戸惑いと裏切りと10
お兄ちゃんや蒼井さん、赤谷が作った僕の神殿は、そんなに高くない元岩山の中腹位に建てられている。
入り口は山の裾野部分にある鳥居みたいな丸太の組み合わせが何十個も登山道を囲っていて、僕が観光ガイドの写真で見た、あの神社みたいになっている。
登山道を登っていくと東屋が道沿いに4ヶ所あって、そんなに急でもないし、長い訳でもない登山道でも休めるように湧き水やベンチが仕付けられていた。
神殿の前にはモールタウンの駐車場位の広場があって、僕の家もここにある。お兄ちゃんはゆくゆくは、神官の寮を作ったり、神殿で行う行事をこの場所でやりたいみたいだけど、今ここに住んでいるのは、僕と向こうの大神殿で僕の世話をしていた3人だけ。時々、山裾に作られた小さな宿場町でいいのかな? お兄ちゃんが数えたら三百人はいない程度の町があって、ここの住民が登って来て、愚痴を吐いて帰って行く。
赤谷が丸投げした領地経営は、お兄ちゃんと蒼井さんと紫さんがしているんだけど、その”人と獣人を等しく扱う“方針に反感を持った人たちはメインの海側の港町……って言うか城下町を避けて女神を奉る神殿のあるこちらに来ている。
獣人は”魔王軍“の幹部に獣王がなっていたせいで、”魔王軍“の仲間扱いされて”魔王軍“による大規模戦争が終わった今も獣人を憎んでいる人は多い。けど、それは獣王が女子供を人質にされて無理矢理動かされていただけの悲しい理由があって、それを知らなかった僕達は獣王を倒した時、獣王から「獣人達を救って欲しい」と頼まれているから絶対に譲れない部分だ。けどそれを聞いた、お兄ちゃんが、獣人と同じ場所に住みたくない人の事まで考えて、こんな居場所まで作っているのに、そのお兄ちゃんを「人の心が分からない人間のなり損ない」って言うのは僕にとって赦せない事だ。「嫌ならお兄ちゃんの領地から出ていけ」って何度言いそうになったか。
お兄ちゃんが敢えて男爵領の領都になる街と女神を奉る神殿のある町の二つを作ったのは、”女神の使徒“とか”聖女“とかくすぐったい肩書きで呼ばれている僕に不満や不安を持つ住民を宥める役目をくれたからだけど、ここに来た住民はまだ数日しかたっていないのに、お兄ちゃんを好き勝手に扱き下ろしている。
ねぇ、きみら、誰に向かって、誰の事を言っているのか分かってるの?
あまりのイライラに、蒼井さんとの訓練で身につけた”聖女の微笑みッポイ何か“がひきつるのを抑えながら宥めて鋤かして落ち着かせる、というのを続けていると、僕に来客だと神官の一人が教えてくれた。
イライラが限界に来る前に席を外す理由ができて良かった……。
この神殿にいるのは、僕の他には三人。大神殿で僕の世話をしていた、ポートプルー伯爵の娘と伯爵の取り巻きだった戦自慢の男爵の親族の僕を監視する為にいる……って僕が思い込んでいた女神官達だ。けどホントは僕の話し相手になったり、一緒に神殿の行事をしたりしたいって思っていたみたいで。僕が”鏡“を使って監禁されていた神殿を抜け出していたのを知っていながら、神殿やポートプルー伯爵には伝えていなかったことで自分達が、どんなに責められていても僕を庇い続けていた。
僕は、近くにいながら、そんな事にも気づかずに三人を半ば無視していたのだけど、王都から戻って来たお兄ちゃんが、三人を連れてきて「もっと助けてくれる人を見つける目を養うように」って言いながら、三人がどれだけ僕を心配していたか教えてくれた。
……僕としては、お兄ちゃんが僕を心配してくれてた方が嬉しかったんだけどね。
三人は僕に忠誠を誓うと、自分の家名と名前を捨てることを宣言して、ポートプルー伯爵のエレナさんはアンに。ポートプルー伯爵の取り巻きの男爵達の親戚の二人はオルフィーナさんがベッツィ、クラリスさんがクリスになった。何処から出てきた名前なのかって思ったら、前にお兄ちゃんに紹介した時の適当な名前だったのは、暗に責められているのかと思ったけど。
まだ出来立ての神殿は、三人のおかげで少しずつ居心地の良い場所になりつつある。そんな神殿の応接間みたいな部屋で、僕を待っていたのは公爵家のアレクだった。
「”ルソラ“殿、ご機嫌よろしく。」
彼は僕が来たのを見ると、サッと立ちあがり大仰な挨拶をしてきたから、僕は女神に捧げる礼の簡略版で応える。もっとも僕は”聖女“って呼ばれてるのに女神になんの信仰も持って無いから”礼“といっても形だけなんだけど。そういう意味では目の前にいる貴族様にも全く興味が持てないのは仕方ないよね。
「クリストル家のアレクサンド様。」
わざと家名を付けて一拍置くと
「神殿に来られるのは何時かた振りでしたか。ようこそ、と申し上げてもよろしいのでしょうか?」
僕達が”魔王討伐“の旅をしていた時に邪魔ばかりしてきた貴族の一員だからね、あんまり仲良くする気にはなれない。何で蒼井さんは、こんなのを僕にくっつけようとするんだろ。
「大神殿にいらした時には何度か赴いたのですが、”ルソラ“殿には会えないままでしたな。それが、ようやくお会い出来る機会を得られ迷惑を省みず来てしまいました。どうかお許しを。」
軽く頭を下げるけど、貴族が頭を下げる時は必ず厄介事が付きもの。”聖女ッポイ何か“の作った顔が自覚出来るくらいひきつる。
「……迷惑とお考えならば、先触れを出して頂ければ私からお伺いいたしますが?」
それなら会わない様に出来たのに。
「”始原の魔女“と呼ばれた蒼井殿と等しく”英雄“である”ルソラ“殿に足を運ばせるなど、我が王家ですら出来ない事でございましょう。」
……つまり、王家と蒼井さんには話を通しているから、大人しく話を聞けって事か。
ホントならお兄ちゃんに会いに行きたかったんだけどな。お兄ちゃんが来るの待っていたら何時になるか分からないし、ここは僕が折れて会いに行くしか無いよね。
「……今は一人でも多くの心に傷を持つ方々に、少しでも早く女神の救いを授けたく思います。」
蒼井さんに褒められた事もある、意識してフワッとした笑顔を作りながら
「女神の瞬き程の時間であれば、お話も終わりましょう。」
この世界の主神である”女神“が開いた目を閉じてまた開くまでを時間にすると約30分。ずいぶんゆっくりだと思うけど、時間の流れが違う神界の一瞬の瞬きは、地上に置ける30分程と昔の賢人が決めたそうだ。紫さんは、この話を聞いて「なら、この地上の一時間は神界の……そうか、それなら意味が通る。だからなのか……ふむ、ならこう考えれば……」なんてぶつぶつ言っていた。
今は関係無い事を思い出しながら、もう一度微笑むと、思ったより短い時間しか許してもらえなかった貴族様は目をきつくしながら身を震わせるように耐えていたが
「よろしい。では早速始めましょう。」
言いながら、やや乱暴にベンチに腰をおろした。
多分、いつもの椅子はフワフワのクッションがついた椅子何だろうけど、まだ、物資が足りないこの領ではクッションになる綿が手に入らない事もあるし、仮にも神殿で贅沢なソファーを置く気にもなれなかったから、ここに有るのは木で作ったベンチに厚い飾り布を纏わせただけの安普請な椅子だ。そこに勢い良く腰をおろした貴族様は「グッ」と呻いて腰の下に手を当てる。僕は悲鳴をあげなかった彼に敬意を持ちながら、ひとつため息。
これで帰ってくれたら良かったのに。




