長めのプロローグ3~妹は見た~
あたしはが気づいた時には、もう、遅かった。何故早く気づかなかったんだろう。
歩いて30分もかからない所に住んでいる従兄弟の事で、ずっと考え事をしていた。向こうでは、呑気にも兄がゲームをしている。そのゲームは引きこもりになって始めたと、聞く。
あぁ、時々、従兄弟がきて一緒に攻略法がどうの、と熱く語っていたっけ。ゲームにあんなに熱くなれるなんて何かの無駄遣いよね。感心するわ。バカみたい。
たしかに、従兄弟には感謝している。兄が戻ってきたのは、従兄弟のおかげだ。奴がいなければ兄はどうなっていたか、分からない。家族のあたし達でも、遠巻きに見ているだけだった。時間が解決してくれる、と。
そんな、あたし達に、任せて、と言った従兄弟は、顔を張らして戻って来たけど次の日も兄に会いに来た。ちょっと震えていたが、大丈夫、と、信じている、と二言であたし達を黙らせ長い問答のすえ話をしたようだった。翌日からは、余り来なくなったが、兄のやっているゲームの中で会っている、すぐに、引きこもりを止めさせる。と、自信満々な顔でいい、3ヶ月ほどで復帰させた。
家族としては、感謝している。けど、負い目も出来た。放っておいた、あたし達と殴られても諦めなかった、奴と。
兄は気づいていないのだろうか?いないのだろう。微妙な家族と奴の雰囲気に。奴が来ると何事も気にしない父さんが「良く、来たね。」とは言っても「また、来なさい。」とは言わない事とか、困った様に曖昧に笑う母さんとか、顔を見るのも嫌で背けるあたしとか。…必ず家族が威圧する様に出迎える事とか。
会わせないには、負い目が大きすぎた。
呑気そうな、兄に腹が立つ。
今日の事も父さん、母さんと話会わなくてはならない。
今日の事は衝撃的過ぎて忘れる事が出来ない。
よりによって、あたしがいる時に二人が来た。
あたしがバイトしている店に来なくてもいいのに。
二人が座った席はこれもよりによって店内で一番目立つ席。
通称お立ち台。
何故その席を選んだし。カウンター席じゃだめなの。
無言で食べていた二人は気がつくと抱き合っていた。そして顔をあげた奴を見てあたしは息をのんだ。
奴が、男のはずの司が女の子に見える。
確かに成長しきっていない体つきは中性的だが、今まで女の子に見えた事はなかった。そして、理解する。兄が何を言ったか分からないが、兄の言葉でいま、ここで司は女の子になったんだ、と。
二人の様子に店内は静かになった。ゆっくりと近づいていく顔に、周りからおぉっとどよめきがおこる。
誰かの喉が鳴る。
更に近づいていく顔に、あたしは叫ぶ。
だめー。お兄ちゃん、その子、小学生、未成年、男の子ぉー!
声に出来ない叫びは届いたらしい。お兄ちゃんはいきなり軌道修正し頭同士をぶつけた。痛がる二人と、その後据わった目つきの司と正座したお兄ちゃんを見ながら体の力が抜けていった。
もぅ、やだ。なんで?どうして?
へたりこんだ、あたしは泣いていたらしい。スタッフルームで同僚が出してくれた飲み物を飲んで漸く覚醒した、あたしに何があったのか聞かずに同僚は言い出した。
凄かったねぇ。
あの小さい子、女の子にしか見えなかったよね。
けど若い男の方、あそこまでして、意気地無いよね。ヘタレっていうか?
あの小さい子は、従兄弟で若い男は兄です。なんて言えない。この同僚だって自分の肉親が目の前であんな事をしていたらヘタレなんて言えないはずだ。あれは、遠くから見ているのが楽しいのであって兄が、従兄弟が、となったら、怒るか無視するだろう。
この事は父さんと母さんに言うしかない。
あたしが早く気づいていたなら、邪魔していた。
気づいたらもう、二人だけの世界にいたなんて最悪だ。いちゃラブなんて、人のいない所でやれ。
だけど、あの時、女の子の顔をした司を思い出すと、キスを途中で止められた気持ちを思うと、女として、同情と憐れみと不憫さが沸き起こる。
応援したくないのに。
兄の態度に苛つく。
司があんなに必死なのはあんたの事だからなのよ。気づいてる?
もう、あたしもどうしていいか分からない。
父さんと母さんに任せた。
ただ、これだけは言わせてもらう。
「あんたのせいのよ。わかってる?」
能天気に、ゲームをしている兄に立ち上がりざまクッションを投げつけた。




