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いとこは聖女様。  作者: 空気鍋
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戸惑いと裏切りと2

 司くんを神殿に軟禁(なんきん)した張本人で50を越える歳の(くせ)に、わざわざ本妻を実家に追い返して婚約の手続きをしていた変態老人、ポートプルー伯爵は直樹君が立てた策謀(さくぼう)の通りに動いて連れてきた兵士が逃げる波に(さら)われ目の前から消えていった。

 その負けっぷりの見事さに、今まで苦労させられた苛立ちがスゥッと晴れる気持ちだったが、引き潮のように消えていった兵士達の向こうから太陽の陽に輝く金髪の美丈夫(びじょうぶ)が表れるのを見て私は心の中で小さく声をあげる。

 彼は、この国唯一の公爵家、クリストル家の嫡男(ちゃくなん)、アレクサンド。直樹君が司くんを、泣かせたり邪険(じゃけん)にしたりしているのを見て、司くんに紹介しようと思っていた若騎士だった。

 司くんは“聖女”の称号を持つ“若い女の子”だ。今回は国一番裕福なポートプルー伯爵が司くんを欲しがり、“神殿”という“英雄”の肩書きを持つ私達ですら手を出せない場所に監禁(かんきん)して、公式な婚姻(こんいん)を結ぼうとしたが……まぁ、実際は監禁出来ていなかったけど……これからもポートプルー伯爵みたいな勘違い野郎が出るかも知れない。そんな時、今みたいに私が助けに行けるとは限らない。なら、司くんを助ける事が出来るだけの実力を持つ存在が必要になる。

 司くんがこの先、(しあわ)せに暮らす為に私が用意した処方箋(しょほうせん)。それが彼だったのだけど、最近のマリー達の淳くんへの積極性に、私の気が取られていたのもあって紹介するのを忘れていた。

 事前に話をしていれば嫌いな相手でも相手する程度には“大人な態度”をしてくれる司くんも、いきなり拒否も出来ない状態となれば怒るに決まっている。それも将来の相手としての“お見合い”の要素が強いとなれば当たり前。

 私もそれは分かっていたから、状況を見定(みさだ)めて紹介しようと思って……つもりで放ったからしてしまった。

 私が慌てて司くんを連れて逃げた事で、私が何をしようとしていたか予想出来ていたらしい司くんは、金髪の青年が公爵家のアレクサンドと名前を聞くや否やニッコリ笑って大激怒。ここで直樹君の頼りなさを理由に矛先を変えたくても、今回の直樹君は領地の再生計画や領民の確保方法。更にどこで調べたのか、司くんを縛り付けていた“生きた鎖(人質)”の救出にポートプルー伯爵の動きを予測しての対処の仕方。

 今までの直樹君はなんだったのか、と思う程の活躍(かつやく)で私達を驚かしてくれた。さすがに今、直樹君を“頼りがいのない”とは言えず、従って直樹君を切り捨てるつもりとも口に出せない私は、淳くんや直樹君が領地入りするまでの三日間、事あるごとに司くんに責められていた。

 久々に向こうで会社勤めしていた頃を思い出したわ。

 薄氷を渡る思いと言うのか針のむしろに座る思いと言うのか。私が勤めていた会社は女の課長が、私一人だけで社長、部長、私の他の課長、係長、すべて男だった。そんな中で私が何かしようとすると、すぐに横槍が入る。そして、彼らが気にいらない企画は、どんなに利益が出ようとも潰されてきた。だから私は、私の給料とボーナスを守るため慎重に慎重を重ねていたものだ。

 どこに彼らの地雷が有るのか分からないまま、プレゼンしていたあの頃。胃に穴が開くような空気の中で企画書を回しホワイトボードに要点を書いて説明していた、あの時の辛い雰囲気。まさか司くんから、そんな攻撃的な気迫を受けるなんて。

 お出迎えで水田と街の間にある、綺麗に均された場所に立つ司くんは久しぶりに笑顔で直樹君を待っている。その司くんを見て私はホッと一息。とにかく司くんとこれからを話し合うには、機嫌を直してもらわないと……。

 やがて王都方面の街道に人影が表れ徐々に近づいてきて。

 淳くんのくすんだ茶髪や黄野さんの変色している金髪が見えるようになった頃、司くんの笑顔が固まり。

 私は声に出さず……もう少しで出そうだったけど良く我慢した、私! ……心の中で叫んだ!


「だから、あなたは直樹(バカ)って言われるの!」


 能面のような無表情な笑い顔で向かってくる人達を見る司くんは、黒目黒髪の日本人丸出しの直樹の隣で金髪碧眼のイケメンを黙って見ていた。

 金髪碧眼の彼の名前はクリストル家のアレクサンド。

 私が勝手に決めた司くんの伴侶候補で、この三日間の司くんの不機嫌の元で、今はまだ司くんに会わせたくない青年だ。


○○○


 淳くんは領民候補の元王都の住民の中にいるのか見当たらなかったけど、直樹君は司くんを見つけたようで片手を上げて挨拶をした。その横ではアレクサンドがやや大袈裟な手の振り方で自分をアピールしている。

 司くんは、直樹君の前だからかアレクサンドの過剰なアピールにも小さな笑みを浮かべて応えていた。そんな“信者の前に立つ聖女の笑み”を見たアレクサンドは感動したような素振りを見せて直樹君に何か語っていた。

 今一つ、状況が理解できないのだけど直樹君はアレクサンドをどう見ているのか不思議な態度をしている。


「……これも蒼井さんのしわざ?」


 にこやかな顔をしたまま、低い声で司くんが訊いてきた。低い声は司くんの機嫌が急降下した証。私は


「まさか。そのうち、司くんに紹介しようと思っていたけど、それは今ではないわ。」


 司くんに紹介するつもりなら始めから逃げたりしていていない。ピリピリし始めた司くんに小声で返して、アレクサンドと直樹君が笑顔で話し合っているのを見て渋い顔をしてしまう。


「……お兄ちゃんと仲良くしている……よね?」


 司くんは納得出来ないようで不信感に満ちた言葉で私を責める。


「私も不思議なのよ。あの二人は接点がないはずなのに、普通に話しているわね。」


 いくら司くんが私を疑っても、私もこの状況が理解できていないから答えようがない。


「……直樹君はアレクサンドが公爵家の一人息子なのは知らないと思うの。もちろん私が司くんとの仲を橋渡ししようとしている事も。それなら、普通に話をして気が合っているだけじゃないかしら。」

「……うん。そうだよね……。」

「本当に私はなにもしていないわ。するならもう少し場を整えて断りにくくするわね。」


 司くんは勢いで押し込まれる事が良くあるから私がアレクサンドを紹介するなら、公爵家の家族がいる所に何気無く連れ込んで“始めは友達から”の作戦で司くんを翻弄していただろう。ただ、今からでは司くんも警戒しているから無理だけど。

 司くんと小声で話し合いをしているうちに直樹君が目の前に来ていた。

 

「ただいま、蒼井さん。」


 直樹君は何故か私に笑いかけ、司くんはアレクサンドに捕まっている。逆かも知れない。アレクサンドが司くんに凄い勢いで話かけたから、直樹君は私に声をかけたのかも。


「……ええ、おかえりなさい。それでなんで公爵家の一人息子が直樹君と一緒に来たのかしら。」


 何かがおかしい、と思いながら直樹君に問いかけた私に


「アレクは司と話したいことがあって来たそうなんです。」


 意味深げに言った直樹君は笑顔を崩さずに、司くんに話しかけるアレクサンドを見た。


「なんでも、王家からの伝言が有るとか。司や蒼井さん達全員と会って話をしたいそうですよ?」


 王家からのメッセンジャーに公爵家を使う。それだけで面倒臭げな雰囲気が醸し出されてため息が出た。


「詳しくは聞いていないですけど、たぶん今回のポートプルー伯爵の件は王家が関与していないって言いに来たんだと思いますよ?」


 直樹君は予想通りと言わんばかりの堂々とした態度で憶測を語りだして、覚醒した直樹君に私はただ、驚くばかりだ。


「ついでに、あわよくば司とアレクを近づけて(結婚させて)王家との距離を縮めようとしているんじゃないかな。」


 ボソリ。

 直樹君は笑顔のまま、私にだけ聞こえる声で呟いた。

 

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