がついた表情になり、ほぼ同時に顔を背けあった。
「フン」
と鼻を鳴らした苺さんは俺にだけ聞こえる程度の声で
「なんか、今更よね。」
困ったように呟いた。
見ると司も複雑な顔でこちらの様子を伺っている。確かに今、分かりあっただけあってやりづらいだろう。七歌が言わなければ取りあえずではあるが和解していたんじゃなかったろうか。
不思議なのは七歌の側には父さんと母さんがいたのに止める様子が無い事だ。
―もしかして俺はまだ見落としているのだろうか。
そうだとしてもこのままにしておく事は出来ないだろう。二人が言い合う光景は辛かった。
特に俺の責で争う二人は何度も見たい事ではない。
―このままじゃ……。
このままじゃまた始まってしまう。始まってしまえば最後までいってしまうだろう。
止めるなら今。
比喩的な意味ではなく言葉の通りに滝のような汗を流して緊迫感にやられた脳ミソを何とか動かす。二人は俺をチラリと見てお互いを見て何かを言いかけて止める、そんな事をただ繰り返している。
―まずい、まずい、まずい。
なにが“まずい”のか。
何を言えば止まるのか予測出来ない。二人共、浅い付き合いではないのだから「やめろ」の一言で止まりそうな気がするのだが。しかし予想外な事をしそうな気もする。
今にも始まりそうな二人に焦り緊張の余り胃液が逆流してくる。
―いっそのこと逃げようか。
俺の中にその場しのぎの危険な考えが浮かんだ。
―逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ。
今すぐ、ここから飛び出し友達の所まで行ってしまいたい。出来ればそのまま泊まり込み気配を消して隠れてしまいたい。
面倒事から逃げたい。
だけど。“しかし”だよ?
しかし、逃げたら大事な人が傷つく。俺は二人にこれ以上の迷惑はかける事は出来ない。
―そうだ、俺は逃げない。
俺は二人を止める為に声を張り上げた。
「俺の為に争わないでくれっ!」
あれ?
俺。
今。
なに言った?
口に手を当てて自分で言った言葉を反芻する。
言葉が可笑しい、ゾ?
「ブハッ! ちょ、ちょっとぉ、うけるぅ~!」
時が止まったような静寂の中、七歌の噴き出す声が俺を打ちのめした。七歌が腹を抱えて笑う傍では父さんと母さんが優しい生温かい目を向けてきた。しかし司と苺さんは凍りついた冷たい表情のまま向かい合っていた。そして蒼井さんは、未だにグチグチしていた。俺は意外にポンコツ過ぎる蒼井さんを意識から離して睨み合う二人を睨んだ。
氷像のように見つめ会う二人だが目元はピクついていて口が歪んできている。
……あ~。
……まぁ、な。
……うん、そうだよな。
……成功。したんだよな。
俺はまた思い出したくないろくでもない記憶が増えたのを感じつつ
「……笑いたい時は笑っといた方がいいらしいぞ……。」
力無く言った。
恥ずかしさのあまり顔が赤くなっているだろう俺は両手で顔を隠して俯いて。
―ありえねえ……喧嘩は止めろって言うつもりだったのに……ありえねえよ……。
しかし、喧嘩は止まった。まさかこの状況で始めたりはしないだろう。しないよな? こんな恥ずかしい思いをして止まらなかったら。
「……ぷっ。」
クスクス。
こらえきれなくなった二人は同時に噴き出す。そこに先程までの険悪さは無かった。
「も~、しかたないなあ、お兄ちゃんは。」
「直樹らしい素晴らしい一言だったわ。」
司と苺さんは笑いながら言ってお互いに見つめ合う。
「ま、お兄ちゃんの言葉は絶対だし?」
「そうね。直樹にわざわざ嫌われる事はしたくないしね。」
そして司と苺さんは片手を出して握手をした。
「お兄ちゃんにはもう言ったけど。“僕はお兄ちゃんが好きです。ずっと前から好きです。”」
「……うん、そうね、そうよね。……けど“直樹の彼女は私だから。出来たら将来に渡って隣に立つのも私でありたい”って思っているわ。」
「うん、分かっています。僕が酷い事をしようとしているのも分かっています。ほんとは諦めた、つもりだったんです。なのに諦めきれないんです。お兄ちゃんが近くにいないって思っただけで。僕自身こんな事するなんて考えていませんでした。」
「分かってはいるのね? なら。私は司の挑戦をうけるわ。私は直樹が離れないように努力する。司は私から直樹を奪う努力をしなさい。選ぶのは直樹、私達は努力をするだけ。」
苺さんは胸を張って司に宣言。
司が帰ってきてから苺さんらしい所が影を潜めていた。だが今は久々に“らしい”所が見れて俺はグッと胸を突かれる。
―やっぱり、惚れて良かったぜ。
うじうじ悩むくらいなら前に出る、男前な苺さんに惚れなおした時
「ふうん。」
司のうなり声というか“恐るべし”物を見た叫びというか。司の顔には“越えなくてはならない壁が意外に高かった”そう書いてある。
―当たり前だ。苺さんは俺が惚れた女の子だぞ。元男な司とは違うのだよ、司とは。
「なるほどぉ。」
俺のそんな思いを感じた訳じゃ無いだろうが司は意味深に頷いて苺さんを見ている。
苺さんも
「ええ、そうね。」
なんてさっきとは違って涼しい顔で司を見返して。
火花が散った。
幻視なのは分かる。だが俺には二人の間、中央辺りで散った火花が二人に燃え移り龍と虎を形取った気がしたのだ。
「…………。」
「…………。」
司と苺さんは睨み合う。
「勉強になるよ。」
「あら、これぐらいの事で?」
一瞬前までのふわふわした安堵感が消えてぴりぴりして話しだす二人。
「流石、お兄ちゃんが選んだだけあるよね。お兄ちゃんの目は確かだ。」
「お誉めに預かり恐悦至極。」
司に澄まし顔で礼をとる。しかし礼儀も過ぎれば無礼となる。司もそう思ったようで目を細めて蒼井さんを見た。
「……そんな言い方だと、お兄ちゃんの子供の頃の話ししないよ。」
司の言葉にグッと息を呑んだ苺さんはすぐ態勢を立て直し
「司がいない間の直樹の話し、聞きたいわよね?」
いや、二人共。俺の事でなんの駆け引きをしているんだ。
二人はお互いの顔を見ながら腰を引き握手している。
―レスリングで試合が始まる前にやっているあれだよな。
二人は握った手を離さず押したり引いたり相手を転ばそうとして熱い闘いを繰り広げていて俺はどうしたもんか、と声を出して笑ってしまう。
仲良く遊ぼうとジャレ合う子猫達に見えたからだ。
向こう側にいた家族から、ため息が聞こえてくる。しかし先程迄の殺伐した場での呆れ諦めのマイナス方面のため息ではなく和む光景を見たホッとしたため息だった。たぶん七歌は何となく和解するのではなく俺が行動したうえで分かり合うように仕向けたのだろう。それなら親が見ているだけだった理由がつく。
当然、司も苺さんも俺の笑い声にすぐ気づき同時に顔を向けてくる。膨れっ面のような“なに笑っているのよ”と怒っているようなその顔はやはり先程迄の冷たい表情は無く感情が感じられる。
「何を笑っているの!」
二人共、異口同音タイミングまで揃って
「お兄ちゃんのっ、」
司は俺を“お兄ちゃん”と呼び
「直樹のっ、」
苺さんは名前で呼ぶ違いは有るけど
「せいなんだよっ!」
ああ、この二人はそっくりだ。ようやく分かった。
俺は似た人を好きになっていたらしい。二人に詰られているのに俺は妙な幸せを感じて、二へッと自分でもそれは無いだろうと思うような笑いをしてしまった。流石に引いた二人は
「お兄ちゃん……。」
「直樹、あなた……。」
やはり同じタイミングで叫んだ。
「キモいっ!」
二人の言葉が俺を斬りつける。
司も苺さんも俺の事が好きだって言ってたよね?
好きだって言われた相手に「キモい」なんて言われるとかなり大きいダメージがある。しかも二人分。
「……好きって何だろう……。」
踞って呟く俺を見て向こう側でまたため息の三重奏。
ちなみに。
蒼井さんはまだ停まっていなかった。そろそろポンコツ蒼井からスクラップ蒼井にランクを変えるべきだろうか。




