エピソード4~誰かの独り言 後悔~
ここは私が迷惑をかけた世界。その世界の神々が集う部屋で私は“荒々しい隻眼”の神に睨まれていた。
何故、こうなったのか。それは最高神の無神経な命令のせいだ。神格を外され世界を維持する力を失った私に世界を維持する力を持つ神を紹介してくれたのだが。紹介状と指令書までつけてくれたのだが。
その神がこの世界の神々の一柱だなんて。
古い馴染みの神だから、と渡された紹介状を 持って恐る恐る来てみれば柔和な最高神の息子神が待っていて私を気の毒そうに見た彼の神は小さく頷いた。
思えばこの時気づけよ、と今なら言えるが私も、この世界に迷惑をかけておいて冷静に“アヤシイ”なんて考えられなかった。そして連れて来られたこの部屋に威風堂々《いふうどうどう》として押し潰されそうな存在感の有る神がいた。たかだか一千万年未満の私の存在力とは一線を画した圧倒的な存在力に怖じ気づきながらウサギのように震えて最高神の指令書を渡すと……ふんっと鼻を鳴らして受け取った彼の神は私を殺気のこもった鋭い目で刺すように睨み
「これは、どういう事だ!」
私が軽く吹き飛ぶ勢いで怒鳴った。
「儂は謝りに来た、と聞いたから会う、と言ったのだ。それがどうだ!」
バサッ。
指令書を投げつけられた。吹き飛んで体勢を崩した私の顔に当たったそれは床に落ちて消えていった。私は当てられたショックと大神と言っていい彼の神の怒気に情けなくも尻餅をついたまま動け無くなっていた。
ふわあおぉぉぉーッ!
違うのちがうのちっがうのーっ。
わたしそんなつもりじゃなかったのーッ!
心の中で叫んだ言葉は大神に届かず更に怒る彼の神は隻眼を冷たく光らせ叫ぶ。
「こんなバカにした話しがあるか! 儂の子供達を勝手に連れて行き帰さぬうえに自分の崩壊しそうな世界を何とかしてくれ、などと。……よく言えたものよ!」
ちがうのっちがうのー。わたしそうじゃないのー。だってめがみじゃなくなったんだもんしかたがないの。だってわたし……だって…………だってぇ!
涙が勝手に零れ落ちてくる。分かってもらえない悔しさや上手く言えない自分自身の情けなさ。周りに迷惑をかけた事、それなのに崩壊へ向かっている私の世界。
何か我慢していたものが一気に弾けた。
だってぜんぜんうまくいかないの。あたし、つたえたよ? まおうがくるっていったんだよ? なのにあのばかしらないかおしてどーしよーもなくなるまでほったらかしてあげくにせっかくつれてきたひとたちのじゃまばかりして。やっとまおーたおしたのにぜんぜんへいわにならなくて。つれてきたひとたちもかえるばしょがなくなってて。なんで? どーして? なんでこーなるの? じかんももどしてくれないしみんなつらそうにしてるし。あたしもうどうしていいかわからない! ……わからないよ!
涙は止まらないし泣くだけじゃ足りなくなってなんか叫びながら暫く号泣し続けた。どれぐらい泣き続けたのか、時間の感覚も無くなった頃、大神は怒鳴った。
「何時まで泣いとるか! 新米とは言え仮にも女神だったのだろうが! いい加減に泣いて誤魔化すような事はするな。」
巨大な存在力が威圧となって私に襲いかかってきた。
なにこれ! や! 恐い怖い恐い怖い恐い怖い
威圧された私は恐怖のあまり涙が止まり茫然と彼の神を見上げた。
見上げた先で柔和な顔を渋く歪ませた息子神が肘で隻眼の神を小突いたのが見えて小突かれた神は誤魔化すように顎の髭をしごいている。
スッと威圧感が無くなった。今度は何をされるのか震える私に何を感じたのか柔らかい笑みを浮かべた神は
「……仕切り直しましょう。貴女は私達が思っているより経験が浅いようです。」
……きつい一言をくれたのだった。
「やりすぎです。」
私が落ち着いて汚れた顔や乱れた服を直した所を見計らい息子神は隻眼の神を叱る。
「……いや、まさかの。理不尽に怒りだすとは思っていたが、泣き出すのは考えてもいなかったわ。」
長い髭をしごいた神は堂々としながらも目が泳いでいた。
「女が泣き出せば男は何も出来ないからの……。」
えぇ~。何故、そこで遠い目をするかな?
「いや、それも可愛いのか? 儂の姿似像を叩き壊した嫁より、いいのか?」
なにそれ怖い。って言うか戻ってきて。遠い目をしながら哀愁を漂わせないで。さっきまでの死にたくなるような存在感が青空に浮かぶ雲のようになっているから。遠い、遠いよ!
「ん……それで貴女は今回の事をどう思っているのですか?」
確かに儂も悪かったかもしれんが彼処までする事は無かろうが。おかげで帰りづらいわ帰っても気が休まりそうに無いわ。
独り言のように愚痴を言い出した彼の神を放り出し柔和な顔で私に問いかけてきた。
「わ……私は。その……。…………。」
ここに来る前の私なら“仕方がなかった。反省している。後悔はしていない。同じことがあればまたやる。”って言っていた。けど愚痴を呟く大神は「儂の子供達」と言っていた。その言葉を聞き私は自分のした事が本当の意味で分かった。
私のした事は有り体に言って親がみている前での“誘拐”。それも親にいる事は教えて返さない、私だったらキレて殴りかかるレベルの嫌がらせをしているのに等しいって事。
それを我慢して対話しようとしているこの神々は確かに“大人”なんだろう。
「……即答は出来ませんか。分かりました。では、貴女には三つの時間を見てもらいましょう。」
柔和に言う神は私の様子を見て軽く頷いた。けど今の私には何も言う事が出来ない。
反省しているのに後悔していない?
違う。
後悔しているから反省もする。反省していないから後悔もしないのよ。そんな事を今ここで知ったのだもの……今までの事をどう思うかなんて…………余りに無知過ぎて答えられない。
私はこの世界とあの人達に本当は何をしたの?
「……若い頃は良かった。何時も一緒にいて儂が出かける時は玄関口まで見送りに来ていたものだった。それが、いまやどうだ。見送り処か帰らなくても手紙一つ伝言一つ有るわけもない。……。…………。」
だから、遠い目で哀愁を漂わせるのやめてください。それでも数十億年、存在し続けた“戦と死”を司る大神ですか。




