戸惑いだらけのメインパート5
僕は“鏡“をじっと見ていた。
蒼井さんが僕を、からかうだけからかって“向こう側”に行ってしまうと追いかける事もできない僕は黙って“鏡”の映像を見ているしかない。
「まだ、会いづらいんだ、お兄ちゃん……。」
なにせ、みんなが見ている前で“彼女”がいる事を教えられてそれでも告白。お兄ちゃんの性格なら絶対に“いい返事”は無いと分かっていながら。
やっぱり断られて。
悲しいから泣いて。
辛いから逃げて。
まるで小学生の頃のように。……いや、あの頃の方が“大人”だった気がする。自分の考えだけを相手にぶつけて爆発した今の方がスッゴく子供っぽい。
「お兄ちゃん、困ったろうな……。」
逃げた後の事は聞いた。蒼井さんと赤谷は何をやってるんだろって思ったけど、落ち着く迄の時間を稼いでくれた。お兄ちゃんは僕が来るのを向こう側で待っているらしい。
だけどだけど。
お兄ちゃんは怒って無いかな? とか。呆れて無いかな? とか。厭きられて無いかな? とか。本当は待っていないんじゃないかな? とか。彼女さんがいるから僕は“お邪魔虫”だ、とか。お兄ちゃんは彼女さんと幸せになってください。僕はこっちで幸せになります、とか。
考え始めたらキリがなくて気がついたら一月以上も会ってなくて。ずっと会ってないから更に会いづらくなって。
「あーあ~。……何やってるんだろ、僕。」
“鏡”のお兄ちゃんが映っている所に手を当てると、そこを中心に細波がたった。細波はお兄ちゃんの姿を隠して僕はホッと息を吐いた。
「……ごめん…………お兄ちゃ……ん?」
細波が収まった“鏡”の向こう。何があったのかお兄ちゃんが床に倒れてビクンビクンしている。
“鏡”には見知らない女の人が綺麗なフォームで拳を振り上げ止まっている。
さっきまで笑顔が見える和やかな会話をしていたはずなのに、その女が出てきたら緊迫した雰囲気になっていた。
そして僕はその女から目が離せなくなった。
そこには。
「僕がいる……。」
黒い髪を短く刈ってわざとだと思うけどボサボサにしている、寝癖みたいな髪。意思が強く見えるというよりは頑固に見える太い眉。落ちるんじゃ無いかと思うぐらい大きな目。鼻筋はスッキリしていて健康そうな唇に流れている。背は高めだけど華奢な感じでモデルさんみたいに見えた。
それは僕が覚えている小学生の僕にそっくりで、“女神”サマに見せられた小学生の僕が成長した姿そのままだった。
「あの人が苺さん……。」
多分、間違いない。そして、物凄くショックだった。
今の僕はお兄ちゃんが高校生の時、流行っていたマンガ本のキャラクターに似せた女の子の姿だ。外国人で、背の低い、胸の大きな姿は実は日々、成長しているのだが基本の形は、お兄ちゃんがデザインして「自分の理想の女の子」と言っていた姿だ。だから、ずっとお兄ちゃんは特殊な好みだと思っていた。だから、何年、離れていても安心していた。お兄ちゃんの好み通りの女の子なんて僕ぐらいだと思っていたから。
けど、お兄ちゃんの彼女さんはこんな事にならなければ“僕の姿”そのままの姿。
僕が唯一、これだけは良かった、と思った“お兄ちゃん好みの女の子の姿”では無く。
今の僕と正反対のスラッとした格好いい女。
そんな彼女さんに比べれば僕はズングリムックリでお兄ちゃんと並ぶと頭ひとつ以上低い。どうみても年の離れた兄弟にしか見えない。彼女さんがお兄ちゃんと並ぶと絵画の一枚にすら思えるのに。
立っている地面が崩れていくような衝撃。
鬱陶しくても髪を長くしているのはお兄ちゃんが好きだと言ったから。寝るときに重くて息苦しくなる胸だって大きいのが好きだと思っていたから我慢できた。
それなのに……。
僕は苺さんから目が離れなくて。
僕の恋敵と言ってもいいその女は危険な感じでビクンビクンしているお兄ちゃんを放って蒼井さんやナナカねーちゃんと何か言い合っている。
お兄ちゃんはふらつきながら立ち上がって、その女に話しかけようとしていて、今にも潰れそうなぐらいに足が震えているのに。
支えなきゃ。
お兄ちゃんを支えなきゃ。
お兄ちゃんは僕が支えなきゃ。
そう思うと同時に体が勝手に動いて“鏡”を通り抜けてお兄ちゃんを背中から抱きしめていた。




