戸惑いと裏切りと11
お兄ちゃんと領主の赤谷と、今は喧嘩中の蒼井さんが僕の為に鍾乳洞を作り替えて作ってくれた神殿の中、蒼井さんと喧嘩する原因になったアレクサンドっていう貴族様と話し合いをする事になった。
時間というのは楽しいとすぐに過ぎていき、つまらないとゆっくり進んでいく。お兄ちゃんと話し合ていれば1日でもあっという間に終わるのに、貴族様の挨拶は僕を褒め称える言葉から始まって1分以上、語り続けている。その褒め言葉も美貌の女神が手にする真珠の輝きのような、とか慈愛に満ちた女神の如くの包容力とか。たぶん、比較相手が“女神”サマくらいしかいない程、スバラシイって言いたいんだと思うけど、褒めているのか貶しているのか考えても分からないような抽象的な話ばかり。
おかしいな? 僕30分だけ話そうって言ったんだけど。
僕は貴族様に「女神の瞬き」位の時間話し合いをするって言っている。「女神の瞬き」はだいたい30分。それなのに褒め称える言葉だけで2分以上話している。
お兄ちゃんならもっとストレートに褒めたり、具体的に何処が良いか言ってくるのに。
ふぅ、と内心ため息付きながら思い……少し考えてから思いなおす。
うん、お兄ちゃんはどんなおしゃれをしても、言われるまで気づかないタイプだったよ。
鈍感とか、無頓着とか言い方はあるだろうけど、お兄ちゃんは良く分かって無いんじゃないかな。僕も女の子になって分かったんだけど、おしゃれってとにかく疲れる!
街を歩いている時は、周りの雰囲気や着ているもの、持っているものまで瞬時にしかも違和感を持たれないようにチェック。自分の姿がおかしくないか違和感を持たれないかサーチ。おしゃれっぽい人を見つけたらコピー。急いで部屋に戻って持っている服やアクセサリーを見直してリメイク、流行からずれたのは即座にイノベーション。終わったら、また街に出てさりげなくチェックから始まって、のエンドレス。
……おしゃれはカタカナに溢れてる……。
しかも、しかも、違う街に行ったり、季節が変わったりしたら、着る服やアクセサリーが変わるから、僕が男の子していた時には気付きもしなかったあれこれのチェックはかなり厳しい。
赤谷や紫さんは“魔王”討伐の為に、“魔王軍”が占領した国に潜 入した時、毎日索敵で気が抜けなかった、疲れたって言っていたけど、おしゃれってそんな疲れる事を、起きている間ずっと続ける事だったんだ!
けど、そんな苦労をしているって見えたらカッコ悪くて、おしゃれじゃ無いから隠している。隠しているけど、「これは会心!」って出来の時まで無関心なのは悲しいよね。
せっかく僕が
「今日の僕ってどうかな?」
ってヒント出していても、お兄ちゃんは
「何時もと同じだろ?」
……もう! 違うんだよっ?
何時もより髪の編み上げが決まっているよねっ?
前髪が綺麗に分けられて顔が良く見えるでしょう? お兄ちゃんと一緒にいる三郷野さんがショートヘヤとファンデーションで「輝く顔」を演出していたから僕も「透明感のある肌」を前面に出してアピールしているんだよっ!
お兄ちゃんにおしゃれってこんなに疲れるって言いたい。お兄ちゃんが、のんびり街中を歩いているとき、僕と三郷野さんがお互いのおしゃれ度をチェックして火花が散っているのを教えたい。それをしちゃったら隠している事がバレてカッコ悪いから本気でしたりしないけどね。
あ~あ~。たまには何も言わなくても褒めて欲しいな。女同士のおしゃれ度チェックって凄い厳しいから嫌になるけど、お兄ちゃんが「司、綺麗だよ」って言ってくれたら、それだけで僕は“魔王”どころか“女神”とだって戦い勝つ自信が湧くのに。
貴族様の語りを聞き流しながら、僕はどうでも良いことをボンヤリ考えていた。
それにしても、何時になったら始まるんだろ?
頭の中の数字は、もう300秒になった。とようやく終わったみたいで、椅子に座り直した貴族様は軽く咳払いをして……チラリ飲み物が出てこないか確認……もう一度、少し大きめの空咳をする。
「アレクサンド様。体調が思わしく無いのであれば時を改めた方が宜しいかと存じ上げます。」
僕がシレッと言ったら、苦い顔を一瞬してから破顔一笑。
「“聖女”様にお心配われるとは我が誉れですね。いや、昨晩は空気が乾いていたのか喉を痛めたようです。」
「そうですか、シュナ様なら良いお薬を持っていると思います。」
シュナは蒼井さんのゲームで使ったアバターの名前だ。その名前はこの世界でも使っていて、本名を明かしたくない、例えば貴族様とかにはこちらの名前を使っている。その蒼井さんは紫さんと組んでFFで有名なエリクサーを造ろうと試行錯誤しているから、たぶんのど飴位は作ってんじゃないかな。
僕は、この貴族様を勝手に紹介しようとした蒼井さんと口もきかない状態だから、今は仲介する気にならない。それに本当に喉を痛めていたなら僕も癒す神力を使うけど、今みたいに誤魔化す言い訳じゃなぁ。使う神力が勿体無いよね。
今度はさすがに貴族様も苦い顔を隠さず
「何やら嫌われているようですね。」
ようやく気づいたような態度を取りつつ
「……では、本題に入りましょう。」
引くつく笑顔で話し出す。
自分では余裕ある態度のつもりなんだろうけど気位が高いというか、邪険にされるのに慣れていないのが丸見えな顔つきをしている。この貴族様に僕がお兄ちゃんにされた事を教えてみたい。無視して無い分だけマシなんだよ?
「私は常々、疑問に思っていた事があります。」
貴族様は僕を見ながら……顔とその下に視線が動きながら最後に顔を見て……ゆっくり言葉を紡ぐ。
「7人の英雄と吟われる貴女方は本当にこの世界の住人なのか、と言うことです。貴女方は5年前に魔王の侵攻が始まった頃、大陸各地に表れ魔王軍を討伐していき、この国で合流しました。その後は魔王軍に占領された隣国アーリィウに攻め込み魔王を討ち倒す事で侵攻を止めています。」
僕達の簡単なまとめだね。付け加えるなら侵攻が大々的に始まったのは、“女神”の挑発に“魔王”が答えた結果だし、大陸各地にばらまかれた僕達がこの国に集まったのは、ゲームでは始まりの国って言われてた場所まで来れば誰かがいるかもって来ただけだし、“魔王軍”討伐は結果でしかない。いきなり訳の分からない“女神”の戯言を聞かされた挙げ句、知らない世界に放り出され、目の前に原因のひとつっぽい化け物がいたら……八つ当たりしたくなるよね。
ただ、それだけの事だけど、それが“勇者”って肩書きが付くきっかけになるんだから。
「女神のお導きがあったとは聞きます。しかし、女神に見いだされる程の人物が、この時、この瞬間まで誰にも存在を気づかれない……そんな事があるのでしょうか。」
ジッと僕を見る貴族様。そして
「失礼ながら“英雄”の皆様方の出身地と思われる場所を調査しました。そして、徒労に終わったのです。」
貴族様は、やれやれと言わんばかりに肩をすくめて首を振った。僕も同じように肩をすくめて
「そうですか。」
とだけ返す。
「ええ、そうでした。ですが私はこの事で確信したのです。……貴女方はこの世界に住む人間ではない、と。」
自分の推理を語った貴族様は「知的な俺カッコいい」って表題を付けて動画サイトに貼っておきたくなるキメ顔をしている。
「そうですね。」
だから、少しイラッとした僕は即座に簡潔に言葉を返した。
悪いけど、そんな事たいした問題じゃないんだよ?
僕達が違う世界から来たからなんだっていうの?
文句言いたいなら“女神”サマへ直接どーぞ。
そんな気持ちを込めた一言に貴族様のどやった顔は霧散していく。
「……わ、私は大神殿にある聖女殿にて至宝とも言える神具を見つけました。」
長々とした説明から切り込む結論を小川に浮かぶ枯れ葉みたいに流された貴族様は動揺をみせながら、まだ話を続ける。そしてそれは僕が忘れていた“界渡りの鏡”という“女神”が僕達一人一人に配った帰る為の扉。けど使ってから使うんじゃなかったって後悔させられた神器。
“女神”に貰ったあの鏡は使用者として指定されている僕達がいない今、ランダムにいろんな場所を映しているだけのテレビみたいな状態になっている筈。僕達以外、使えないから神殿に置いてきても心配してないし、忘れてもいた。見るだけなら別にいいしね。
「鏡には見た事もない姿をした人々が映っていました。」
びっくりしたろうね。こちらの世界と違い向こうの世界は、いろいろ開放的だから。
「彼の界はニホンと言うそうですね?」
だけど、びっくりしたのは僕だった。あの鏡は僕達しか使えないって“女神”が言っていた筈なのに。そんな僕の動揺を知って貴族様はニコリとキレイな笑みをする。
「私達が鏡に触れたところ、彼の界に渡れたのです。彼の界では文字は分かりませんが、言葉は伝わりました。」
メ・ガ・ミ・サ・マ。
アナタが僕達だけって言っていた神器とやらは、一般の人でも使えるらしいですよ?
……ああ、そうか。“女神”だもんね、しょうがない。言われた事を正直に信じた僕がバカだったよ。
“女神”がくれた神器のガバガバなセキュリティに動揺した僕を好機と見た貴族様はここぞとばかりに押してくる。
「彼の界では、魔法という物は無くて、代わりに科学という魔法が有るとか。その科学には、人の生活を助ける道具が沢山あり、私達の世界とは比べようもない快適な生活を受ける事が出来ると聞きました。」
「そうでしょうね。」
僕は貴族様の言葉に即座に返す。
実際、蒼井さんと紫さんが今“生活魔法”とかいうのを開発しているけど、この世界での“魔法”は僕達の世界で言う“科学”と同じものじゃない。例えば鉄砲や手榴弾、戦車の砲台みたいな物で戦う道具でしかない。“シールド”とか“キュア”とか元の世界に無いものも有るけど、生活しやすいのは格段に元の世界だ。
服とかは今、僕が見てもたいしておかしいって思わないんだけどね。少し丈が長くて露出が少ない位で。食事も香辛料が豊富に流通しているし、違和感を感じるのは地域で作られる料理方法の違いくらいだった。住む家もホテルも日本にあったら「可愛い」とか言われて人気が出そうなレンガ造りだったり、木の柱と漆喰の壁が眩しい洋館だったりだから、そんなに嫌って言う程じゃない。
けど、この世界はとにかく住みづらい。
だってこの世界には、洗浄器付き水洗トイレなんて無いんだもん。
この世界のトイレは、たて穴に大きいツボが埋められていて……分かるよね? 毎朝日の昇る前に係りの人がツボを掘り返して新しいツボに差し替えていく方式なんだから。それはお城のトイレも同じで綺麗なツボや可愛いツボに形を変えているけど、同じ。拭くためのモノなんか言いたくないけど麦わらとか草とか、それすら無いときもあった。僕が最初にトイレしたときは男と仕方が違うからどうしていいか分からないまま、見た事もないトイレと凄い臭いに本気で泣いたもんだったよ。この赤谷の領地では、お兄ちゃんが作った上下水道が完備されているけど、下水道ってただ流すだけじゃ病気の元になるから定期的な整備が必要になるってお兄ちゃんが頭を抱えていた。だから、今の所トイレ事情は変わっていない。ただ、凍らせる事で臭いだけはしなくなったけど。
あとはお風呂。
“魔法”でお湯を沸かすっていうのが無いから、お湯を沸かす為には木を切り倒さなきゃならない。いわゆる薪だね。その薪だって切り倒したからすぐに使える訳じゃなくて何ヵ月も乾かさないといけない。つまり、日本みたいに毎日入るって出来なかった。せいぜい髪を水で洗うのがやっとで、身体は濡らした布で拭くだけ。時々、川や湖の近くでキャンプしたときはどんなに嬉しかったか!
移動も車って言えば荷車を言うくらいで、馬車とか馬に乗った移動はお金持ちとか貴族しか出来ないのが、この世界。
遠くに見えてきた目的地まで、見えてからあんなに長々歩かなきゃならないなんて思いもしなかったよ。自動車なら1時間も走れば着くのに! なんて何回思ったか。
お兄ちゃんが読んでいた本には、モンスターを使って生活を楽にする方法があった。例えばスライムでトイレや残飯処理をするとか。……うん、スライムってね、紫さんに言わせればたんぱく質やミネラルが豊富な物を“餌”って思うらしいんだよ。残飯って言っても骨とか何かの切れ端とか? スライム的にはそんな魅力の少ない物より、それを差し出す人間の方が美味しそうに思うみたいで。
人が竜を育てる事は出来ないみたい。これも紫さんが言っていた話だけど、竜は一族全体で子供を守り育てるから“魔王”みたいな飛び抜けた存在であっても子供を盗み調教するのは不可能だって。かろうじて竜の亜種でワイバーンという飛竜なら卵から孵せれば、調教しだいで何とかなるかも、程度でしかもワイバーンは軽い子供二人を乗せるのがやっとの力しかない。飛び立つ時の地上を走って勢いをつけているワイバーンを見れば、バランスを取りながら乗るのは至難の技だと分かってしまう。
この世界はファンタジーだと思っていたお兄ちゃんは、ライトノベルを片手にガックリしてたっけ。
「しかし、“ルソラ”様は、こちらの世界で生活をしておられる。彼の界に戻る事が出来ない理由が有るのでしょうな。」
ピキ。
僕や蒼井さん、赤谷達がこちらの世界にいるのは簡単な話だ。
まず、性別や姿が変わった事。親や知り合いに声をかけても、知らない相手扱いされるのは辛い。
それから、こちらの世界では5年も経ったのに、元の世界では3年しか経っていないから、ズレがあってそれが信じてもらえない理由になった。
最後に、戸籍が無くなったから。僕達がこちらの世界にいた間に「マイナンバー」とかいう人一人に一つの数字を貰ったらしいんだけど、その時いなかった僕達に貰える筈もなく、申請をしようにも僕達を認めてくれる何かが有るわけでも無し。
僕達は、元の世界に戻りたいのに元の世界から追い出されたって意識で、この嫌いな世界にいるんだ。それをわざわざ言うなんて。
「しかし、ナオキ殿。彼は違うようですな。“聖女”として確固とした地位にいる“ルソラ”様とは違いナオキ殿は彼の界に住む場所がある。この世界での体験はナオキ殿には“学術的な興味”を刺激されるのでしょう。」
確かにお兄ちゃんは、潮を撒かれて荒れ果てた赤谷の領地に日本式の水田を作り、大学で研究中の稲を育てている。それは、お兄ちゃんが「彼女」って言っていた三郷野さんと共同管理して大学の卒論にするって教えてくれている。
……だから、貴族様の言う通り、お兄ちゃんにとっては研究した結果を観察しているだけかも。これが上手くいけばお兄ちゃんは大学の卒業で良い評価が出る。だけど、失敗しても、お兄ちゃんには来年またやり直したり出来るし、失敗したからといって卒論が書けなかったりはしない。
心に鋭いナニかが刺さった。
「学術的な興味が満たされたならば、ナオキ殿は如何するのでしょうな。私の知り合いには長年の研究が認められた者がおりますが、認められたとたん苦労を共にした共同研究者と婚姻をあげて、やっかみ混じりの言葉を投げ掛けられたものです。」
「そうですか。長年共にあったとあれば、それは自然な流れなのかもしれませんね。“女神”の祝福がありますように。」
貴族様の言葉に返せたのは、もしかしたら将来そうなるかもって覚悟していたから。
貴族様は見た目は普段通りの僕を訝しそうに見たけど、僕の喉はカラカラだったし、胸は締め付けられてるみたいに苦しい。心に刺さったナニかはズキズキ痛くて泣きたくなる。だけどそれを弱みを探ってきている貴族様に見せてはいけない。
「女神の瞬きは過ぎたようです。私はこの後の神事に控え沐浴をしなくてはなりません。」
有りもしない神事を理由に貴族様を追い返そうとした僕は、内側から込み上げる感情を堪えるのに必死で貴族様の冷笑とも言うような「貴族の笑み」に気づかなかった。
「おお、これは長居をしてしまいました。」
言って立ちあがり僕を一瞥した貴族様は
「そうそう。先ほどの長年の研究は3人で進められておりました。しかし、今は残りの1人は結婚した2人から邪魔者扱いされているらしくて。これが私の友人なのですが、2人から離れる為に新しい研究を始めたと言っておりました。」
言葉もなく見送る訳でもない僕を、明らかに見下して優越感に浸る尊大な顔をする。
「お力添えが必要であれば、お声掛けください。貴女様の為ならいつでもお力になりましょう。」
含み笑いをしながら神殿から出ていく貴族様……といなくなったとたんに堪えていたものがポロリ目から零れてしまった僕。
お兄ちゃん、僕、邪魔者じゃないよね。
神殿に鎮座する“女神”像は、僕の問いかけに答える事はなかった。




