戸惑いと裏切りと20
お兄ちゃんと話をする為に喫茶店に入ったら、お兄ちゃんの彼女さんに出会った。それだけなら別におかしな話じゃないんだけど、僕と彼女さんは同じ人を好きになってお互いにそれを知っている、どころか僕は苺さんに宣戦布告までしていたりする。
気まずいなんてものじゃなかった。
しかも、僕はこれからケッコンの挨拶をしてお兄ちゃんと関係を断つために話をしようって時に、先に苺さんに会うなんて。
「司さん、久しぶりね?」
ぎこちなく苺さんが挨拶してくれた。
「う、うん。久しぶり……。」
僕も挨拶を返すけど、これからを考えると罪悪感みたいな物がわき上がってどもってしまう。
「あれれー? ふたりとも知り合いー? なら一緒に食べようよ!」
山盛り大量のパスタを片づけた女の人が立ち上がり、ホッソリとした身体が露になった。身長は僕よりやや高い程度。けど胸の大きさは僕と同じくらいで、スッキリした服装のせいもあるだろうけど、僕より細い。
僕は身長がやや低いせいで太っている訳でもないのに、気を付けないとずんぐりむっくりな丸々としたシルエットが出来てしまうんだけど、あの人くらいの身長があれば何を着てても綺麗なシルエットを作れるだろう。
それに、こう見えても僕は食べる時には腹六分を心掛けている。蒼井さんにも言われているからと言うのもあるけど、一度何も考えないで食べていたらお腹の膨らみが凄い事になったんだ。たまたま寄った村で「お腹に子供がいるのかい?」とか「可愛い妊婦さん」とか、お腹を見ながら言われたあの時の悲劇から僕は食べる量に気を配る様になった。
今飲んでいるココアだって、砂糖の量が凄いだろうし、夕食を抜く覚悟をしながら飲んでいるんだ。もちろん、寝る前に飲んだ分の運動をしてカロリー消費だってするつもりである。
そんな僕の前に、心行くまで食事を楽しみ、それなのに僕より細い人が現れた。
「くっ……。」
悔しいって、もう少しで言うとこだった。
「言っとくけど、私なんかツーアウトなのよ?」
と、背が高くてスレンダーなシルエットの苺さんがボソリと呟く。
「どこが? 贅肉なんて無さそうじゃん!」
思わず素の言い方で叫んでしまった僕に
「……服を脱ぐと凄いのよ……。」
遠い目をした苺さん。その苺さんの手は脇腹の辺りを擦っている。そう言えば、今日の苺さんは、パンツスタイルじゃなくてスカートだね?
「なんか、仲良いね! さっふたりとも座って座って! なにか食べない? 海鮮丼が美味しいよ?」
もしかして、パスタの前はどんぶりもの食べていたの?
僕と苺さんは、黙って首を振った。
○○○○○
僕は、ココアをすする。
苺さんは金欠だからって備え付けの給水機から持ってきた”お冷や“。
苺さんの知り合いで、僕の近くでパスタ大盛を食べていた女の人は林檎さんって言って、ウーロン茶をノドを鳴らしながら飲んでいる。なんか糖の吸収を緩やかにして太り辛い身体にしてくれるんだとか。
思わず、ココアを見てしまった僕に苺さんは無い無いと手を振る。曰く「それで痩せれるなら私は標準体重だ」との事。
「苺ちゃんは、最近大食いだからねぇ。……まるでヤな事有って八つ当たりしてるみたい。」
ジョッキに入ったウーロン茶を飲み干してカウンター向こうに「もう一杯」って叫んだ林檎さんは、少しオヤジっぽくて細い身体からは信じられないくらい豪快だ。けど、苺さんを見て心配している様に眉を寄せているのを見ると、大雑把な人じゃなくて心配りの出来る人なんだって思えてくる。
「やけ食いの理由はナニかなぁ?」
チロリ。
僕を見た林檎さんには好奇心丸出しな笑顔が浮かんでいた。
「リンっ。」
林檎さんの様子に苺さんが声を荒げた。
うん、心配りの出来ない人だったか。
「何が有ったんだかあたし、分かんないけどぉ。ハッキリさせといた方が良いと思うんだぁってぇ。」
空になったジョッキをクルクル回しながら
「苺ちゃんはそう思わないのぉ? 言っとくけど、あたしのカンって良く当たるからねぇ。」
フゥー……。苺さんは林檎さんの言葉に大きく息を吐く。
「司ちゃんだっけ? ツカちゃんも、苺ちゃんに言わなきゃならない事があって来たんじゃないかなぁ?」
ビクッと肩が泳いでしまう。確かに僕は、お兄ちゃんと会ってから苺さんにも会うつもりだったけど、誰にも言ってないのに何で判ったの?
「大学の関係者でもないのに大学に来て、その大学に挨拶くらいはする知り合いがいる。その知り合いは、最近荒れていたのに、今は猫を被ったようにおとなしい。……なんか繋がってるなって思わない方が不思議。」
自分でタネ明かしをしちゃうところが残念なとこだけど、今の気まずい関係に気づいているのはビックリかな。
「相手は平日の大学に会いに来る程度には気合いが入っている。なら苺ちゃんも態度をハッキリさせないと、お互いに不幸。」
ピシッと言いきってから
「あたしのカンだけどねぇ。」
急にポワッとした言い方に戻ったけど、林檎さんはちゃんと苺さんと僕の様子を見ながら、そうした方が良いって言ってくれてたんだ。しかも”カン“とか言って話をしなくてもいい言い訳まで用意してくれてる。
「そうね……司さん、ちょっと私に時間をくれないかしら。」
苺さんが意を決した顔で僕を見てきたから、僕は小さく頷いた。お兄ちゃんに言ってから苺さんに話すつもりだったけど、それが逆になってもなにか有るわけでもなし、僕だって気持ちを決めてきたんだ。
「うん、僕も苺さんに、言わなきゃって思ってた。」
苺さんは僕が言ったら意外そうな顔をしたけど、
「そうね。これからの私たちの話をしましょう。」
そう言って、僕を真っ直ぐ見てきたんだ。




