戸惑いと裏切りと1
蒼井さんに無理矢理乗せられた“空飛ぶホウキ”の柄にベランダで干されたフトンみたいに吊り下げられた僕は、何十分か干されたフトンのやるせなさを味わって、紫さん達が待つ僕達の領地に帰ってきた。
空の上から見た僕達の領地はまず海の蒼色、住居がある廃墟の砕けたレンガ色、それから、お兄ちゃんが設計した水田の緑色が広がる。僕が初めて見た時には一面、土の茶褐色だったのに、お兄ちゃんが来て苺さんや紫さんと組んで数週間で、小学校の教科書に書いていた秋田県大潟村の干拓地、八郎潟調整池みたいなたくさんの水田がある、この光景を作り上げた。
お兄ちゃんは王都から連れてくる1000人以上の難民に一家当たり水田4つを貸し出して賃料を秋の収穫で払って貰うって言ってる。ゆくゆくは買い取ってもらって税金を納めて貰いたいらしいけど、今はこれでいいって言っている。
一家水田4つを四家水田16枚で一つの集まりにして一つの集まりが4つで村、8つで町。農繁期、つまり春から秋までは村や町で暮らし、農閑期の冬は、これから作る街や都に住む。領民の受け入れをしつつ繰り返していけば数年で自然と住み分けが出来るから、将来的には住み分けが出来た貸し出した土地を領民が領主の赤谷から買い取って貰う。そして買い取りした領民は収穫ではなく税金を納めて貰うように変更して行く。領民が買い取り出来る財力を持つまでは領主の赤谷が収穫された穀物を他領に売りお金に代える。とはいえ、“英雄”としての僕達には一人では使いきれない財産を個人のアイテムボックスに収納しているから軌道に乗るまでは僕達の持ち出しで何とかするつもりだけど。
お兄ちゃんは
「衣、食、住の内、大事なのは“食”なんだ。昔から、食たりて礼節を知るって言うものだし、飢えさせるのは反感を持たれやすい。次に住む場所。領主から借りた土地や家をお金を貯めて買い取り自分の物にする分かりやすい“目標”になる。そして服を整え出した頃には希望という夢を持った良民が領地を盛りたててくれるようになる。」
そう熱く語っていた。
港町だった廃墟を人が住めるようにするには手間も暇もかかるので少し離れた所にある岩山を削って難民用の3階建てのワンルームアパートを大量に建てている、ゴーレムを操っている紫さんを見つけた蒼井さんは、急降下で向かっていく。一応、僕が落ちないように片手で腰の辺りを掴んでくれているけど、ほぼ直角に降りている今はあまり意味がないように思えるのは、僕だけでないはず。急速に近づいてくる地表に悲鳴をあげながらホウキにしがみついた僕を見た蒼井さんは
「大袈裟ね……。」
って呟いたけど絶対違うから。
高速エレベーターより早く降りたホウキから、ようやく解放された僕が目尻に涙を溜めながら生きている実感を噛み締めていると、蒼井さんがこっそり逃げようとしていた。それも、昔、お兄ちゃんがDVDを見せてくれた昭和のお笑い5人組がやっているコントみたいに“抜き足差し足忍び足”僕に背を向けて、呆気に取られてゴーレムに指示を出すのも忘れている紫さんにシーって合図までして。そんな“押すなよ? 押すなよ? 押すなよ? アーッ!”って飛び込んでいく3人組を見るみたいな様式美溢れる行動だから逆に僕は理解した。蒼井さんは僕に隠したいやらかした事が有るんだって。これは蒼井さんの突っ込み待ちなんだって事を理解した。
蒼井さんが何をやらかしたのか分からないけど、この国で一番有名なひまわりの君が近づいて来たらこうされたのだからなんとなく分かる気がする。ひまわりの君と呼ばれている彼は国唯一の公爵家の跡取りで女性からの絶大な人気と男性からの羨望を集める“爽やかイケメン”な人だ。輝くような金髪と光を反射する白い歯を見せる笑顔の彼をお日様の申し子と誰かが呼び出しサンライトフラワー続きでひまわりの君と呼ばれている。そんな彼も20を越えて、貴族らしく結婚しなくてはならない歳になり、相手を捜している、とは市井の噂だった。
つまり。
「蒼井さん?」
僕はなるべく声を荒立てないように気をつけて、逃げようとしている蒼井さんの背中に声をかけた。
「蒼井さん、何処に行くの? 駄目だよ僕に説明してねえ何で黙っているの? 蒼井さんが僕を連れてここまで来たのは何で? さっきのあの人公爵家の息子さんだよね神殿で見かけたことあるよ? なんかいい結婚相手を捜しているって聞いたけどそれと蒼井さんがどっかに行こうとしているのは何か関係があるの僕がお兄ちゃんの為だけに祈るって言ったのに聞いてなかったのかな聞いていたよね僕のすぐとなりにいたから聞いていたよねまさかそんな僕を紹介しようなんか考えてないよねもう蒼井さん僕にも言ってるじゃないか相手の目を見て話をしなさいって何で蒼井さん目を逸らすの駄目だよ僕をきちんと見て説明をしてくれないと僕怒るよ?」
蒼井さんは僕にとって大事な人だけど。もし、僕の考えが間違って無いなら……そんな気持ちで震える声を抑えてなるべく冷静な平坦な声で蒼井さんに話しかけると、ビクッと肩を揺らした蒼井さんは僕に向かい合い、けど視線は合わせないようにしてきた。蒼井さんがいつも言ってた、どんな時も「相手の目を見て話す」を蒼井さんがしないから僕は少しムッとして言うと蒼井さんはサウナに入ったような汗を流し出した。
今日はそんなに暑いかな? なんて思いつつ、目を合わせないようにしている蒼井さんに呼び掛けて。
「蒼井さん蒼井さん蒼井さん蒼井さん蒼井さん蒼井さん蒼井さん蒼井さん蒼井さん蒼井さん蒼井さん蒼井さん蒼井さん蒼井さん蒼井さん蒼井さん蒼井さん蒼井さん蒼井さん蒼井さん蒼井さん蒼井さん蒼井さん……。」
「もうっ! わかったわ! ごめんなさいっ!」
蒼井さんを呼び続けたら目を逸らしたまま謝ってきたけど、僕は蒼井さんが何で謝ってきたか良く分からなくて
「何で謝るのだって僕蒼井さんになにもされてないよだから僕何も怒ってないよ蒼井さんが謝る必要ないよけど蒼井さんが謝るって何かをしたからなんだよね僕に謝りたくなる何をしたのねえ何で黙ってるの蒼井さんってば僕怒って無いから早く言ってよ。」
「ごめんなさいっ! 本当にごめんなさい。」
「え、何で謝るの僕になんかしたの僕なにかされたっけごめん僕良く分からないから何をしたのか教えてくれないかな」
自分で自覚出来るくらい声が低くなってきた。蒼井さんは僕の前でブルブル震え始めて寒そうにしている。だから蒼井さんに僕はにっこり笑って言った。
「僕、ぜんぜん怒ってないよ?」




