戸惑いと裏切りと18
ついさっきまでは義姉ちゃん、と呼んでいた人七歌従姉さんに連れられて僕は、お兄ちゃんって何時も呼んでいたお従兄さんに会う為にバスに乗り込んだ。
お従兄さんは、大学までバスと電車を乗り継いで一時間ちょっと掛けて通学していたんだけど、大学近くにあるマンションに友だちが住んでいるからと、しばらく前からルームシェアーをしていたらしい。
ルームシェアーってのは、部屋を間借りする事で、家賃を部屋に住む人数で分割してすむから金銭的に余裕が出るみたい。
「僕、お兄ちゃ……お……教えてくれればいいのに、来たら何時もいるから住んでいるって思ってた。」
無意識に「お兄ちゃん」と言いそうになって、慌てて言葉をつなげる僕に、七歌姉さんは深く息を吐いて
「何でかしらね。春の終わり辺りから家に帰ってくるようになったのよね。」
妙に投げやりな態度になった七歌姉さんだけど、もう一度ため息をついてから周りに聞こえないような小さな声で
「司。あなたさっきの話、本当なの?」
真剣な顔で聞いてきた。
「ケッコンの事? うん、本当だよ。」
「ちがう!」
さっきまで、お義母さんって呼んでいた伯母さんの前で、僕はケッコンするって宣言してきた。てっきり、七歌姉さんの話はそれだと思ったんだけど。
「アンタが直樹以外の男を選んだってことよ!」
小声で叫ぶって器用な事をした七歌姉さんは、ハァ、と憤る言葉を捨てるように息を吐いた。
「あたし、直樹とアンタは一緒になるもんだと思ってた。どこに行くにも着いてきて、直樹に彼女が出来る度に牽制してさ。挙げ句妹のあたしにまで嫉妬してきたくらいで……まだ小さかった、あたしから見たら、兄を取られたって怒りたくもなるわけよ。」
こめかみをもみほぐす様にしながら、七歌姉さんは言う。
「それが何? 他の男が求婚したから結婚する? あたしには良く解らないわね。」
ジロッと僕を見た七歌姉さんは、
「あたしに解るのは、アンタが何かを隠しているって事。たぶん、アンタが隠している事ってのは、大事で重要な事だと思うけど、何となくあたし達にも関係が有る気がするのよね?」
意外って言って良いのか判らないけど意外に鋭い七歌姉さんの言うことは、その通りだった。僕は向こうの世界に住む権力者に、こちらに住むお兄ちゃんやお兄ちゃんの家族を人質に取られてケッコンって儀式に参加させられるんだから。けど、それは知られちゃいけない事で、
「別に……無いよ?」
他に何を言ってもボロが出そうでそれだけしか返せなかった。
「フゥン?」
対して七歌姉さんは、片方の眉を上げてバカにしたような返事をする。
「……司、次の駅で降りて電車に乗るよ?」
ムッとした僕が何かを言い返す前に七歌姉さんは、バスの「降ります」ボタンを押す。
○○○○○
座る所に困るわけでは無いけどゆったり座れるわけでもないくらいには混んでいる電車でならんで座った七歌姉さんと僕は、肩下げのショルダーバックや手提げのトートバッグを膝の上に置いて邪魔にならないようにする。他にも、前から見た時にスカートの奥を見え辛くするとか、肌の露出を減らして視線を剃らすとか、バックには色々な機能が有るのを女の子になってから初めて知った。……後、男性の視線って意外に痛いくらい圧力が有るから見ている場所に刺さるってのも、この身体になって知ったんだ。
「司の、ソレ、スゴいわね?」
ゴキブリホイホイね。僕にだけ聞こえるように言った七歌姉さんは、人の悪い笑い顔で僕の胸を見ている。
「うん、僕も肩がこるから困っているんだよね。動くのにも邪魔だし。」
「ハレツシロ!」
僕の身体はお兄ちゃんが設定した“小さな身体に見合わない大きな胸”で、ブカブカした服装で誤魔化そうにも、誤魔化しきれない部分が視線を集めている。
男性からは興味と欲情の視線、女性からは羨望と嫉妬の視線。この視線の種類はどちらの世界でも同じで、時には触られ揉まれ教えを求められたりもする困った部分なんだけど、それを理解してくれる人は本当に少ない。僕の隣に座った七歌姉さんも、呪詛の言葉を呟いているし。
それに。
「お兄ちゃんになら何されても気にしないんだけどな。」
僕にとって、お兄ちゃんが興味有るか無いかだけが重要なんだよ。……あ、お兄ちゃんって言っちゃた。
駄目駄目。僕は、お兄ちゃんを忘れるためにここに来たんだから。
「……その考え方は問題有りそうだけど。やっぱり、何か隠しているわね?」
つい、呟いた僕の本音に七歌姉さんは突ついてくる。
「結局。司が、直樹を嫌いになるわけが無いわけよ。なら、この結婚話にも理由が有るんでしょ?」
七歌姉さんの言葉は、僕の“気づいて欲しい”けど“気づかれたくない”という両極端な気持ちに影響を与えた。
あの日のアレクの言葉から、今まで辛うじてバランスをとっていた天秤が大きく傾く。
だけど、アレクと取り引きしてのケッコンだなんて教える事は出来ない。教えたら、お兄ちゃんも七歌ねーちゃんも、伯母さんだって「大丈夫だ」なんて言ってくれる。僕も言われたら甘えてしたくもないアレクとなんかケッコンしないだろう。だって、僕は。お兄ちゃんと一緒に生きていくんだって決めていたから。
だけど、もし。
「大丈夫」じゃなかったら。
だから。言わない。絶対に言う訳にいかない。
そして。
“気づかれた気持ち”と“教えられない理由”と“いっそのこと言ってしまいたい考え”が僕の口から勝手に出てしまった。
「だって、僕。……男なんだよ。」




