確執だらけのメインパート9
俺には従弟がいた。まだ、小学生でぼさぼさの髪を短く刈り上げた男の子だ。日本人らしい黒髪黒目の体を動かすのが好きで名前は桜沼司。俺や妹の七歌は「司」と呼んでいたが、俺の親や母さんの妹の叔母さんは「つかちゃん」と呼んで嫌がられていた。だが、司は小学五年の時に自分の部屋から消えて今も見つかってはいない。
俺には従妹がいる。正確には最近、出来た。別に親戚が増えた訳じゃ無い。従妹の名前は桜沼司。今、高校生位、本人の申請によれば高校一年位か。学校に通っている訳じゃ無いからあんまり意味が無い区分けになるが金髪碧眼で白い肌が眩しい女の子だ。多分、「つかちゃん」と呼べば凄い嫌がるだろう、この子は従弟の司が従妹《女の子》の司になるという、有り得ない事象が生んだ産物だ。
こんな事になったのは俺が薦めたゲームを楽しんでいた司に女神の白羽の矢が立った、それが原因だ。そのゲームの操作キャラは俺の当時の好みの女性に俺がデザインして司に使わせていたのだが女神は何故か司をそのままゲームのキャラに変えてしまった。ゲームのキャラに変わってしまった司は、その世界で5年間も戦い続けてつい最近、ようやく帰ってこれたのだった。
俺は、その間の3年間、大学入試を控えながらも司がいない事から無気力になったり父さんに吹っ飛ばされたり大学を合格した後、こちらで司を探し歩いたり見つからず、また無気力になりかかったり気になる女の子がいたり、と其なりの生活をしていた。
そんな司に比べて余りに生温い時間の過ごし方をしていたせいだろうか。俺と司は大きく考えがすれ違ってしまった。
俺の「司は家族」の言葉に司は「家族になりたく無かった」と答えた。司のおむつすら交換していた事のある俺は家族否定されるとは思っていなかった。しかし続けて司が囁くように小さく言ったのは
「それ以上になりたかったの。」
だった。俺は決して鋭い方ではない。司の事も七歌に言われていなければ分からなかった自信がある。だが、これは言われずとも分かった。分かった、のだが。
元々、ここには俺が怒らせ泣かした司に謝る為に来た……のに。
俺は更に傷つける事をしなくてはならないなんて。
「…………お兄ちゃん。僕の事、気持ち悪いって思うかもしれないし変態って言うかもしれないけど。……僕、お兄ちゃんが好き、だよ。…………小学生の頃から、ずっと。ずっと、好きだったんだよ。」
俺と司しかいないようなシンッとした部屋で司は両手を下ろしたまま何かを我慢するように握りしめ、ぽろり、ぽろり、と大きな青い目から大粒の涙が流しながら、それでも泣き顔を隠さずに俺に真っ直ぐ向けて立っている。俺の答えは予想しているのだろう。しかし、司は続けた。
「僕が男の子のままなら、言うつもりは無かった……。けど、僕。……見て。あの女神に引きずり込まれた時は最悪だった。それでも、これだけは、僕、感謝してる。だって…………女の子になったんだよ。お兄ちゃんが理想って言ってた女の子に、なったんだよ。」
司が一歩だけ近づく。
俺は一歩だけ遠退く。
司は唇が白く噛み締め、少しだけ俯いた。
すぐに顔をあげたが目線は上げなかった。
迷うように数瞬、間があき、
「お兄ちゃん。僕じゃだめ?」
聞いて苦しくなる声を初めて聞いた。泣き声でもなく悲鳴のような声でもなく、ただ悲痛な声。
「すまん。」
それしか返せなかった。
「……やっぱり、僕が元々、男の子だから?」
司は俺の答えを、やはり予想していたようだ。顔を俯かせ平淡にさえ聞こえる声で問い返してきた。
「俺にとって司は大事な”家族“だ。…………それだけだ。男だから嫌な訳じゃ無い。」
近寄って抱き締めてやりたい気持ちを抑え距離をとったまま答える。
「苺は司と同じくらい大事な人なんだ。…………すまん。」
「……なん、で?」
「すまん。」
また、ぽろぽろ、と大粒の涙が溢れだし司の頬を伝って流れ落ちていく。
泣かせたくて来た訳じゃ無いのに、ただ謝ることしか出来そうにない。
「すまん。」
「……なら……よ……。」
「すまん。」
「謝らないでよ。」
「…………すまん。」
「謝るな!」
司の声と同時に司の左が脇腹に刺さった。瞬間、体の中で臓物が持ち上がり更に肝臓が跳ね上がる。
顔の平手打ちなら想定内。右が顔にきても予測通り。何故、ここで肝臓打ちなのか。それも、お手本のような持ち上がる回転の乗った一撃。
「レ、レバァッ。」
俺は思わず吐き出す息で今の気持ちを伝えた。
喉の奥から熱い物が……。
「……お兄ちゃんの…………お兄ちゃんのバカァッ!」
司は叫ぶと部屋から出て行った。
「司ッ!」
部屋で黙って見ていた七歌が司を追いかけて行き、”英雄達“も女性が二人、司を追いかけて行く。
司は七歌に任せよう。七歌には悪いが俺じゃ上手く収める事は出来そうにない。それに、どっちにしろ今は動けないしな。
腹を押さえながら自分の吐瀉物に顔を埋めた俺は気の毒そうに見ている数人の視線を感じながら唸っていた。
立てないままカウント10でKO。




