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いとこは聖女様。  作者: 空気鍋
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戸惑いと裏切りと8

「この土地の価値は思っていた以上に上がっている。」

「アレクサンド様のおっしゃる通りです。」


 私がテーブルに置かれたグラスを持ち上言うと部下達も一斉に頷く。

 男爵に相応しくない上に、王都の城より立派な城。

 島々を繋ぐ巨大な橋。

 整然と並べられた大きな街。いや、街ではなく都市と言っても良いだろう。

 広がる水田からは数万人分の食糧が収穫出来ると言ったナオキは人手があれば後数万人分は作れると宣言していた。

 今日は赴かなかった山側には、“聖女”がいる神殿都市があり、そこは大規模な果樹園が出来るらしい。

 この元公爵領だった荒れ果てた荒野を“勇者”アカタニの男爵領としたのは、思い出すのも忌ま忌ましいポートプルー伯爵だった。彼は“七英雄”が自費を持って土地を整備した後で取り上げ自領にするつもりで、秋までの収穫と領民の生活をアカタニに約束させた。無論、塩まで蒔かれた土地が一年足らずに元に戻る訳がない。元に戻らなかった場合には、“聖女”を娶りその恩情を持って更に一年をアカタニに渡す。その次の年は第三王女の予定だった。仲間思いのアカタニは自分が破滅するまで廃墟に注ぎ込み、最後には領主の資格なしと放逐されただろう。

 しかし、こうして見るとポートプルー伯爵の策略は全て(くつがえ)されている。

 “勇者”アカタニは仲間の力を借り“賢者”と言っても過言ではないナオキを連れてきて土地を蘇らさせ、秋の収穫が約束されたような水田を拡げた。

 それだけではない。

 王都の貧民街となった避難民が集まる数々のバラック。そこに住む全ての住民を自領の領民として受け入れ、それを受け入れるだけの家を用意し、統一された服まで作り、秋までの食糧を用意している。渡されている食糧は米と呼ばれる煮出しして食べる主食と各種野菜。それにこの地では見ることが叶わない筈の肉の塊。

 更に今日の確認では、既に商人が店を開いていた。そこで売られていたのは鏡や化粧品の高級品や鮮やかな色合いの服。交易品だと思っていたが、驚く事に昨日今日来た領民がお金を出して買っていた。

 ナオキに確認すると、仕事をした領民には日当を出しているらしく、あの高級品に見えた商品は、その日当で賄えるだけの安価らしい。

 それでは領は立ち行かなくなるのでは、と聞いた私に商品をひとつ売ると税金が入ってくる仕掛けになっている、と返ってくる。沢山売れば売るほど税金は入ってくるから売れない方が心配だと訳の分からぬ話をされた辺りで私の頭は限界を迎えた。


「まさしく異世界の考え。」


 私は“七英雄”がこことは違う世界から来ているのを知っている。それでもなお、ナオキがする事は驚きより困惑を起こさせる。

 領民に日当を与えるなぞ聞いた事がない。領民は金を与えず食を与え、日々の糧は自分で用意させるものだ。確かにこの領は生い立ちから難しいかもしれぬが商人を呼ぶまでが領主の仕事だろう。

 商人が幾ら売ろうが店を開く為の税、売るための資格として税、年一回の売り上げ税、関所を通るならその税。と商品ではなく商人に税をかけた方が分かりやすいではないか。これなら商品が売れようがどうなろうが必ず一定の収入がある。それで足りなければ税を重ねれば良いのだ。

 領民に対しても一人頭で税をかければ子供が増える度に税を徴収出来るではないか。

 いくら考えても分からぬ。何故、売れるか分からぬ商品に税をかけるのだ。


「分からぬが、異世界からの旅人ならば上手くやるかもしれぬ。あるいは上手くいかぬかも知れぬ。まずは見極めねば。」


 不純物が全く無い透明なグラスは向こうの光景を赤く色付け歪んで見せている。


「我らが領民に聞くところによれば、この地には獣人が住み農地の指導をしているとの事。しかし獣人を嫌う者は山側にある“聖女”の神殿都市に追いやられているとの事です。」


 歪んだ光景の中、今回連れてきた部下の中で腹心とも呼べる副官が胸に手を当てる略式の礼を取り言う。


「不安材料は“聖女”と共にする事で(なだ)めているようですな。神殿都市には、“聖女”子飼(こがい)の信者も住んでいるようですし暴動になる前に処理をしておるのでしょう。」


 男爵領に二つの都市が存在するとはあり得ない。しかも、そのひとつが女神を奉る神殿に溶け込む形で存在するのはこの領だけだろう。本来、世俗を嫌う神殿や神官は高い場所に神殿を置き信徒や神殿を維持する為のあれこれは離れて作るのが一般的だった。


「……異世界の知恵、か。」


 この常識を知らないが故の無調法なのか、それとも効率を重視したが為の結果なのか。よくよく見れば理にかなった街作りになっているのを感じて私はポツリと呟いた。

 私が王であれば、“英雄”を男爵等と履いて捨てる爵位にはせず侯爵としていただろう。そして子がいれば婚姻させて、他国には“英雄”の名声を持ってあたっていただろう。この大陸で最も小さな国と呼ばれた国を巨大な国へ変える努力をし、それを成し遂げていただろう。

 私が王であれば。


「やはり、“七英雄”の血は欲しいな。それがなくては民衆の受けが悪すぎる。それに、あのナオキと言う者。彼は内務大臣として迎い入れる事が出来れば、な。」


 彼がしている政策は私に理解出来ぬ方法だが、それで上手く行くのであれば領に限らず国で行うべきだ。


「それでは、やはり第三王女をこちらに……?」


 私の従妹に当たるとは言え、歌姫の子ではこのような事にしか使い道はない。


「うむ、その考えで行こう。」



○○○


「拙者大笑いでゴザルよ。策士を気取るイケメンが“うむ、その考えで行こう”でゴザル。その後で掲げたグラスをクイッとしたんでゴザルよ。いやぁ、拙者どうしようかと!」


 ウソっぽさすら感じる明るい態度の女性は、黙っていれば宝塚に出てくるような凛とした雰囲気を持っているのに、膝裏まである長い髪を背中辺りで手に巻き込みグルグル回して遊んでいた。

 橘さんは諜報で司達を助けてきただけに正確な情報とその早さを誇っている。この話もさっき別れてから30分足らずで仕入れてきた話だ。


「政略婚、かあ……。」


 城の中にある俺の私室に来た橘さんの情報に頭を抱えたくなる気持ちを抑え、乱雑に椅子に座る俺だった。

 予想はしてなくもなかった。ただそれは、日本の一般家庭で育った俺には対応の困る話だった。だが俺の当初の考えより早く状況が動きそうな今、後回しには出来ない事は分かっている。

 これ以上、俺は俺がすべき事を放置は出来ない。

 この土地に一緒に来ていた苺さんは向こうに戻ってデータ作成をしながら教授に研究の中間報告をしているし、司はアレクが来てからやけに不機嫌な顔をして自分の神殿にこもってしまった。たぶん、迎えにいかなくては出てきてくれないだろう。


「……司はアレクと結婚する気持ちはあるのかな?」


 つい、考えが口から出てしまった。

 ほんの少しだけ不安に思った自分の思いが、ポロリとこぼれてそして二人が意外にもお似合いな事を気づいてしまう。

 司がアレクと結婚したいというなら、俺の出る幕ではない。アレクがこの土地に来たときには司は仲良く話していたしアレクが腰に手を回していても気にした様子はなかった。

 ふ、とそんな考えも有るんだって気づいたのだ。


「直樹どのぉ!」


 だが、俺の言葉は橘さんの怒りを誘ったらしい。名前を叫ばれて両方の頬をおもいっきり引かれる。


「ひゃひばなひゃん、いひゃい。」


 力は橘さんの方が上で両手を外そうと暴れようにも痛すぎて動けない。


「直樹殿? つーちゃん()があんな見た目詐欺な一見イケメンと付き合うなんて思っているのでゴザルか?」


 アレクは間違いなくイケメンだと思うが。

 ただ、俺がどう想像しても司がアレクの隣で微笑んでいるのは想像出来ず……したくなくて


「いひゃ、ひょんなかんひふぁ、なひな。」

「そうでゴザル。そうでゴザル。」


 うん、うん、頷く橘さんは頬を引っ張る力を弛めもしないで


「いいでゴザルか、直樹殿。人には言って良い事と悪い事があるでゴザル。時には胸にしまい口に出さない事も必要でゴザルよ。」


 怪しげに語る忍者語にそぐわない真面目な言葉に俺は頷く。


「後で後悔しても遅いんだよ? まあ、後悔って後でするものだけど。」


 不意に忍者語が抜けた橘さんは


「取り返しがつかなくなってからするもんなんだよね、後悔って。」


 実感のこもった言葉を吐いて頬を放してくれた。


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