確執だらけのメインパート4
俺が大学に行こうと準備をしている最中、飛び込んできた司は俺に相談があると言う。だが司の説明では何をしてほしいのか分からず七歌が翻訳して、ようやく状況が分かりつつある。しかし七歌の話しでは分析の為の情報が足りないらしい。今、司は俺では無く七歌に鏡の向こうの世界へ来て欲しいと話していた。
俺の部屋の俺の前で。
‐別に俺がいなくてもいい感じ?
大学は午前中の講義は、もう駄目だろうが午後には間に合いそうだ。俺はゆっくり気配を絶って部屋から出ようとした。
‐悪いな、司。俺じゃ手助けは出来ん。七歌、後は任せた。
見えない手を振って司に別れを告げると俺は部屋から走って逃げた。”大神官“とか”貴族“とか……取り合えず頭を冷してから帰ってくるぜ。
「あーっ。お兄ちゃんっ!」
司が気づいた時には俺は玄関を抜けていた。
「お兄ちゃんのバカーっ!」
「わりぃな司。今日の講義は穴開けれないんだ。」
司の叫び声に叫び返し大学へと走り続けた。
せっかく来た大学だったが、来るんじゃなかった。午後一の講義に滑り込んだはいいが朝、昼と2食抜いた俺の腹は鳴りっぱなし。まさか、講義中におやつをパクつく事も出来ず講師が不機嫌な顔つきで講義室を出るまで俺は周囲の冷たい視線に晒され講師がいなくなると同時に仲間から突き上げを食らい次の講義は受ける事も出来なかった。せめてサークルに出て仲間のご機嫌でも取ろうとしたら俺の奢りで”午前様“コースが決められていた。その変わり怒らせた講師の機嫌をとってくれると言う。飲めない酒を飲みながらサークル仲間と騒ぎまくり仲の良い女の子を彼女の部屋まで送って家に帰ってきたのが日が昇ってから。ようやく自分の部屋に戻って来た所で七歌に見つかり盛大なため息を貰った。
「あたし、学校行くけど。あんた、何、考えてんの? 」
めったに見ない冷たい刺さる目線を向けた七歌は小さな鼻をぴくつかせ更にキツイ目線になった。
「すっごい臭い。……お酒と煙草とお化粧の臭いね。……ほんと、何考えてるんだろ。」
浮気者死ね、と目で伝えた七歌はそのまま家を出て行った。俺は、それを見送り部屋の扉を開けた。
扉を開けて部屋の中を見て、そのまま動けなくなった。
部屋の真ん中、司が此方を見て正座している。
司の周りは視覚的に黒く暗い霞みが漂い司の表情を隠していたが司の感情というか怒気迄は隠してくれなかった。痛いぐらいのそれはは初めてで司を本気で怒らせた事を知った。
「…………お兄ちゃん。僕、一晩中待ってたんだよ。…………一晩中、待ってたのに……っ。」
司は俺を見上げ。
青い瞳を潤ませ。
恨みがましく囁くように。
言葉と共に黒い霞みが流れ俺を押し流そうとしてきた。まさか、物理的な力をもつとは思ってもいなかった俺は入り口から廊下に追い出された。司は正座したままキッと俺を睨み
「ナニしてたんだよっ。お酒の臭いなんかさせて。……朝まで帰らないなんてっ!」
最初の囁くような声ではなく、内心をぶつけるような強い口調になり僅かに悔しさを滲ませた声で、俺を責めたてる。司は激情に囚われた顔で叫んだ。
「……お兄ちゃんのバカっ! だいっキライっ!」
叫んだ後、司は愕然とした顔で自分の口を抑え。
顔色を変えて、いきなり立ち上がり。
鏡に走って入り込んだ。
鏡を覗くと通った後の波が道を隠して、波が収まった頃には向こう側に司の姿は無くドアが開け放たれているのが見えるだけだった。
‐何だってんだ。
俺はまだ、酔っているようなフラフラした足取りでベットに近付くと仰向けに倒れた。
「あー。言って無かったけど、あんたの部屋に司、来てるわよ。」
玄関から七歌の声がした。態々《わざわざ》、戻って来たらしい。
‐七歌。遅いよ。
司がいた場所から鏡迄の床には何滴か水滴が零れ落ちている。それは窓から射し込む朝日に照らされ俺を責める。
俺はベットの上からそれを見ながら徹夜明けの動かない頭で考えていた。
‐どうして、こうなった。
ドゴォ。
腹に何かが当り目が覚めた。
ドゴォッ。
先程より強い衝撃が、また腹に痛みが走り堪らず飛び起きた。
俺の上に七歌が立って、片足を上げた状態で止まっていた。何気にスカートの中が見えているが、それすら考えつかない程の怒りを七歌はもっているようだ。
「あんた、心配して急いで帰ってきてみたら……なに暢気に寝てんのよっ。」
言葉と共に三度目の衝撃が腹に叩き込まれる。すべて鳩尾に極っていて内側から熱いものが上がってきた。
「ぐっ……ぐぷっ。」
俺は慌ててトイレに駆け込んだ。
昨日、飲んだ酒が自棄に熱く口から出てきた。
ぐぇっ、ぐっぐげぇー。
ただ、吐く事に頭が回り始め自分の”やらかし“を思い出す事が出来た。
‐まずい。俺、何、寝てんだ。
徹夜明けで疲れていたのは確かにそうだが、司に謝る事も追いかける事もしないで寝てた。
‐俺、何してんだ……。
司を本気で怒らせ泣かせた事なんて今まで無い。違う意味で顔を青くした俺はトイレから飛び出した。
七歌は、まだ俺の部屋にいて鏡の向こうを覗いていた。鏡の向こうは白い壁、木机、飾り布。昨日と何も変わっていない。
「……あんたねぇ、顔ぐらい拭いてきなさいよ。吐いたままの顔で近づかないでくれない? ……くさっ! シャワー浴びたら? 」
チラリ、と俺を見た七歌は鼻を摘まんで言ってくる。
「いや……俺、司に言わなきゃならない事が……。」
「何を今更。半日、放っておいて今ごろ、何言っているのよ。今更よ。い、ま、さ、ら。かえってそんな格好で向こうに行く方が悪い事になると思うけど~?」
俺の自分でも言い訳じみた言葉を被せて切ると七歌は鼻で嘲笑てさっさと行けば? と手を振り鏡の向こう側を見る。どうやら司が部屋に入って来るのを待つつもりらしい。俺を置いて先に行こうとしない所を見ると俺も待っていてくれるようだ。情けない話しだが司と向かい合っても何を言えばいいか分からないから七歌がいてくれるのは助かる。
司の”相談“から逃げた代償は俺が考えているより大きくなりそうだった。




