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いとこは聖女様。  作者: 空気鍋
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戸惑いと裏切りと4

 金髪碧眼の男女が、やけに近い距離で話を()わしている。それを俺は横目で見ながら、公爵家と言う“貴族の中の貴族”が、わざわざここに来た理由を考えていた。

 司や蒼井さん、赤谷からの話では、この小さな国の王家には、貴族を(まと)める(ちから)はなくて、貴族は連合を名乗りながら自分たちの利益のために王家を振り回している状態らしい。

 今の王家には、3人の息子と5人の娘、3人の奥さんがいるのだが、奥さん達は夫である王のためにではなくて自分の実家である侯爵や伯爵の為に、そして自分の子供が王になれるように動いていてほぼ内乱状態だ。

 しかも、子供たちの中で王の子供とハッキリと言えるのは娘が一人だけで、他のは日数が合わないとか……。夫である王の悲哀が聞こえてきそうな話だった。

 貴族連合の中でも、今の王家を見棄て新しい王を戴こうとする運動はあって、更に内乱状態は混迷しているようだ。


「司くんには、詳しく話してなかったから“自分の価値”に無頓着(むとんちゃく)だったのよね。」


 蒼井さんは、国一番の財産を持ちながらも、他の貴族に嫌われていた“伯爵”で子供いないポートプルー伯爵が、王になるには“英雄”を利用するしかなくて、“英雄”だけではなく庶民(しょみん)に人気の高い“勇者”か“聖女”を使うしかなかった、と解説する。


「私達が“元の世界”に帰れるって浮き足立ち、“元の世界”で想像してなかった現実に打ちのめされて、虚脱感に襲われていた、あの時なら、ポートプルー伯爵でなくても囲いこみに走っていたでしょうね。その点、ポートプルー伯爵は速かったわ。」


 そして、ようやく俺の知る司の時間になった。

 蒼井さん達は、“このままでは内乱状態の国で本当に戦争が起こってしまう”と考えてはいたが、だからといって司が(とら)われているから逃げ出すことも……いや、ようやく“魔王”がいなくなって安堵していた街の人達の様子に再び、今度は人間同士の戦いが起こるとは言い出せず、回避しようとあれこれ画策(かくさく)はしたが、ポートプルー伯爵に上手いように(あやつ)られ。

 司が“頼みの綱”と言った俺はといえば、そんな事にも気づかないで泣かない(我慢強い)司を泣かしていた訳だ。


「……事情も知らなかったのだから、そこまで落ち込む事はないわ。」


 蒼井さんは言うが、蒼井さんは勿論(もちろん)、司まで俺に事情を説明しようと思えない位、俺は司を(ないがし)ろにしていた。

 今度は俺が司を助ける番だって言っていた俺が?


「……つくづく……俺って()()()……。」


 顔を隠して地べたを転がりまく(黒歴史決定)りたいくらい。


「……まあ、それはそれとして。こんなに簡単にポートプルー伯爵を落とし込められるって凄いとは思うわよ?」


 人を陥れいれて褒められても嬉しくないが、蒼井さんは俺に言った。


「私達は、司くんの事や紫さんの事もあって、何も出来なかったから。」


 そう言えば、司が言っていたが司達の中でこういう事を考えるのは紫さんだけだった。

 司達の中で、“大人組”は、蒼井さんと紫さんだけなんだそうだ。赤谷は高校の時に入りこちらの世界で成人した。ただ、やはり人生経験の違いで“大人組”という雰囲気じゃなかった。

 蒼井さんと紫さんの会社員で蒼井さんは某会社の課長。紫さんは製造業の係長。殺し合うような殺伐(さつばつ)とした関係ではなくて、会社、社会で面倒な人間関係をこなしていた二人は、こちらの世界でも人間関係を悩んでいたらしい。無口で見た目が大人の厳めしい大楯を持つ緑川さんと見た目、女子高生で(すす)けた金髪の黄野さんは、実は同級生の幼なじみだそうだ。

 年齢的には蒼井さんが一番上で次に紫さん、俺と同じ年の赤谷。次には()()()が来て黄野さんと緑川さん、一番下が司になる。その中では、蒼井さんが交渉ごとの窓口をしていて紫さんは下らないちょっかい(貴族達)を出してくる奴等を相手にしていた。しかし、紫さんはポートプルー伯爵から恋仲の第四王女の婚約をちらつかされ沈黙。もっとも、紫さんが第四王女と婚約、ではなく司を婚約者にしなければ、ポートプルー伯爵の婚約相手は第四王女だったようで、紫さんは仲間の司を取るか、恋人を取るかの選択を迫られていた。

 こうしてみると、相対した時に、あっさり蹴散らされたポートプルー伯爵は、|あの手この手で“英雄”を(から)めとり(あやつ)っていたのがわかる。

 司には信者と神殿。紫さんには恋人の第四王女。赤谷には爵位と領地。権謀術数(けんぼうじゅつすう)とは正にこの事だろう。

 今、男爵になった赤谷の領地は王都にいた避難民を受け入れる体勢が急ピッチで作られつつあるが、それは紫さんと紫さんのゴーレムがほぼ不眠不休で作業しているおかげだ。それがどんな気持ちからの行動かは想像するしかないが。


「司くんは(ゆかり)に怒ってはいないわ。逆に言えば後押ししたのに、とは言っていたけど。」


 蒼井さんは、司が紫さんに「思うところは無い」と言いながら司と公爵家のアレクの仲睦(なかむつ)まじい様子を見て俺を見る。そしてピクリと眉を上げて


「……何時もみたいに嫉妬(しっと)丸出しの顔をしながら僕平気ですって態度すると思ったんだけど……意外ね?」


 俺って周りからはそんな顔しているって思われていたんだ。

 確かに今思い浮かべれば、司が誰かと話をしていると呼ばれなくても近寄っていたかも……。そのくせ司が話かけてきても素っ気なくして。


「……ふぐぅっ!」


 変な声が出る。

 この気持ちなんと言えばいいのか。地べたを転がりまくるだけじゃ足りない。崖から飛び降りたくなるような恥ずかしさ。


「……自覚、無かったのね。」


 蒼井さんの言葉は突き抜けるような響きで俺に刺さる。

 どうりで苺さんが寂しげな顔したりする筈だ。司が変に遠慮したり、妹の七歌が怒り出して、父さんが聞いてくる訳だ。


「俺、最低過ぎないか……?」

「何を今さら。」


 思わず口から出た言葉は、寸暇(すんか)なしに返ってきた蒼井さんの一言に砕けて、ついでに膝も砕けて蒼井さんの前で両手両膝を付いてしまう。

 がくりと項垂れた俺は


「自覚はあったけど足りなかったみたいです。」


 呟いて、地面を力込めてかきむしった。


「……俺、苺さんに何て謝れば……。」

「知らないわ。そんなの自分で考えなさい。」

「……分かってます。」

「なら良いけど。」


 俺って苺さんを彼女って言っていたのに、苺さんを彼女扱いしてなかった。それを謝る事が出来るのだろうか。


「お兄……サマ。……どうかなさったのですか。」

「……むっ。“始源の魔女”殿にそれほど深く謝罪をするとは。キサマ何をしたのだ。」


 傍目(はため)からは蒼井さんに土下座しているように見えたのだろう、司とアレクが駆け寄ってきた。


「司、ちがう、違う。ちょっとショックな事に気づいて、今さらながらに落ち込んだだけだ。」


 蒼井さんを鋭く睨む司の頭をポンポン軽く叩くと、睨まれて顔を蒼くしている蒼井さんを庇う。そして、俺の物言いにピクリと眉を上げた貴族の態度に気安く対応し過ぎたのを気づく。俺のイトコは、この世界では“世界を救った英雄”だった。元の世界では赤ちゃんの頃から知っている親戚だが、この世界では平民の俺が容易く触れても声をかけてもいけない存在なのを思いだし、司から少し離れ腰を低くした俺は


「蒼井さ……まは、(わたくし)めにつか……“聖女様”が神殿に入るきっかけを教えてくださったのです。」


 司に、へりくだった態度で頭を下げた。

 言葉使いならなんとかなるが、“聖女に相対する態度”は、すぐにはなんとか出来ない。ついつい出てしまう司への態度を、あわてて取り繕う俺に


「……。」


 明らかにムッとした司。しかし、司の隣に立つ貴族は


慈愛(じあい)(あふ)れた“聖女”のルソラ殿は信者に()われ神殿に入り、その力を(ふる)ったのだ。その事は夢忘れてはいかんぞ。」


 ウンウン、頷くように俺に諭すように言う。この「“聖女様”への正しい平民の態度」を教えてくれたのは目の前の貴族だ。そして、要約すると司が許すからといって気安くしすぎるなってとこだろうか。さすがは貴族、分かりにくい。

 貴族の言葉に更にムッとする司。


「ご教授いただきありがとうございます。」


 貴族に向かって腕を胸の前に組んで礼を告げる俺。妙に俺に教えたがると思ったら、司の前で言わせてきたか。なんか、職場見学でやたら張り切って部下を叱るオヤジみたいな嫌味のあるやり方だよな。

 司は綺麗な作られた笑みを浮かべながら


「ありがとう存じ上げます。」


 とだけ言って、チョンと腰を下ろす礼をした。

 相手は公爵家、“英雄”と呼ばれていても無下には出来ない。取り敢えずの礼を司と俺から受けた貴族は満足気にしながら


「道理の知らぬ者に知らしめるのも貴族の務めですからな、世界を救った貴女様は唯一無二の宝玉と同じ。慈愛を持ち平民に対する“聖女”様は素晴らしくもありますが、相応しい態度をとりませんと思いもがけぬ事になりかねませんぞ。」


 まるで、司が“貴族”のように説教じみた話をした。


「アレクサンド様の言う通りかと存じ上げます。」


 ニコニコしながら、また短く応えた司。

 アレクの見えない場所では、蒼井さんが額に片手を当てて天を仰ぎ見る、いささかオーバー姿をしていたが。

 まあ、司は自分を特別な存在、とは思っていないから言われても聞き流している。


「避難民の収容は終わったぞ。しっかし紫のおっさん、気合い入りすぎだ。あんだけの人を入れてもまだあまりがあるぜ。」


 気疲れしたかのような赤谷が、紫さんが作った集合住宅の方から歩いてきた。赤谷の向こうには黄野さんが煽るように仁王立ちしていた。

 赤谷の様子から見るに、黄野さんになんとかしてこいと煽られたのだろう。


「もうすぐ日も暮れるし、取り敢えず城に戻って休まないか?」


 赤谷は「ハァー」とため息つきつつ言った。

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