戸惑いと裏切りと17
前話を書き直しました。
「はぁ? けっこんーっ?」
意を決して言った僕に、七歌姉さんは思わずといった叫びを返してくれる。
「……あら……ずいぶん急な話なのね?」
そんな七歌姉さんと違い、ゆったりとした口調を崩さない叔母さん。僕が小さい頃から知っているけど、あまり大きな感情を見せない叔母さんは好き嫌いの激しい僕のお母さんとは違って、態度に出ないからかえって怖い時があって、驚いているのか、喜んでいるのか。それとも怒っているのか見ても判らないから怖かった。
「……うん、向こうで僕の仲間が婚約を抜いて結婚しちゃったから、せっかくだから僕たちも便乗しようと思っちゃって。」
あえて“誰と”を抜いて言ったけど、七歌姉さんは眉を寄せて鼻を鳴らす。
「僕たちって、誰と誰よ? 第一、司の年で結婚って早くない? まったく、アニキも何焦ってんだか。」
愚痴みたいに言った七歌姉さんは、言葉とは裏腹に「それでそれで?」といった具合に身を乗り出してきた。だから、僕もこのまま誤魔化せれば良いな、という気持ちで七歌姉さんと話をしようとしたけど、
「七歌、待ちなさい。司、さん? ……お相手は誰なの?」
普段、感情を隠しているはずの叔母さんが、無表情に僕を見つめて訊いてきた。
うん、誤魔化せないよね。
叔母さんの固い態度にウソや誤魔化した話は出来ないって感じた僕は素直に相手を教える。
「アレクって言う名前の貴族で、僕が住んでいる土地の王様の血縁なんだ。お兄ちゃ……従兄さんがしている領地改革の見学に来ていて、僕に求婚してきたんだよ。」
今の辛い気持ちを隠して、なるべく嬉しそうに聞こえるようにしたつもりだけど、お兄ちゃんや家族を人質にされて脅されているとは言える訳もなく、脅されて言いなりになっている事に苦い感情が混じるのを抑えられない。さらに言えば、僕がお兄ちゃんじゃない人と夫婦生活をするなんて考えられないし、貴族の義務と言える血を残す為の“努力”を共にしようなんて思えない。
だけど。
僕はお兄ちゃんが幸せに暮らせるなら、僕自体はどうなっても良んだ。
「求婚、て。司、アンタなに言ってんの?」
「七歌、待ちなさい。それで司さん? その貴族の人は司さんを幸せにしてくれるの?」
七歌姉さんは、僕に何かを言いかけたけど、叔母さんがそれを止めて訊いてくる。
「うん、アレクと結婚したら“幸せ”にはなれるかな。」
これは僕の本音だ。
だって。
僕があの男と一緒になればお兄ちゃんは安全で苺さんがいるから寂しくは無いだろうしそれに……それに……。
お兄ちゃんの幸せは、僕の幸せなんだ。
「……。」
叔母さんは、笑っている顔をしているはずの僕を見てため息ひとつ。
「司さんは、その“幸せ”で良いのね?」
僕は表情とか変えていないつもりだったけど、叔母さんは全て判っているように確認した。
もちろん、僕はそうだって即座に頷いた……つもりだったのに、ちょっとだけ頷くのが遅れる。
「……。」
叔母さんは、またため息ひとつ。
「司さん。親って言うのは我が儘な物で、自分の子供が幸せになれるなら何だって許しちゃうものなの。それが、世間から後ろ指を指される様な関係であっても犯罪を犯している訳でもなくて、その関係性で他人に迷惑かけている訳でもないのなら、ね。」
ジッと僕を見る叔母さんの目は、今まで見たこともないくらい冷たく感じる“他人を見る目”で。
「司さんが小学校中学年の頃だったかしら? 直樹が人前でキスしようとしていた相手が男の子で、親戚の……私の妹の子供って知った時の叔母さんの驚きは想像できる?」
その頃だったかな? 男の僕が、男のお兄ちゃんと“結婚”は出来ないって知ったの。男が男と“結婚”する事はおかしいってお母さんに言われて落ち込んでいた僕を元気つけようとしてハンバーガー屋さんに連れていってくれたんだっけ。なんでそうなったかは、もう覚えてないけど気がついたら、お兄ちゃんが僕を見ていてお兄ちゃんは僕を見ていて。恥ずかしくなって自然と目を閉じた僕が受けた衝撃は今も忘れていない。
お母さんのマンガにもあった通りの事をしたのに、なんとなく期待もしていた僕にお兄ちゃんがしたのは頭突きだった。うん、ホントに忘れられない。思い出せば“ムカッ”てするもん。
「直樹は、ボウッとした所があるから気づいて無いけど、中学に上がった直樹に休み時間の度に会いに行く小学生の司さんっておかしいのだし。」
うん、小学校と中学校が道路を挟んで向い側にあったから出来たんだよね。お兄ちゃんが高校生になってからは少し離れたから昼休み時間じゃなきゃ行けなくなったけど。
「直樹に女友達が出来ると邪魔をしたり、自分との仲を誤解させたりしていたわね?」
僕は、お兄ちゃんと“特別な仲良し”な所を見せていただけだよ。それで引いたのなら、その程度な気持ちってだけじゃないかな。
ただ、僕はやり過ぎてしまった。その結果お兄ちゃんは、高校に居れないくらいに、周りから嫌われて登校拒否。そして引きこもりになってしまったをんだ。あの時、お兄ちゃんにホンキで殴られたのは当然の罰だったって思っている。だからもう二度とあんな事はしないって誓いを立てた。
「直樹が苦しんでいた時、私たち家族が何も出来なかった。けど、司さんは違ったわ。あんな直樹の傍に居続けて助けてくれたわ。」
お兄ちゃんが苦しむ原因は僕が作ってしまったから、お兄ちゃんにどんな事をされても当然だって思っただけ、なんだよ。だからそんな僕がお兄ちゃんを助けたって言わないで。
「だから、私たちは直樹が誰を選んだとしても、周りから嘲笑されたとしても、私たち家族だけは祝福しようと思っていたの。」
僕が来る度、嫌そうにしていた七歌姉さんが邪魔をしない様になったり、困った顔をしていた叔母さんが料理を教えてくれたりしてくれる事が増えたから何でだろうって思ってたんだ。ただ、叔父さんだけは変わらなくて僕を見ると「よく来たね」とか「いらっしゃい」って何時も笑って迎えてくれてた。……あ、けど「家の存続は七歌次第だな」とか言って七歌姉さんに「セクハラ」って怒られていたっけ。
「けど、司さんは直樹じゃない人を選んだのね。」
別に大きな感情がこもった口調じゃないのに、静まり返った部屋の中が冷えていく気がした。
「残念ね、司さん。」
だから、その声は良く聞こえる。
そんな凍える中で、
「結婚式には呼んで欲しいわ。直樹は行けないかも知れないけど叔母さんは司さんの着飾った姿を見てみたいの。」
叔母さんの、お兄ちゃんのお母さんが付け足す言葉。その言葉は、ザックリ僕を断ち斬っておきながら虚無感だけを残して消えた。
「司さんがいる世界にもウェディングドレスってあるのかしら? 教会で神父さんに“誓いの言葉”を宣言して祝福してもらうの? 叔母さんは神前挙式だったから、ドレスに憧れるわ。」
はしゃいだ様に言ってくるけど、叔母さんの目付きは鋭くて“他人を見る目”なのは変わっていない。
「直樹にも、そう伝えれば良いのね?」
言外に“帰れ”と言われた気がするけど、僕は叔母さんの言葉に頷かないで
「いいえ。従兄さんには、ぼく……私から言います。」
そうじゃなきゃ。
たぶん、諦めきれない。
お兄ちゃんが、僕を連れて逃げてくれるなんて都合の良い妄想を。
僕はお兄ちゃんを諦めるために来たんだから、僕が直接言わなきゃいけないんだ。
「司……。」
七歌姉さんが、複雑な声で僕を呼ぶ。けど、すぐに叔母さんに向き直って
「お母さん!」
責めるように強い口調で言った。
「……七歌。司さんを直樹の通っている大学まで案内してあげなさい。」
その七歌姉さんを無視して叔母さんは
「司さんが“知らない人”と結婚するのよ? その話をする為に直樹に会いに来たのだから会わせてあげないと。叔母さんは忙しいから七歌が案内してあげるのよ?」
“知らない人”を強調する言い方をしながら僕を見て、だけど七歌姉さんに言った叔母さんは、ササッとテーブルに広げた食器を片付け始めた。そして、もう僕を見ようともしないで七歌姉さんに「早くなさい」とかせっついている。
「司、アンタはそれでいいの?」
迷うように問いかけてくれた七歌姉さんに、僕は黙って頷いた。




