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いとこは聖女様。  作者: 空気鍋
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悪夢の終わりと破滅の始まり46

大変申し訳ありません。


先週の投稿は打ち込み途中で書き直す物を投稿していました。

打ち直して投稿しなおしました。



所詮は紛い物と決めつけていた“勇者”アカタニの一振りと“拳聖”キノの一撃によって“英雄”の称号に間違いが無いことを教えられたポートプルー伯爵は、肝心な所で役に立たなかった子爵と男爵を蹴りつけ、鬱憤(うっぷん)を晴らしていた。蹴りつけられている男達の危険な雰囲気に気づかないまま。

そんな時に、白馬に乗り、数十の騎士達を引き連れ現れたのは、この国唯一の公爵家、クリストルの嫡男のアレクサンドだった。


「ポートプルー伯爵殿、ご無事でなにより。」


悠然と現れた彼は馬に乗ったままで、親しげに丸い体と短い足で絶妙なバランスを保って蹴り続けていた伯爵に声をかけ女たちを魅了する爽やかな笑顔を見せた。


「兵を率いて来たものの、あまりの負けっぷりに笑いが止まりませんでした。いや、まさか刃を交わすことなく敗走されるとは、流石(さすが)は音に聞こえた伯爵の赤騎団ですね。」


ククク……。喉を鳴らす笑いに、呆気に取られていた伯爵の顔が赤くなっていく。


「こ、この若造が! 儂を愚弄するかっ!」


つい先日まで、自分にかしずいていた彼の馬鹿にしているとしか思えない言葉に伯爵はより一層、怒りを積もらせていき、伯爵の下で実際に兵を指揮していた二人の男達も目付きを変えてきていた。


「愚弄も何もありませんよ。私は事実を述べた迄です。威勢も良くさえずっていたお二人が“勇者”の一振りで沈黙した(さま)も、続く“拳聖”の一撃で背を向けて逃げ出した所も、あちらの丘から良く見えましたからね。」


彼は廃村近くの丘を指した。


「逃げ惑って逃げたい場所に近づくなどと……なんの喜劇かと思いましたよ。いや、失礼をいたしました。」


再び、ククク……と喉を鳴らす独特の笑い声を出した彼は


「ポートプルー伯爵におかれましては芸人の才能を試しておられたのですね? “英雄”とはいえたった5人の、それも一人は“聖女”という戦いには不向きな少女がいる集団に三千からの兵士を向けて敗走!」


ついに堪えきれなくなったらしい彼は、明らかな侮蔑(ぶべつ)の言葉を紡いでいく。


「良い喜劇です。これは代々、伝えていく必要がありますね。これほど見事な負けっぷりは聞いた事すらありません。」


バリトンの効いた哄笑に伯爵も二人の武人も怒りを爆発させた。


「ふざけるな若造が!」


伯爵が叫び、子爵と男爵は弾かれたように駆け出す。しかし、彼の前には数十の騎士が三重(みえ)の壁となって立ちはだかり、その騎士達の鋭い馬上からの槍さばきにたたらを踏んだ二人は、廃村の物陰に潜んでいた弓兵からの鋼矢に全身を貫かれた。


「おお、おお。怖い、怖い。」


ククク……。馬鹿にしきった声が二人に降り注ぐ。


「頭の中まで筋肉がついた猛将のお二人の武技、確かに見せていただきました。」


ありふれた顔つきの騎士が無造作に剣山のようになった二人に近づき手にもつ槍で二回突く。それだけで300の獣兵を殺した男も魔人を3人を殺した男も地面に伏して動かなくなる。その呆気ない終わりは勇名が偽りだった事を教えていた。

武力において頼みにしていた二人が動かなくなりポカンとしていた伯爵の顔から血の気が引いていく。


「な、な、な、な。」


何を言いたいのか意味のない声をあげた伯爵は、地に伏した二人と騎士に守られた彼を交互に何回も見て、ハッと気づいたように背後に立つ10人程の部下に叫んだ。


「儂を守れ!」


その叫びに応え兵士達が腰の剣を抜き伯爵に近づいていく。


「がふっ。」


しかし、兵士達は伯爵の前には立たず、その剣を同時に伯爵の背に突き立て憎々しげな目をしたまま蹴りつけた。


「死ね死ね死ね死ね死ね死ね。」


呪言を唱えるように静かに怒りを込めて蹴る兵士達は、何かの儀式を粛々(しゅくしゅく)と進める敬遠な信者の(よう)でもあり、さまよえる亡者が地上に現れたかの様でもあった。


「き、キサマら……。」


ひゅー、ひゅー、と息をするだけになった伯爵が絞り出すように出した声に


「彼らは貴方に家族を殺され恋人を奪われた方々なのですよ。その恨みを晴らしたくはありませんか? と訊いたところ頷いていただけたので手伝ってもらったのです。」


被せて彼はやや早口で言った。


「長かったですよ? いくら借金があるとは言え公爵家の私が伯爵である貴方に媚びへつらい暴言の数々を受ける等、堪えきれるものではありません。塗炭の苦しみとは言いますが、なるほどこのような事を言うのですね? 聞けば貴族の大部分は貴方に借金があり、王家にすら援助しているとか。」


ククク……。喉を鳴らす。


「私はこの日を待っていたのですよ。貴方が“聖女”を(めと)り王家を(くつが)す計画を立てた時から。“魔王”を倒した“英雄”を敵に回しボロボロになるのを。そして、そんな貴方を殺しても誰からも批難されなくなるのを。……伯爵。聞いておられますか? おや、もう聞いておられませんか。」


蹴られ続けられた伯爵の体は骨も砕かれ血まみれの水袋みたいになっていた。その無惨な姿を一目見た彼は冷たい目付きで声を出さずに笑う。


「貴方はやり過ぎたのですよ。ふふ……貴方の私財は全て没収だそうですよ? いかがですか、生涯をかけて溜め込んだ金を奪われる気持ちは。」


ククク……。性格の悪さが際立つ笑いを浮かべながら、馬を降りた彼は薄い髪を掴み、そこだけは綺麗な頭を持ち上げると腰の剣を一閃させる。


「ついでに貴方が計画していた“聖女”を娶り“聖女”の名声をもって王家を覆す、これも私が受け継ぎましょう。貴方は地獄の底で見ていればいい。なに、私なら貴方より上手くやれる。」


彼は片手に持つ伯爵の首に向かって、爽やかな笑顔を崩さないまま言いきると気狂いのように笑い声をあげたのだった。


○○○


蒼井さんのロケーション(遠見の魔法)で確認したが散り散りに逃げる兵士達は戻ってくる様子が無かった。ちなみに、この魔法も蒼井さんと紫さんの共同開発によって造られた魔法で上空10メートル辺りから見える範囲をカバーできるらしい。しかし、(もろ)く崩れ去った兵士達の様子を見ていた蒼井さんは小さく


「あ、忘れてた。」


呟いて俺と司をチラリ見た。そして、眉を寄せて悩む素振りをすると、また俺達を眺める。そんなおかしい蒼井さんの挙動に俺と司は顔を見合わせて


「蒼井さん?」


司が訝しげに問いかけた。その司の声にビクッと肩を揺らした蒼井さんは泳ぐ目を隠しもしないで


「や、何でもないのよ? ただ、この国唯一の公爵家の嫡男が近づいてきているからなんだろなーって考えただけ。」


あははーっとあさっての方向を見ながら言った。

らしくない蒼井さんの見て直ぐ分かる誤魔化しに司だけでなく、蒼井さんの恋人で将来を誓いあった赤谷も長い間、共に戦い続けた黄野さんと緑川さんまで訝しげな顔になる。


「蒼井さんがやらかした時って、だいたいそんな顔するよね……?」


黄野さんが少しキツくなった目で蒼井さんを見て蒼井さんは脂汗を流しだした。


「蒼井さん、言わなきゃならない事なら早く言って欲しいんだ。……何をしたのかな?」


赤谷が柔らかい言い方をしながらジトッとした目を蒼井さんに向けて


「僕とお兄ちゃんに関係有ることなの?」


ただ、司は蒼井さんに好奇心丸出しな顔のまま問いかけている。


「司君、先に戻りましょう? 公爵みたいな貴族の頂点に立つ人と話しても疲れるだけよ? さ、急いで!」


蒼井さんは、きょとんとした司を強引にひっつかみ、どことなくホウキを取り出すと空に飛び立っていった。それを茫然と見送った俺達だが、さほど待つこともなく馬蹄の響きと共に馬を駆る鎧兜の集団が現れ近づいてくる。


「そこにおられるのは“英雄”アカタニではありませんか。ようやく追い付きましたね。」


集団が止まると、中から一際きらびやかな鎧を着た騎士が出てきて馬から降りた。


「“英雄”アカタニ様と“英雄”の方々にお会いできるとは光栄に思います。私は王命により反逆者、ポートプルー伯爵を討伐した公爵家のアレクサンドです。」


胸に手を当て流れるような美しい会釈をする騎士は赤谷達に尊敬のこもる眼差しを送った後、俺を見て困ったような顔になる。


「“英雄”のうつし絵は何回も見ましたが、失礼ながら貴方のお顔は見た覚えがありませんね。お名前を伺ってもよろしいですか?」


丁寧な物言いと真摯に見える態度に、警戒を解きつつ俺は不思議とこう思っていた。


最悪な敵が現れた、と。






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