戸惑いだらけのメインパート2
白い壁に優しい日射しが当たり部屋を明るく照らす。お昼からそれほどたっていない午後の一時、昔お兄ちゃんと見た映画みたいに優雅なお茶会をしたいゆっくりと流れる時間の中、僕は机に置かれた紙束を睨んでいた。
この大神殿における“聖女”の立場は、かなり微妙だ。魔王討伐成功者の一人で単純な実力でも信徒の数でも神官を束ねる大神官、神殿の全てを仕切る神殿長、二つの勢力を上回る。だけど異世界から来た“聖女”には信徒を仕切るノウハウが無いし、その気が無いから実際の力はかなり削がれている。元々、神殿側は僕を“偶像”として欲しかったらしく見かけ上、最大勢力になった今は神殿から追い出そうと色々してきていた。その一つが王族や貴族からの“パーティーの招待”を断らない、という事。“神殿としては認めている”けど“聖女本人が断っている”と個人の責任にする事で“王家に隔意のある”事を捏造しやすくしている。僕としては男同士なんて嫌だし、お兄ちゃん以外の人を選ぶつもりは無いから無視していた。
‐神殿は神聖にして俗世と関わらず、とか言ってるクセに。
お兄ちゃんに相談したかったのは、この事だった。王族も貴族も招待状から召喚状に変わって何時まで“神殿”の力が使えるか分からない。
‐だから、焦っちゃったんだよね。
一月前の、あれは最低だった。泣きじゃくって告白、振られて逃げる。カッコ悪過ぎる。あんまり恥ずかしいからあれから会いに行けていない。第一あの告白だって、お兄ちゃんに恋人がいるって聞いて嫉妬心と執着心が混ざって頭の中が真っ白……というより真っ赤な感じになって出てしまった告白だし。
本当なら、お兄ちゃんに恋人がいるなら「おめでとう」とか言って告白する気は無かったのに、ナナカねーちゃんに誘導されて……。
机の上の紙束を適当にめくり中身の文章が変わっていないのを確認すると纏めて丸めてゴミ箱へ「ポイッ」。
‐あ~あ。失敗したなぁ。お兄ちゃん、困ったろうな。僕のこと、怒ってるかな?
僕にとっては王族、貴族の召喚状よりお兄ちゃんの事の方が先に解決しなきゃならない話しなんだよね。
窓の外を見た。
今日も澄んだ青い空が広がって小鳥の声が微かに聴こえる気持ちのいい日だ。……なんか馬鹿にされているような気がした。あの誘拐犯なら空の向こう側からこちらを見て「私の神力を使えば決まりなのに」なんて笑っていそうな気がする。いや、絶対してる。高慢ちきなあの女神なら。
イライラ。
俗世の権力は及ばない地、とか言ってるわりには神殿長は豚伯爵の、大神官は侯爵の、言いなり人形だし。僕につけられている侍女代わりの女神官達はそんな二人の手下だし。お兄ちゃんに振られた時なんか「優しくして落とす、今が好機。」って言いまくってたし。
なんだよ、それ。お兄ちゃん以外で優しくする人なんかいらないよ。
イライライラ。
だいたい、お兄ちゃんも酷いよ。いくら僕が小さくて男の子だったからって本当の気持ちに気づいてなかったの? 気づいてたよね、キスしてくれそうになってたし。あの時は男同士だったけど今は違うんだよ。我慢しなくてもいいんだよ。なんでしてくれないの?
イライライライラ。
ナナカねーちゃん、お兄ちゃんに恋人がいるってなんで、あの時に言ったのかな? おかげでこんな事になっちゃったよ。そっか、ナナカねーちゃんは僕とお兄ちゃんが一緒にいるのがイヤなんだね。昔から僕とお兄ちゃんの間に入ってきていたもんね。ナナカねーちゃんは邪魔してるんだね。
イライライライライラ。
女神、女神って自分の創った世界も守れない無能に引きずられて、こんな世界でイヤな思いをしたあげく元々の世界にも戻る場所が無くてドウニモナラナクナッテオニイチャンニモアエナクナルシ。
イライライライライライラ。
オニイチャンガボクノコトヲワスレテカノジョヲツクルナンテアリエナイ。
イライライライライライライラ。
オニイチャンハダマサレテイル。
イライライライライライライライラ。
ボクノオニイチャンハボクダケノモノダ。
ブチッ!
ゆっくり立ちあがり隠してある鈍器を掴んで。女神もナナカねーちゃんも彼女さんも邪魔するならこれで解決。
「聖女様、お客様が…………ヒッ!」
ノックも無しに突然、部屋の扉が開いて僕付きの神官が入ってくる。僕の鈍器を持つ姿をどうみたのか固まった神官に笑いかけながら問いかけた。
「ドウシタノデスカ?」
神官はひきつった顔を僕に向けたまま何も言わない。動きもしない。僕は急につまらなくなる。
手にもつこれは魔王討伐の時に使った神器でもある。これで叩いたら普通の人なら姿が分からないくらい粉々になって元は誰かも分からなくなってそしたら僕は自由になれるからお兄ちゃんに会いに行けてなんだ全部こいつのせいなんだ。
僕は鈍器を振りかぶり。
「司。その目は止めなさい。そう言ったでしょ?」
神官の後ろから白い腕が伸びてきて神官を押し退けた。そこに立っていたのは自称、喪女のバカップルの片割れ蒼井さんだった。蒼井さんは軽く僕の頭を叩くと固まったままの神官にお礼の言葉をかけながら部屋の外へ追い出した。そして、すぐさま扉を閉める。
「司、早く落ち着きなさい。落ち着いたら向こう側に行くわよ。」
宣言して冷たい目で僕を見た。
「貰った領地でトラブルがあるのよ。向こう側の知識が必要だわ。」




