戸惑いと裏切りと9
拙者……いえ、私、橘はごく普通のチェーン店を営む父と、料理研究家という肩書きを持つ創作料理科学者の母を持つ、美少女姉妹の姉として結構、有名な存在だった。
ご近所では、だけど。
ただ、地方の放送局で週一の5分位の放送に、妹と共に小学生の間、6年間出ていた事もあり”自称友達“という取り巻きに囲まれて、望んだ事は必ず叶う世界の中で尊大不遜に成長していた。
まだ、小学生の私を立派な大人達がちやほやと接待するのだから、舞い上がって勘違いするのも仕方なくないかな?
違うか。同じようにしていた私の妹は、そうならなかったし。
私がレストランで出していた料理の簡単な紹介と食べた感想を言う5分の番組は、それなりには視聴率が良くて中学生になっても継続するはずだったのだけれども、両親は放送局との契約を打ち切ってしまう。
理由は「私の為」とか。
意味が解らなかった私は「大人になってから、またやればいい」と言う親から中学生の間ずっと距離を置くようになって。
まあ、ここまでは両親との確執はあっても、普通の人生だったし、この時の私は”芸能界の明るい場所“しか知らなかったから、多分、高校を卒業するのと同時に向かって行ったのだと思う。
私の人生が狂ったのは、高校受験の会場で案内をしていた男のせいだった。
面接場までを案内していた在校生のソイツは”面接“という初めての体験にガチガチになっていた私に、やたらとしつこく話しかけてきて集中を乱してくれるは、一緒に来た面接グループの他の人を蔑ろにするは、散々な事をしてくれた。面接が終わって帰る時も、まとわりついてきて、「ウザいキモい」がやがて「気持ち悪い怖い」に変わっていった。
だから、私はこの高校ではなくて違う高校に行く事を決めたのだけども、何処で調べたのかソイツは家にまで押しかけてきて、私が外に出ようものなら護衛と称してくっついてくる、家族が外に出ていって留守番していると入って来ようとする。
一人でのんびりテレビを見ていたらリビングの大きい窓が揺れて、その向こうにソイツがいた時は恐怖なんて言葉では言い表す事が出来る物では無くて。
私は、この日から外に出る事が出来なくなった。
家にいても家族の姿が見えないと半狂乱で捜して、それがお風呂であろうがトイレ中であろうが、視界に入っていないと安心出来なくなくて、寝ている時ですら妹を抱きしめてないと起きてしまう程、病んでいた。勿論、そんな状態で高校なんて行けるわけがない。父はチェーン店の仕事を家でやるようになって時折出かけるだけになり、母が創作料理の研究を家で出来るように自宅を改築した。そして、妹は学校が終われば遊びにも行かないで帰って来て私の世話をするようになった。
その時は、気づかなかったが家族の負担は大きかったはずだ。それでも家族は私を支えてくれていたのに。
本来なら高校を卒業する年になっても私は家族に依存している生活から抜け出せないまま、なんと無しにネットで買ったゲームが私と家族を決定的に裂いた。
女神とか自称する女の為に引きずられて連れ込まれた訳の分からない世界を、ようやく抜け出して戻ってきた私が家族の元に戻ったのは当たり前だろう。しかし、
「姉に凄く似ている姉じゃない貴女に言わせてもらえば、母と父を苦しめ、家族を捨てた姉を私は赦せなかっただけです。」
私の記憶より綺麗で大人になった妹は、私を”姉“とは認めてくれなかったばかりか、決別の言葉を無表情に吐いて追い返した。
血の繋がった家族でさえ、時には家族を切り捨てる事があるのを、私はこの時初めて知ったのだ。ましてや、親戚同士や幼なじみなら切り捨てるのに何の遠慮があるのか。
私が、私と同じように、このくだらない世界に引きずり込まれて、けど私とは違い切り捨てられなかった”女の子“と切り捨て無かった”男の子“を観察するようになったのは、そんな出来事があったから。出来れば私とは違ってハッピーエンドな終わり方をして欲しいって願っているというのに。
今、こちらにいる私達は皆、家族や友達から切り捨てられて元の世界にいることが出来なくなったから、唯一繋がりが断たれなかった二人に凄く期待しているのに。
分かっているのか、いないのか。
この”男の子“は私達の期待を裏切る事ばかりしている。いい加減にしないと私も蒼井姐さんみたいに”男の子“を切り捨てたくなるのよ?
○○○
公爵とか偉い貴族って自分以外の人は馬鹿だと思っているらしくて、ツカちゃんを陥落させる為の方策を用意された部屋で大声で話し合っている。
部屋の扉に耳コップしている私にはよく分からないっていうより分かりたくない、政略結婚をツカちゃんにどう納得させるのかの話し合いは、第三王女と私達の仲間の”おいちゃん“との婚約と、公爵の息子のアレクとツカちゃんの婚約を絡めて相互利益が有るようにする方向で決まったらしい。
確かに、この国としたら「”魔王討伐“の”英雄“がいる国」の肩書きは捨てられないから”血筋“の交換をして”英雄“との固い絆を持ちたいのだろうけど、個人の問題を組織で解決するような気持ち悪さのある方策だと思う。
蒼井姐さんなら、最終的にツカちゃんが幸せになる方法であれば何でも良いって考えているから、この方法でも良いのかも知れない。けど、金髪腹黒な公爵家のアレクちゃんは、影から調べれば、あの豚伯爵を隠れ蓑にしてなかなかな事をしているからね、私は反対したいかな。
どっちにしろ、直樹くんの行動しだいなんだけどね。って思っていたら、当の本人はツカちゃんの隣に立つのはアレクちゃんが良いのかもって馬鹿な事を言うし。
あんなに、「お兄ちゃん、お兄ちゃん」って言っているのに何も伝わってないのかと、苛立つはムカつくはふざけんなよ? って流石に言ってしまった。
ああっもう無理、諦めた!
そう思った私に、直樹くんは
「するべき事をするために、一度帰ります。」
そう言ってツカちゃんの神殿にあった”出入り口“とは違う新しく設置した出入り口から元の世界に戻って行った。
決意した”男“の顔で。
あれあれぇ? 今さらとは思うけど、ようやく”行動“に出たのかな?
波立つ鏡を見ながら、私はニマニマ笑いを浮かべてしまう。
”彼女“が大事なら先に会うのは、ツカちゃんだよね?
彼女にただ会っても、ツカちゃんと話し合った結果を持って行かないと、直樹くんには信用が無いから彼女も納得しないからね。勿論、ツカちゃんも同じだけど。いくら幼なじみで親戚のお兄ちゃんであっても、信用をゴミ箱に放り投げるようなマネをしていたから。
「これでようやくハッピーなエンドが見えてきたでゴザル。」
私は、そう呟いた。やっと、ツカちゃんの一途な想いが通じたのかと思っていた。
しかし、私と直樹くんが話し合っていた、この時。公爵家のアレクちゃんは蒼井姐さんとツカちゃんの攻略法を語り合っていたのだ。私一人では、全てを網羅出来ないとは言え蒼井姐さんを止めれなかった事を私は後悔する事になる。




