戸惑いと裏切りと23
大学の学食で、お兄ちゃんの彼女さんをしている苺さんに、お兄ちゃんを託したら水を掛けられた。そしたら苺さんの友達だった林檎さんが、誰もいない所でキチンと話し合いなさいって怒って今、僕は苺さんが住んでいるマンションに連れてこられている。
そして濡れている服を脱がされバスルームに監禁されてお湯責めを勧められた。まあ、水で冷えた身体を温めて気持ちを切り替えなさいって言われただけなんだけどね。
知っている人とは言え、他人のマンションの家主のいない間に、プライベートスペースなバスルームに入るのは僕としても緊張していたんだけど温かいシャワーを浴びると、さっきまでの僕がウニの殻を投げつける様な事をしていたのに気づいた。
「言い方ってものがあるよね。」
まるで施しをするような態度だった僕の言い方では苺さんだって素直になれないのは当たり前。たぶん「お兄ちゃんをお願いします」とか「後はお任せします」とかだったら苺さんは素直に頷いてくれたんじゃないかな。
「司さぁん。着替え、置いとくねぇ?」
ボウッとシャワーを浴びてると唐突に林檎さんが脱衣所に入ってきて代えの服を置いてくれた。そしてそのまま、くもりガラスのドア越しに
「ちょっとは落ち着いたかなぁ?」
話しかけてくる。
「ごめんねぇ? いっちゃんってば、頭を冷やすのに駅三つ先まで行ったらしくてさぁ、そっから歩いて来るからしばらくかかるんだよぉ。まったく、金欠してんのになにしてんだろねぇ?」
クスクス笑う林檎さんは、
「だから、ちゃんと温まりなよぉ? もう夏って思っても“夏風邪”って言葉もあるんだからねぇ。」
言い残して脱衣所から出ていった。
知らない人が脱衣所に入ってきて、少し緊張してた僕は林檎さんの気配が消えてフゥ、と息を吐く。それからすぐに上がって、用意して貰った服に着替えた。
「あ、もうあがったんだねぇ?」
「あ、はい。服、ありがとうございます。」
ソファーに寝そべってテレビを見ていた林檎さんは、この部屋の主みたい態度で僕に話しかけてくる。
「そのキャミ、いっちゃんが衝動買いして項垂れてたのだけど似合うねぇ。いっちゃんてば、スッキリし過ぎてるから可愛いの似合わないんだよぉ。タイトで中性的なのは似合うんだけどねぇ、強調してる服着ると女装にしか見えないんだよねぇ。」
わざわざ立ち上がって僕を、あちこち見ながら
「アクセントにお腹辺りにベルト巻こうかぁ? うーん、それともトップスに丁度良さそうなデニムでも合わせるぅ?」
「ふぇ?」
家主のタンスを勝手に漁って次々服を出してきた。ベルトだけでも3種類、シャツやブラウスやコートみたいなのとかヒョイヒョイ出しては僕に当てて
「うーん、ちょっと違うかなぁ? 胸が大きいのに身長は私と変わらないからねぇ、着るものに困るよねぇ?」
たぶん、身長が低くて胸が大きいって共通した特徴があるからなんだろけど、親身に着るものを選んでくれる。何時もは蒼井さん任せだから今着ているみたいな服はあまり着たことがないんだよね。
「ね、お兄ちゃんって二本柳の……二本柳さんの事よね?」
「うん。」
服を色々当てながら、林檎さんが唐突に訊いてきた。
「私には、魅力が判らないけどぉ。いっちゃんやあなたが奪い合いたくなる程度には“何か”あるんでしょうねぇ?」
ちょっと僕はムッとする。昔のお兄ちゃんは、今みたいにどっち付かずでフラフラしてなかったんだ。決めたら一直線に進むんだけど、その過程で曲がった方が良い時は躊躇わず曲がり止まった方が良ければ止まる事が出来る人だった。そんな芯がしっかりしてたお兄ちゃんがおかしくなったのは、あの頃の僕が考えなしにしたせいで登校拒否なんてさせてから。
「まあ、いっちゃんに言い寄るヤカラってぇ、お金持ちないっちゃんの実家をぉ、チラチラ見ながら付きまとうからぁ? 二本柳……さん、のがマシなんだけどねぇ。」
また、タンスを漁りながら
「来るもの拒まず、去るもの追わず。困る者居れば駆けつけ悩む者居れば励ましって、どこの宮澤賢治よって感じよねぇ。」
僕の知っているお兄ちゃんは、確かにそんな感じだった。だから、お兄ちゃんの周りには何時も人が居て僕はそんな周りの人が嫌いだった。だから、周りの人が居なくなるように仕向けたんだけど。
目当ての服を見つけたみたいで林檎さんはニコニコ笑って薄目のマントみたいなのをかけてくれた。
「うん、元が良いからショールを巻いて肩を隠すだけでも良いかなぁ? お腹の辺りには細目のベルトを当てれば“妊婦”さんにはならないしぃ。」
「……けっこう下、短いね……。」
僕の呟きを聞こえなかったみたいにしながら、ベルトを軽く垂らしながら締めた林檎さんは、けど落ちないようにもう一度締め直して
「胸が大きいのに細いねぇ。羨ましいかなぁ。」
ちょっと胸が強調されて恥ずかしいんだけど、蒼井さんが用意してくれてた今までのダブってした服より動きやすくて、僕はこんな服があるんだって驚いていた。ちょっと引いて僕を見ていた林檎さんは、手を引いて苺さんの部屋にある姿見の前に連れてきて、
「正直、私はねぇ、あなたの“お兄ちゃん”が嫌いなんだぁ。だってねぇ、いっちゃんってばよく泣いてたんだよぉ? 二本柳、さんてば勘違いさせるから次々自称恋人が出てきて陰険なことされたしねぇ。」
ほら、かわいい。そう言って林檎さんは、自分のらしいトールバックからポシェットを出すと
「ついでだから化粧もしてみよぉ? スッピンで外歩けるのはスゴいけどぉ、紫外線で焼けちゃえば白い肌が可愛そうだよぉ?」
「……えっ?」
話題がコロコロ変わるのに付いていけてない僕を今度は座らせて
「まずはぁ、ファンデからだよぉ。」
ポフポフ僕の顔をスポンジで叩きだす。流れるような動きに抵抗できずに、スポンジで叩かれているから声もだせない僕を
「それでも、二本柳、さんっていっちゃん一筋って感じだったからさぁ、私も我慢してたんだけどねぇ。」
あなたが現れてから、いっちゃんも二本柳、もおかしくなっちゃったんだよねぇ?
小さい声で囁くみたいに言われた言葉が僕に突き刺さった。




