長めのプロローグ1 4
3年前に行方不明になった黒髪黒眼の普通の男子小学生の司が、金髪碧眼、見た目は高校生ぐらいの美少女となって帰って来た、この衝撃的な話しを聞いて「ウソだっ!」と言わない人はいないだろう。更に此方では3年間だが、向こうでは5年間だった、と言われたら「はい、はい。作り話、おつ。」と返すだろうか。黙っていなくなるかもしれない。尚且つ女の子の外観はゲームキャラがベースになっている、なんてきたら「いい加減にせぇ!」と、突っ込むか「良い病院あるよ。」と距離を置くか。
しかし、俺の前にいる女の子は俺と司しか知らない秘密を知っていた。それだけではなく、俺のイヂリ方も、そっくり…いや、同じだった。俺は司がいた頃に感じていた理不尽さを思いだし。思いだした司と女の子を重ねると寸分の狂い無く合わさり。だから、俺はどれも選ばず“女の子”は“司”と認めた。
家族も俺が言うのなら、と認めている。
そして、今度は司のいない間の事である。
司がいない間の叔父さん、叔母さん、司にとっては両親だが、此方の時間で3年間ずっと苦しみ、苦しんで、疲れてしまっていた。
あの時までは叔父さんも叔母さんも良く笑う人だった。
叔父さんは小太りでダイエットに挑戦しては効果がでる前に止めて「このダイエットは失敗だ。」なんて笑っている人だったし優しい人で怒る時も柔らかい言葉を使って叱る人だった。
叔母さんも良く「ダイエット!」と騒いでいたが、俺の母親と同じで必要無い程、細くスラリとしたシルエットの人で見た目は冷静で無口に見えるのに、本当はかなりのドジでかなりのおしゃべり屋。俺の母さんと何時間でも話しをしていた。
実は俺の初恋は、その叔母さんで、それを知った司は怒って暫く口もきかない険悪な日々が続いた事がある。やはり、従弟の親をそうやって見たのが悪かったのだろう。どうやって仲直りしたかは覚えていないが、ひどく苦労した覚えがある。
昔、秘密を教えあった時、司は俺に「絶対に秘密だよ。」と言いながら「お父さんもお母さんも、スッゴイ好きだ。」なんて笑顔で言っていた。俺が、からかったら恥ずかしかったのか「世界で2番目かな。」って顔を赤くして呟いていたが。
3人は何時も一緒だった。
あの日までは。
父さんは司に向かって言った。
「これから話す事は司くんにとっては辛い話になる。だが、君のせいでは無いのだから落ち着いて聞いて欲しい。」
司は固い顔で頷く。
父さんは、ゆっくりと話し始めた。父さんは、こんな時は逃げない。嫌われようが言わなければならない事は言う人だ。しかし、フォローする事も忘れない。話しながら父さんは俺と妹の七歌に目配せをした。俺達は頷き、司の両隣に座り直して軽く手を繋ぐ。
左手は俺、右手は七歌。
-司、俺は此処にいるよ。
早くも顔色が変わり泣きそうになっている司に伝われ、と繋ぐ手に力が籠る。
七歌も両手で司の手を掴んでいる。
だが。
「そんなの嘘だ。うそ、うそ…だ。……だって、お父さんもお母さんも、あんなに仲良かったもん。いつも笑っていたもん。いつも、おしゃべりばかりして。僕が怒るまでずっと、話し、してて。いつも……いつも…。」
俺達の手を振りほどき立ち上がった司は涙を流し父さんの言葉を否定した。
「…あり得ないよ。…絶対、あり得ない。……叔父さん、嘘だよね。嘘って言ってよ。お願いだよ。」
俯く司の表情は分からない。司の正面にいる父さんは見ているだろうけど。母さんは辛そうに顔を背けていた。
「司くん。気持ちは分かるが落ち着きなさい。」
「分かる?…分かるもんか。訳も分からないのに世界を救えって言われて初めて会った人達と知らない世界を旅してあんな所!邪魔ばかりする人達に何度も嫌になって。けど、帰りたくて。いつの間にか聖女なんて言われて。嫌でも、辛くても笑っていなきゃならなくて。…分かるもんか……分かるもんかぁ!」
司は叫ぶが早いかローテーブルを踏み越え居間から直接、外に走りだした。
「お兄ちゃ……ん。………あんた何、落ち着いてるのよ。追いかけるわよ。」
七歌が顔を赤らめながら、しかし、俺唇を白くなるまで噛みしめ言う。
「分かっている…父さん、行って来るよ。」
思ったより強い力で振りほどかれた手を軽く握りしめ父さんに言った。父さんは頷くと「任せたぞ。」とだけ返した。
「あんた、早くしなさいよ。」
玄関から七歌の苛立った声が聞こえる。
「すぐに戻って来るよ。…司が行く所は、彼処しかないからね。」
俺は司を迎えに行く。裸足で出ていった司の為に七歌のサンダルを持って。
「なんで、そんなに落ち着いているのよ。司を探さなきゃならないのよ。」
玄関から外に出ると苛立ちを越え怒り心頭な七歌が待っていた。
俺は七歌を落ち着かせようと笑って返した。
「大丈夫だ。司の行き先は分かっている。」
俺の言葉に七歌は
「はぁ~?」
眉をひそめ、叫ぶ。
「なんで、分かるのよ?」
俺は鼻を鳴らして答えた。
「それは、俺が司検定一級だからだ。」
ちょっと、どや顔になっていたかもしれない。しかし、七歌は酷く間抜けな顔で俺を見て、やがてかなり大きな、大きな、ため息を1つつき、
「あっそ。じゃ、案内してよ。」
気が抜けた声で言うと、また深いため息をつく。ついでに、やれやれとでも言いたげに頭を降り、駄目な人を見る目で俺を見た。
俺は七歌らしからぬ態度に首を傾げた。いつもなら強い突っ込みが入っているはず。
「ホンット、あんたって……。」
ハァァァァ………。
地面に穴でも開ける勢いで、またため息をついた七歌は何かを言いかけ、それを飲み込んだようだった。
「…ま、いいわ。取り合えず司を迎えに行きましょ。…あんた、本当に分かっているんでしょうね?」
七歌は珍しく俺の腕をとり引きながら歩きだした。もう、七歌に先程までの焦燥感は感じれない。俺は変わり様の早さについていけず2、3歩スキップするように跳ねてしまった。そんな俺を七歌は笑って見る。
何故、こうなったのか。
俺は考えながら、おそらく司のいる場所へ向かった。




