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いとこは聖女様。  作者: 空気鍋
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悪夢の終わりと破滅の始まり45

目の前には歴戦の猛者と言って良い体躯の男たちが仁王像のようにそびえ立っている。その気迫は離れた場所にいる俺が後退りしたくなる程だったのだけど、赤谷はあからさまなため息を吐くと腰に差していた剣を鞘を抜かずに構え、赤谷と並んで立っていた蒼井さんと少し離れた所に腕を組んだ金髪ツインテールの黄野さん。俺達を守る位置にいる大楯を持った羅刹像みたいな緑川さんは「あー……」と気のない声をあげただけで、ダルそうにしている。


「臆したかアカタニ!」


イリキス男爵とか言う大剣持ちが赤谷の態度を咎めてきて、無言のオーティナ子爵は槍を立てて目を剥き威嚇している。何となくだけど動物園に行った時の猿山のボス猿とゴリラを思い出す行動に威圧感が薄れた俺だった。


「フヒヒヒヒ! イリキスはパルテノ戦線で獣兵100匹を殺した猛者よ! オーティナは悪名高きゴウラン防衛戦で魔将を3匹まとめて倒した程の男だ! フヒヒヒヒ、魔王とか言うペテン師を7人もかかって倒す程度の貴様には過ぎた相手であろうが!」


気味の悪い笑い声をあげるポートプル伯爵を後ろに庇う二人は、自分たちを自慢する言葉に大きく胸を張って、どや顔をしている。


「……司。あの二人は赤谷より強いのか?」


あまりに自信ありげにしている男達に、つい不安になった俺は腕を掴んで離さない司に小声で問いかけ、司は俺の言葉に目を真ん丸にすると一拍おいて吹き出す。


「あははっ……お兄ちゃん、そんな訳ないよ。」


司は俺に向けていた顔をチラリと厳つい二人に向けて、すぐに戻す。まるで消えるのが分かっているシャボン玉を見るような顔だった。


「もーっ。バカ谷! お兄ちゃんが不安がってるじゃない。さっさと決めちゃって。」


“聖女”の仮面を取った司は鞘付き剣を構える赤谷に罵声とも煽りとも取れる言葉を送り、聞いた赤谷は


「どこに不安になる要素があったんだよ。」


と顔を向けもしないで苦笑いを返してきた。この不安は主に体格の差(見た目)です、とは蒼井さんの睨みが強くて言えないが、赤谷は自覚していたのかもしれない。俺に「ま、見てろ」と合図をすると無造作に斜め下に向けた剣を横に振った。

ゴッという鈍い音と共に赤谷と男達の間に剣圧で深く抉られた溝が生み出され砂ぼこりが舞い上がる。


「その線はお前達のデッドラインだ。その線を越える者は……。……我が剣の元に屠る。」


威嚇するように大きく剣を構えなおす赤谷。そんなノリノリでキメ顔の赤谷を、キューンといった風に瞳をハートにして見ている蒼井さん。マンガとかでよくある目だけど現実に有るのを見れるとは思わなかった。瞳をハートにしながら「やーん、淳くん可愛ーい」と、流石に小声で言っているのが蒼井さんらしいけど。数千の兵士を前に見栄を切った赤谷を格好いいではなく、可愛いと表現するのは赤谷にとって“哀しい”と分かってなお、何故可愛いと言うのか。赤谷には聞こえないように小声で言っていたが、これは赤谷を憐れと思うところかもしれない。

赤谷が剣圧で掘った溝は右から左まで見える範囲一杯に途切れなく一直線で引かれている。そんな人外と言うに相応しい技を見せられて動揺する兵士達と、急に静かになった二人の仁王像。


「ね? お兄ちゃんは忘れているかもだけど僕達って、この大陸にあった13の国と争い幾つかの国を滅ぼした魔王と魔王軍を相手に戦って倒した“英雄”なんだよ?」


今まで、空回りして聞こえていた“英雄”という響きが、自慢気な司の言葉で、ようやく実感として俺の頭に入ってきた。


「か、囲め! “勇者アカタニ”といえど三千の兵からは逃れられぬ! 儂らに続けェー!」


伯爵の手下である二人の内どっちが言ったのか分からないがそんな叫びあがり、それを打ち消すように低い女の声と野太い男の声があがる。


「みっちゃん!」

「おう!」


声の方を見ると金髪ツインテールの黄野さんが一子相伝の拳法伝承者みたいな緑川さんに駆け寄って、緑川さんは体がすっぽり隠れる程、巨大な盾で黄野さんを打ち上げる。


「いっちゃうよぉ!」


勢いよく振られた盾を両足で蹴るようにした黄野さんは膝を抱えて前転するように空高く舞い上がり、その頂点で腰だめに拳を構えなおして、唖然としている兵士達を見据え叫んだ。


「メッテオォッスットライィィクゥ!」


2階建ての屋根より高い位置から落ちる勢いを拳に乗せた空手の正拳打ちで兵士達の前の地面を殴る黄野さん。その瞬間、青白い閃光と凄まじい爆音。そして地震のような地揺れが起こり土が濁流となって降り注いだ。

地揺れは数秒程で収まったが、悲鳴すら聞こえなくなる程の土の量が兵士達に襲いかかった後、残っていたのは直径3メートル位のクレーター。そしてそのクレーターの1メートル程掘られた底にいた泥だらけの黄野さんだった。


「きいちゃん、大丈夫?」


駆け足で近づいた緑川さんは黄野さんに付いた汚れを優しく叩いて落としている。しかし、同じようにクレーターの土を被った兵士達は目の前に開いたクレーターを黙って見ていて。

クッと黄野さんがクレーターの底で勝ち気そうな顔をあげて兵士達を黙って見上げた。しかし、それがきっかけになったのかもしれない。


「……こんなの……俺達が勝てるはずがねぇ……。」


兵士の誰かが呟いた声がハッキリと聞こえた。その声が消えない内に小さく悲鳴が聞こえ、悲鳴は徐々に大きくなっていき、怒号となっていく。


「逃げるぞ! 俺は逃げる!」


端にいた兵士が身を翻して走り出したのが見えた。一人が走り出すと、その隣にいた一人も追いかけ更にその隣も続き、数十人が塊となって逃げ出すと、その塊はどんどん大きくなっていく。遂には三千の兵士が背を向けて走り去っていき、伯爵やら子爵やら男爵を飲み込んで数分で消えてしまった。

呆気ない戦いの終わりに茫然とした俺に引っ付いたままで司がクスクス笑い


「お兄ちゃんのオーダー通りに、忘れられない思い出を植え付けたよ?」



○○○


追いかけられている訳でもないのに恐怖にかられ逃げ走っている内に三千の兵は散り散りになっていき、気がついた時には供廻りは子爵と男爵を含めた十数人になっていた。

どれだけ距離を稼いだのか分かり辛いが追いかけてくる人影が無いことに今さら気づいたポートプル伯爵は廃村を見つけると兵士に休憩を告げ、イリキス男爵とオーティナ子爵を呼び寄せると激しく叱咤する。

八つ当たりにも似た叫びをあげる伯爵だったが、彼の怒りも当然と言えるだろう。この二人は“勇者”を肩書きだけと言い切り「自分たちなら如何様にも出来る」と豪語していたのだから。しかし、蓋を開けてみれば剣、槍を合わせる事も出来ずに敗残兵の一人として、こうしている。貴族の端くれとはいえ彼らに爵位を与える為に使った金額を考えると尚、怒りが沸き上がる伯爵だった。

そして伯爵のその怒りを支えるのが“聖女”が寄り添う“細木”のような男の存在である。“聖女”が「自身の祈りを捧げる相手」と言っていた、その男だけでも切り刻んでやりたかったが、あまりに呆気なく二人が“勇者”に破れ“拳帝”の常識はずれな一撃で終わった為、忌々しい男には手も出せずに逃げざるを得ず、それがジクリジクリと胸を焼くのだった。


「おのれ、おのれ、おのれぇーっ!」


短く太い不恰好な足で子爵と男爵を蹴飛ばしながら叫ぶ伯爵は、厳つい二人が目だけで会話をしている事に気づいていない。この鍛え上げられた筋肉を持つ二人には、ブクブク太っているだけの伯爵の蹴りは欠片程も効かず、八つ当たりをする伯爵に貴族にして貰った恩も忘れ身勝手な怒りを感じ始めていた。そんな危険な雰囲気を醸し出しつつある中


「おお! ポートプル伯爵殿、こちらにいらっしゃいましたか。」


言葉と共に、悠然と数十の騎士を従えた公爵家の息子が現れた。

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