戸惑いと裏切りと16ー2
ナナカねーちゃんは、僕をソファーに押し付ける様に座らせ自分も横に座った。今のナナカねーちゃんは、だらしない下着姿から慌ててタンスから服を取り出して着たみたいな部屋着になっている。うん、慌てて着たんだろうけど小さな服を無理矢理着た様なパッツンパッツンな状態になっていて目のやり場に困る姿になっていたけど。
「アニキも朝イチで帰ってきたと思ったら壁に向かってブツブツ呟きながら謝っているし、そうかと思えばアンタもおかしな顔してやって来るし。」
気だるげにしながらナナカねーちゃんが言う。僕的には、身体の線が丸見えな服、着ている事を気にしなさいって感じなんだけど、ナナカねーちゃんは
「判らない訳あるぅ~?」
うん、さっきの下着姿でも判っていた事だけどナナカねーちゃんって意外に“可愛い”お胸をしているんだよね。それがピッチピチの服を着ているからスレンダーな部分が強調されてスッキリし過ぎたシルエットになっているんだけど僕が気にしすぎなのかな?
「……司?」
「何でもないよ?」
ジロッとした目つきになったナナカねーちゃんから顔を逸らして。
「アンタって昔からそうよね? 都合が悪い時ははぐらかしてばかり。……何があったのよ、吐きなさいっ。」
けど、ナナカねーちゃんが乗ってくる事無くて、僕を抑える手に力がこもった。ナナカねーちゃんは、僕にヘッドロックをするように……僕をかい抱いてくれながら
「アンタは、アニキの事になると自分を捨てて行動するから心配なのよ。」
小さく、僕にだけ聞こえる声で囁いてくれた。
ありがとう。
だけど僕は感謝の言葉を声に出さないままで目を伏せた。だって、お兄ちゃんとお兄ちゃんの家族を守る為に、好きでもない男と結婚をするなんて言える訳無いじゃないか。
「大丈夫。平気。」
ホントはもっと言う事があったんだけど、言おうとしたら胸が詰まって言葉が出なくて。
それだけを言った僕にナナカねーちゃんはしかめっ面で何かを言おうとしていた。
「司、アンタ。」
「大丈夫だよ? 僕は平気なんだから!」
ナナカねーちゃんの言葉に被せて、同じ事を言う僕。なんか今、ナナカねーちゃんに言われちゃうと言わなくても言い事まで言ってしまいそうで、思ったより強い口調でナナカねーちゃんを黙らせてしまった僕はいたたまれない気持ちになってねーちゃんの腕を振りほどいて立ち上がる。
「僕、お兄ちゃんに。」
「あらぁ、司く……さん。ご飯の用意が出来たのよ? さあ、食べて食べて。」
そこにまるでタイミングを見計らったみたいに叔母さんが小さめのタライにいれたそうめんを持ってきて、
「司さん、キッチンに汁が置いてあるからお願いね? 七歌、箸と器を出して。」
僕にタライを渡すとすぐにキッチンに戻って冷蔵庫から付け合わせのお新香やネギを細かく切った物、カラシや梅干し……次々出してはお盆に乗せてキッチンとリビングのテーブルを往復していた。その隙の無い動きに思わず持ってしまったタライをリビングのローテーブルに置いた僕が、叔母さんに食事の断りをしようとすると
「七歌、その器じゃなくてガラスの綺麗なのがあるでしょう、そっちのにしてくれる?」
また、気の削がれる叔母さんの声に言葉を呑み込んだ。
「さあ、司さん食べましょう? 七歌も座って。」
パタパタと小走りにナナカねーちゃんがやってくると、軽く洗ったガラスの小鉢が渡される。叔母さんからはそうめんの薬味や付け合わせが次々渡されて、その拍子の良さについ座って受け取った僕は、ハッと気づいて手に持った小鉢や薬味をテーブルに置くと
「叔母さん、ナナカねーちゃん。僕、出なきゃならないからご飯はいらないよ!」
「なによ、今さら。」
「そうよ、司さんが食べてくれないと、二人だけじゃ多いのよね。」
ホントに今さらだった。言われて見てみれば僕の目の前にはそうめんの汁が入った小鉢と、各種薬味が並び美味しそうな付け合わせがチョコンとある。
「……えっと……。」
「司さんが食べてくれないと余っちゃうわぁ。」
「炭水化物を取りすぎると肥るのよね。」
僕が現状を確認して言い澱むと二人は棒口調で責めてきた。
「七歌、私、今月2キロ肥ったのよ。」
「え~? お母さん、それヤバイって!」
チラチラ僕を見ながらの三文芝居。僕はただタメ息をつく。
「もぉうぅ! わかりました。食べます! おいしく食べさせていただきます! いただきます!」
ポン、と手を合わせてタライから菜箸でそうめんを掬い上げて小鉢に入れると今度は僕用に置かれた箸でそうめんを取り食べる。僕が使っている箸は、小学生の頃に使っていた箸で少し小さいのだけど、まだ捨てられていない事が少し嬉しい。
「……ふふ……。」
ツルツルと一心不乱に食べていると、含み笑いが聞こえた。見ると叔母さんが僕を見て嬉しそうにしている。
「姿が変わっても、やっぱり司くんね。」
ん? と首をかしげた僕に
「まあ、司は“そのまま”でいいと思うよ?」
ナナカねーちゃんも小さく笑いながら頷き、からかうように言った。妙に楽し気で、ちょっと淋しそうなナナカねーちゃんの目つきに気になるものを感じながらそうめんを食べ終えると、これもタイミングかなって思った僕は
「叔母さんと、ナナカねーちゃん……七歌さんに言わなきゃならない事があります。……ホントは、お兄ちゃん……従兄さんに言ってからって思っていたんだけど、ちょうど良いから。」
ソファがあるのにテーブルの前に正座していた僕は、アラアラと笑う叔母さんと、訝しげに見るナナカねーちゃん……じゃなくて七歌さんに、一呼吸置いてから言った。
「このたび、僕は結婚する事になりました。」




