戸惑いだらけのメインパート7
「ま、司の為だもの。」
そう言って笑ったナナカねーちゃんは何か言いたい事があるけど言えないという複雑な笑顔だった。ナナカねーちゃんのそんな笑顔に引っ掛かりを覚えながらナナカねーちゃんに背中を押されリビングへ……と、叔母さんが僕を押し留めてお兄ちゃんの隣に戻された。
「あら、司ちゃんは直樹と話す事があるでしょう?」
えっ? 僕がお兄ちゃんと?
僕が首を傾げて何の事か問い返そうとするのを叔母さんは流して彼女さんへ話しかけた。
「三郷野さんもそれでいいわよね? ごめんなさいね?」
謝っているのに謝っているふうに見えない叔母さんを彼女さんは無表情にじっと見て……それから僕を見て……感情の無い静かな視線が逆に怖かった……視線を外すと
「ええ、構いません。…………直樹、私は先に行っているわね。」
そのまま階段を降りていった。
「……じゃあ、直樹、ちゃんとお話しするのよ? 司ちゃん、また後でね?」
叔母さんもそう言うとナナカねーちゃんと蒼井さんを連れて降りていく。
さっきまでの騒動が嘘のように静かな部屋でお兄ちゃんと二人、取り残されて急に何故か恥ずかしくなった。
「司……。」
お兄ちゃんが僕に話しかけてくれたけど、妙に焦ってきていてはぐらかしてしまった。
「お兄ちゃんの部屋、昔と変わってないね!」
一ヶ月前に来て何度か部屋に出入りしているのに今さらそんな事を言ってしまう。確かにお兄ちゃんの部屋は僕には分からない拘りでレイアウトが決められていてそれは僕がいなくなる前から変わっていない。ベッドが部屋の中央に置かれてソファー替わりにする趣味が悪い所とか。
僕は何の気なしに昔のようにテレビを見る事のできるベッドの位置に腰掛けた。するとお兄ちゃんも昔のように隣に座る。僕がテレビの真正面でお兄ちゃんがその隣。
「……! ……お、お兄ちゃんの……て、テレビって薄くて大きいね!」
軽い興奮状態の僕は自分で何してるの? と問いかけたくなる吃り具合で意味の無い事を言っていた。
「お兄ちゃんのへ、部屋って久しぶりだけどいい臭いがするね! うん、とってもお兄ちゃんっぽい臭いがする!」
今、僕はどんな顔で言っているんだろ……? 絶対、赤い顔をしているよ。そして何、言っているの……。“お兄ちゃんっぽい臭い”って何?
「おお兄ちゃんの…………え……。」
更に何か変な事を言ってしまう処だった僕はお兄ちゃんに抱きしめられ動けなくなった。
「司、落ち着け。」
ポンポン、とお兄ちゃんが僕の頭を痛くないように叩く。恐る恐るお兄ちゃんを見上げると優しく笑っていた。
「俺も悪かった。司がいつも許してくれるから、と甘えていた。俺の方が年上なのにな。」
お兄ちゃんの言葉に僕は元々《もともと》はお兄ちゃんが僕を放っていた事で怒っていたのを思い出した。けど、あの事はお兄ちゃんに相談してもお兄ちゃんも困るような事だったから、僕が怒るのは違っていたのかもしれない。少なくとも今は僕は怒っていない。
「そのうえ、司が俺を……その、男同士の友情というか、そんなものではなくて彼氏というか、そんな風に思っていたなんて事も気づいてやれなくて、すまん。」
お兄ちゃんが気づいていないのを知っていて利用しようとしたのは僕。結局は僕の自爆で終了したけど本当はゆっくり縛りつけていく積もりだった。今の体があれば時間の問題だって思い込んでお兄ちゃんが僕以外の人を見つけるなんて思っていなかった。これも今は怒っていない。残念には思っているけど。
「俺は苺さんが好きだ。大事にしたいと思っている。」
体が芯から凍るかと思った。今これで、それを言うのか。
お兄ちゃんから離れたくなって身をよじったが僕を抱きしめる力が強くなっただけだった。離して欲しくてお兄ちゃんを睨むとお兄ちゃんは顔を近づけて耳もとで囁くように。
「けど、司も大事なんだ。司に会えない日々は長くて、辛かった。司もそうだったら俺は嬉しい。」
……ずるい。
そんな風に言われたら。
僕は。
「……帰ってきてくれてありがとう。俺に会ってくれてありがとう。酷い事ばかりした俺だけど、もう、司を泣かせないようにするよ。」
お兄ちゃんは真剣な顔で僕を見て。
僕はお兄ちゃんの真剣な顔に胸が高鳴るのを感じながら。
強く抱きしめられた僕はお兄ちゃんを強く抱きしめ返して。
バランスが崩れた。
どっちが崩したのか分からないけどベッドに転がって僕はお兄ちゃんの下に。お兄ちゃんは僕に覆い被さり。
僕はまばたきも出来ないでお兄ちゃんを見て。
お兄ちゃんは僕を見てゆっくり顔を近づけて。
近づいたお兄ちゃんが恥ずかしくなって自然と目が閉じた。
…………お兄ちゃんの息遣いが感じられる。
くすぐったいような期待感に、お兄ちゃんの唇に対してのワクワク感に、不安感や不信感が溶けていく………………。
「ガタンッ!」
突然、階下で大きな騒音がしてお兄ちゃんが息をのむのが分かった。お兄ちゃんの息遣いが、体温が遠ざかっていく。僕も目を開けて……大きくため息をついた。
「……すまん、司。……俺、どうかしていた。」
お兄ちゃんは僕と離れると目線を合わせないように反対側を見てから自分で自分を殴って謝ってきた。
「本当……すまん。俺、司を泣かせないって言っておきながら泣かせるようなマネしちまった……。」
「お兄ちゃん……。」
お兄ちゃんはもう一回、自分を殴る。
「司を大事にしたいのは本当だ。間違いない。苺さんを大事にしたいのも本当だ。それを二人共、裏切るような事を…………最低だな、俺。」
お兄ちゃんは今の事で肩を落としている。
―もう、しょうがないな。
勢いに流されやすいお兄ちゃんで。
「僕を大事にしてくれるんだよね。」
お兄ちゃんは苺さんを大事にしているって言ってたけど苺さんを選んだ、なんて言っていない。それってまだ諦めなくてもいいって事だよね! 僕にもワンチャン有るって事だよね! じゃなかったら僕を押し倒そうとなんかしないよね! ここまでしておいて今さら違うって言ってももう遅いよ。
「お兄ちゃん大丈夫だよ。お兄ちゃんが言いたい事、僕、分かってる。」
大丈夫だよ? お兄ちゃんが言いたい事は全部、分かってるから。あの人より分かってるから。だから、お兄ちゃんは僕に任せなさい。僕、お兄ちゃんの為なら何だって出来るんだ。
お兄ちゃん成分をチャージできれば僕は無敵だよ?
「つまり、僕は諦めなくてもいいって事だよね!」
“えっ? なんでそうなるの?”って顔をお兄ちゃんはしたけど、もうダメだよ?
第一、お兄ちゃんが悪いんだよ? 僕はずっとお兄ちゃんが好きで彼女さんがいるから諦めようとしたのに、忘れようとしたのに、抱きしめられてあんな風に囁かれたら。
もう、無理。
もう、譲れない。
お兄ちゃんは僕のだ!
「お兄ちゃん、大好きだよ。」
今はお兄ちゃんの内側には“苺さん”がいて大きな影響力があるけど全部、僕で塗り替えてお兄ちゃんの内側を僕で一杯にしてあげる。
だから、これは誓いの印。今はまだ唇は無理だけど……。離れた分だけ間をつめて伸び上がるようにお兄ちゃんの頬に。
口づけ。
もう、お兄ちゃんは僕から離れられないよ?
誰が相手であっても渡さないよ?
お兄ちゃんは驚いて目を丸くしている。僕はそんなお兄ちゃんをカワイイって思いながら内心、舌舐りしていた。
うふふ……大好きなお兄ちゃん忘れられなくアゲル。




