戸惑いと裏切りと3
9時にも流しましたが打ち込み途中のものでした。
改めて投稿します。
お兄ちゃんにくっついてきた金髪のイケメンは、何故かお兄ちゃんと仲良く話をしていて、チラリと僕を見ては金髪が耳打ちする言葉にお兄ちゃんは笑顔で頷く。
「“聖女様”、王家より派遣されてきた騎士様……です。“聖女様”にお話ししたいことがあるとの事なので、お時間を頂きたいとおっしゃっています。」
お兄ちゃんは笑顔のまま、何時もはしない言葉使いで僕に金髪を紹介すると、金髪は貴族らしい回りくどい誉め言葉をつらつらと流し始めて、お兄ちゃんは長々と続く金髪の言葉を止める訳でもなく、少し離れた場所で蒼井さんと話し出した。
僕は金髪よりお兄ちゃんと話したかったし、金髪が蒼井さんの考える僕のパートナーだって知ってしまったから出来るだけ離れていたいのに、お兄ちゃんは真剣な顔で蒼井さんに何か言って、蒼井さんは驚いた顔でお兄ちゃんを見ている。何を言っているのか分からないけど、なんかつまらないっていうか……。
気がついたら意識しないでムッとしていたみたいで、金髪が僕目線をたどってお兄ちゃんと蒼井さんの方を見ていた。
「あの方は“始原の魔女”殿と親しいのですか?」
金髪は顎下に片手を持ってきて考えるポーズをしながら聞いてきた。僕は蒼井さんがお兄ちゃんを今までの出来事から毛嫌いしているのを思いだして、けどすぐに領地まで蒼井さんの音速ホウキを使って来た事や領地に着いてからは蒼井さんが他の仲間との橋渡しをしているのを思いだす。
僕が神殿で神官達の嫌味や信者からの汚れの無い瞳に耐えていたあの時辺りから蒼井さんのお兄ちゃんへの当たりが優しくなった。そして、お兄ちゃんは蒼井さんと苺さんの3人で話す事が多くなって、僕はナナカねーちゃんとばっかり話していた気がする。……今思えば、ナナカねーちゃんが僕を隔離していたような?
うん、あの時から何かおかしいんだよね。僕も気にしてなかったけど考えてみれば蒼井さんが“空飛ぶホウキ”に乗せてくれるのは気に入った人だけだし。あんなにお兄ちゃんに怒った蒼井さんがコロッて態度を変えてるから何かあったのは間違いないんだけど……。
僕は金髪の言葉に思ったより深く考えこんでいたみたい。ふと、気づくと僕の目の前に金髪の整った顔があった。あんまり近いから寄り目になって何回か瞬き。
「……!」
今の状況を理解するより早く反射的に体が後ろに下がった。
……10歩以上。
「あっ。」
金髪は驚いたようなチッと舌打ちするような顔を一瞬見せて、しかしすぐに照れたように頭を掻いた。
「すみません。聖女様のご尊顔を間近に見ようと近づけてしまいました。」
爽やかな笑顔を魅せている金髪は、子供が背伸びしているような可愛らしい雰囲気を醸し出しながら、「ハハハ……」と笑い声をあげて
「聖女様の“良い方”が近くにおりますうえ、わたくしなぞ路傍の石にも等しいかと存じます。どうか、平にご容赦ください。」
謝っているのか、からかっているのか、快活な話し方をした金髪は
「しかし、流石は聖女様の良い方ですね。“始原の魔女”殿とあれほど楽しげに話をされるとは驚きを隠せません。」
少し羨ましいような声で囁いた。いつの間にか飛び退いた分の距離を縮め腰に手が届く位の近さで顔を僕に寄せた金髪は囁きながら
「あの方ならば確かに聖女様にふさわしくも有りましょう。良い方をお選びになられた。」
金髪……蒼井さんは公爵家の跡取りって言っていたけど、僕の知っている貴族とは違う態度を取る男の人は、予想していた貴族らしい貶し言葉ではなく、逆にお兄ちゃんを褒めてきた。その言葉に思わず僕もクスリって笑ってしまう。ホントに貴族らしくない羨ましそうな声だったから。
「おに……。」
お兄ちゃんを「お兄ちゃん」と呼ぼうとして、“聖女”の言い方ではないと呼び方を少し考えて
「……オニイサマはこの領土を蘇らせた方ですから、私達も敬意を持って接しております。」
たいして違わない。
言ってしまってから気づいたっていうか、お兄ちゃんの下の名前は、なんか苺さんに悪いかなって。名字で呼ぶのは他人行儀すぎだし、僕がイヤだ。で、コレになった。
「……お兄様、ですか?」
公爵家の嫡男様は不思議そうな声だけど、僕もちょっと考え過ぎだったかなって思ったり。けど、今さら言いなおすのも変だし、このままいっちゃえ。
「ええ、公爵家の方ならこの領土がどれほど荒れた土地だったか分かっておいでかと存じ上げます。王家よりの賜り物とは言え、領民すら住む事の出来ない荒れ地を……オニイサマは若芽育む土地へと変えました。私達はその偉業に敬意を持っているのです。」
僕がお兄ちゃんの事を言うと嫡男くんは大きく頷いた。
「素晴らしい! “英雄”の方々からの尊敬を受けるとは。……それにしても、お兄様、ですか……。」
大仰に語る嫡男くんは、お兄ちゃんの方を見た。お兄ちゃんはこちらの様子を見ることなく、まだ蒼井さんと話し合っている。
「しかし、彼は平民と聞きましたが……?」
「……それがどうかいたしましたか。」
「むっ、いやいや、“英雄”から尊敬を受ける彼が平民とは不思議な物を感じますな。」
お兄ちゃんを平民って言ったり不思議な物を感じますって言ったり。ちょっと今までと違うって思ったけど、やっぱり“貴族”なんだね。
「おお、私とした事が長々と話をしてしまいました。私は王よりこれを預かってきたのです。」
嫡男くんは小物入れから封のされた筒を取り出し両手で掲げるようにした。
「これは?」
筒の封は王家の紋章。けど領主は赤谷だし、僕は王家からこんな物を渡されるような事はしていない。
「こちらはポートプルー伯爵より王家に届けられた“婚約証明”でございます。これがあるかぎり、ルソラ様はポートプルー伯爵が亡くなったとしても婚約者でいる事が出来ます。」
嫡男くんの言葉に、僕は慌てて筒を取りふたをキュッ、ポンと音を立てて開ける。中には確かに羊皮紙に似た素材の証書が入っていて、簡単に「王の名に於いて次なる名の婚約を認める」と書かれていた。そして、ポートプルー伯爵の名前と脅されて書いた僕の偽名。
お兄ちゃんには見せられないな。
ポートプルー伯爵の軍隊を追い返したとはいえ、伯爵を仕留めた訳じゃ無いから、これを盾に迫ってきたら僕的にはどうであれこの国の法律的には逃げる事が出来ない。だけど王に届けられた筈の証書が無ければ婚約の証明が出来ないから無効にする事が出来る。つまり、この証書を僕に渡すって事は。
「ポートプルー伯爵は王家への謀反の為、処罰されるでしょう。この証書はルソラ様にお返しいたします。」
証書の下の方に小さく「王の名に於いて婚約の無効を宣言する」と書かれていて、無気力な王様らしくない手間暇を惜しまず行動しているのが知れた。
「この証書をお渡しするのが私に課せられた任務のひとつです。」
受け取った証書をまた筒に入れてふたをするとイベントリーにしまう。紙一枚の証書が無ければ困るのは何でも同じだ。僕だってさっさとちぎって燃やしたくなるけど後から貴族連盟からもし、ちょっかい出された時に無ければ困る。
ただ、証書が手元に来たことで、訳も分からずかけられていたプレッシャーが無くなるのを感じた。僕は自分で思っているよりポートプルー伯爵に圧力を感じていたらしい。ま、暑苦しい肉団子だったしね。
「感謝いたします。」
短く応えると嫡男くんは夏の風を思い浮かべるような笑顔を見せてくれた。




