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いとこは聖女様。  作者: 空気鍋
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戸惑いと裏切りと22

 僕は、お兄ちゃんの彼女である苺さんに、お兄ちゃんを任せる事を決めた。それは、苺さんにとって良い話の筈で、少なくとも眉を寄せて目付きをキツくする様な事じゃない筈なんだけど。


「お従兄さんをよろしくお願いします。」


 そう言った僕が何で睨まれなきゃならないんだろ?


「あのね? 司さん。」


 苺さんは、眉を寄せた顔のまま、こめかみを揉む仕草をして僕に話しかける。


「たぶんだけど司さんは何か勘違いしていると思うのよ。」


 僕が何を勘違いしているというんだろ。僕は、お兄ちゃんが“幸せ”になるために、苺さんとお兄ちゃんの応援をしたいだけなのに。


「……ある意味仲が良いのかしら……振られたその日に会えるなんて……。」


 ボソリと小声で呟いた、苺さんの言葉の意味を考える前に


「司さんは、直樹……二本柳、さんとは話をしたのかしら? 話し合ってからじゃないと後悔するわよ?」


 あれ? って苺さんの友達である林檎さんが、いつの間に頼んだのかラーメンを入れるような大きなどんぶりに盛られたカツ丼をモグモグしながら不思議そうに首を傾げたけど、僕は苺さんの言った「後悔するわよ」って言葉に自分でも驚くくらい苛ついていた。

 後悔なんて、する訳無いじゃないか。お兄ちゃんが“幸せ”になるなら「後悔なんて」。

 僕が、お兄ちゃんに“渡せる”最大の“幸せ”を用意出来たのになんで「後悔」するって決めつけるんだよ!

 お兄ちゃんは「苺さんと“幸せ”」にならなきゃならないんだ。

 僕の中では、苺さんと一緒になればお兄ちゃんは“幸せ”になれるのは確定している。理由は、幸せいっぱいな顔をしたお兄ちゃんが子供を抱いた苺さんと一緒に歩いている姿を“夢見(未来視)”したから。


「僕が居なくなれば、お兄ちゃんと上手く行けるよね?」


 だから、苛立つ気持ちを抑えつつ僕は言うしかなかった。

 僕がお兄ちゃんを“幸せ”にする事が出来ないんだから、どんなに辛くても悔しくても僕はお兄ちゃんが“幸せ”になれるようにしなきゃならない。それなのに、僕がこんなに我慢しているのに、苺さんは眉を寄せたまま不機嫌な顔つきになっている。


「僕はお兄ちゃんに苺さんと楽しく暮らしてって言うつもりだし。」


 僕が“幸せ”に出来なかった分、苺さんにはお兄ちゃんを“幸せ”にしてもらわなきゃ。けど苺さんは、寄せた眉の皺が深くして頬を強ばらせて。


「僕の言葉を聞いたら、お兄ちゃんは苺さんを大事にしてくれるよ。」


 だって僕がひょっこり帰って来なきゃ、お兄ちゃんは苺さんと一緒にいたんだから。だからそう言えば、きっとお兄ちゃんは苺さんと。

 僕はお兄ちゃんじゃない人と。


「結婚……出来る、よ。」


 諦めたんだ、僕は。

 言いながら自分の言葉を振り返って、悔しさと辛さで泣きたくなる。だけど、これでお兄ちゃんが“幸せ”になれるなら、僕に「後悔」なんて無い。


「……。」


 黙って僕を見る苺さんの視線が怖くて顔を背けうつ向いた。なんでか、見返すことが出来ないくらい苺さんが怒っているのが感じられたから。


「んー、それって違うくない?」


 巨大などんぶりの半分以上を食べた林檎さんが呟いたけど、そんな友達の声を吹き飛ばすような苺さんの怒声が僕に()びせかけられた。


「ふざけんじゃないわよっ!」


 怒声だけじゃない。金欠の苺さんがチビチビ飲んでいたコップの中身も、僕の頭から顔にかけてぶち撒かれる。

 騒がしかった学食から音が消えて一時停止したように動きが止まった中、「あー」と嘆いていそうな林檎さんと、怒りに身体を震わせている苺さんが、僕を見ていた。


「……司さん、何を勘違いしているの? もう一度言うわね。」


 意外に静かに言った苺さんは一拍置いて叫んだ。


「ふざけんじゃないっ!」


 まだ座っている僕の胸ぐらを掴む勢いで迫ってくる。

 ガタンッ!

 椅子が大きく揺れて耳障りな音が静かな店内に響いた。そんなに広い店内じゃない。その店内で始まった僕と苺さんの話し合いは、興味津々と迎えられていた。


「アンタは!」


 苺さんは、僕と出会ってから初めて憎しみの籠った目をむけながら


「アンタにそれを言う資格があるって?」


 僕を平手打ちにしようとした。


「いっちゃん、まってぇ?」


 それを止めたのは、困ったみたいにどんぶりの中身を見ていた林檎さん。


「言いたいことはぁ、分かるけどぉ。ここじゃ止めた方がいいよ?」


 気の抜ける独特な話し方で苺さんの腕を引く。


「アタシね、思うんだけど? 二人っきりで落ち着いて話した方がいいって思うんだぁ。だから、ね?」


 微笑みに見える優しい顔をしながら


「ここはアタシ、林檎ちゃんが預かるねぇ?」


 ポンッて僕の頭と苺さんの頭を手で握るみたいに、それこそリンゴを絞るみたいにギュッて握って


「だから、みんなに“ごめんなさい”しなさーい。」


 と僕ですら抵抗できない強い力で頭を下げられた。


「イタッ! タッ、痛いってば!」


 さすがに違う世界で鍛えられた僕の防御力を抜けなかったけど、僕より長身な苺さんは、無理矢理下げられて悲鳴を上げたている。


「“ごめんなさい”はぁ?」


 けど、そんな友達の悲鳴が聞こえないみたいな林檎さんの態度は変わらなくて、それどころか頭を握る力が増していくのを感じた僕と苺さんは、驚くくらい大きな声で謝ったんだ。


○○○○○


 店内で謝って、お店を出るときにも店長に「騒がせて申し訳ありません」て、また頭を下げた僕と苺さんは、けどだからと言って仲良くなれる訳でもなくて


「一応、謝るわ。その、水をかけて悪かったわね。」


 目線を合わせないで苺さんが言う。


「リン、悪いけどこの子を私の部屋に連れていってくれないかしら? いくら暑いからって水が滴っているのにバスや電車を使わせられないし。」

「ん、いいけど。けどね、アタシが水浸しの美少女を連れて歩くの? って思うんだぁ。」


 自分で連れていけば?

 そんな言いまわしをした林檎さんは


「ま、仕方ないかぁ?」


 って苺さんの様子を見ながら笑った。


「……ごめん、リン。頭冷やしてから帰るわ。司さんをよろしく。」


 苺さんは、顔を背けたまま大学とも街に向かう方とも違う道を苛立った足音を立てて歩いていく。


「じゃ、司さんだっけ? こっちだよぉ。」


 クイッと腕を引かれて僕はハッと我に返る。なんか流されてしまったけど、もともと僕は、お兄ちゃんと“話し合い”をしたくてここ(大学)まで来たんだ。


「すみません、僕……わたし、行きたいところがあって……。」


 そう言って離れようとした僕を林檎さんは抱き締めるみたいにして止めてくる。


「ダメだよぉ? そうやってると、ずっと話なんかしなくて、会わなくなっちゃうんだからねぇ?」


 僕の腕と自分の腕を絡めて


「いっちゃんの家は、すぐそこだからぁ。シャワーでも浴びて落ち着きなよぉ? そしたら相談にも乗ってあげるから、ねぇ。」


 部外者の方が言いたいこと言えるでしょ?

 そう言ってポンポン頭を叩いた僕と変わらない身長で、気の抜ける話し方をする癖に、僕よりずっと大人っぽい林檎さんは笑った。

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