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いとこは聖女様。  作者: 空気鍋
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悪夢の終わりと破滅の始まり44

王より伝言を賜った使者にして公爵家の息子の若者はポートプルー伯爵の屋敷で、着替えをしている彼を小一時間は待っていた。いくら財力にものを言わせる伯爵であっても、王が場を作り待っているのに、不遜と言う言葉では足りない態度ではあったが、ようやく着替えが終わった伯爵は涙を浮かべ走り去った娘を一瞥もする事なく応接室でお茶を楽しんでいた若者に


「行くぞ。」


とだけ告げて玄関へ向かった。

若者は、娘が去った方をチラリと見やり、「哀れな」と心の中だけで呟いた。娘は破かれたように見える服を抑えていたのだ。ただ、若者の心の中では、「あれでは特別報酬がなければやりきれなかろう」と行為からの哀れみで、使用者から使用人に対しての冷たい哀れみであった。


「ポートプルー伯爵殿、お待ちください。私も共に参ります。」


屋敷から伯爵と若者が消えた後、屋敷では騒ぎが起こっていた。ポートプルー伯爵の着替えを手助けしたメイドの娘が首を括ったのだ。ただ、これはこの屋敷に於いては日常の事で、時が経つより早く忘れられていき。やがてポートプルーの名前すら消えていった。


○○○


「伯爵は言葉ではなく行動で示して欲しいですな。」


王が場を整えていたのでは無いのか?

ワシが顔を出すだけで疑いが晴れるのでは無かったのか。どうなっているのだ。王を睨むが真っ白な顔をブンブン振り自分は関係ないと無言で言っている。


「火が無い場所に煙はたたぬとも言います故、この様な噂がたつからには何やらきな臭いでありますな?」


白髭の老人、辺境の武闘派の子爵が、ここぞとばかり責め立てる。いい加減煩わしくなったワシは子爵に手をヒラヒラさせながら言葉を止めると、怒りのあまり顔を赤くした子爵に苛立ちを隠さずに問いかけた。


「それで子爵は、ワシにどうして欲しいのじゃい。うだうだと回りくどいわ。」


ケッ。

しょせん辺境の田舎貴族の言う事と聞き流してはいたが、同じことを何度も言う老人に聞いている、こちらが我慢できずに言ってしまった。


「左様ですな……フム。」


ワシの言葉に耄碌しているのだろうクソジジイは長い白髭を扱きながら考えこむ。

ケッ。

考えていなかったのかよ。ワシが舌打ちしながら言おうとした頃


「うむ、それでは貴殿は謀叛の噂を知っておるかの? むろん、貴殿にかかった嫌疑ではない方じゃ。」


ジジィめが。ギロリとねめつけるが柳に風と流すジジィは


「そもそも、貴殿にかけられた嫌疑は“英雄”の一派から流された節があるのじゃ。そして、彼奴らは王都からごっそり人手を持っていっておる。分かるかの? 謀叛を企んでおるのは貴殿ではなく、英雄である彼奴らという訳じゃな。」


渋い顔のジジィはワシも初めて知る情報を語り、同情するように、


「貴殿が忠義の士なのは儂も知っておる。だが、一度かけられた嫌疑は行動で晴らすしかない。まずは貴殿が、おそらくは謀叛を企む彼奴らに一当てする。これで貴殿が謀叛を企む輩とは違う証明になるでな。その後はワシと公爵殿が率いる王国軍が貴殿と共に彼奴らを攻める、流れじゃの。」


つまりは英雄達の名声が邪魔になったから、謀叛の嫌疑をかけて排除しようと言うのだ。その為の布石となれ。クソジジイはそう語り


「おお、そうじゃ。貴殿の婚約者の“聖女”殿は彼奴らに囚われておるそうじゃ。貴殿が助ける事が出来れば婚約者殿の心も傾こうの。」


ワシは自分の被害を減らすために初めから王国軍との合同での攻めを提案しようとしたが、そんなジジィの言葉に、仲間を喪い佇む“聖女”を甚振(いたぶ)る自分が想像されニヤリ嗤う。


「……うくくくく! ジジィ、今回は乗せられてやる。ワシがあやつらに鉄槌を下してやろう。」


ワシの脳では既に悲鳴をあげながら赦しを乞う聖女の姿が浮かんでいた。


「これは滾るわい。この一戦に全てありじゃな」


ワシが気持ち良く笑うと、ジジィが気味悪いモノを見たみたいな顔をしていたが、気にもならん。伯爵家の全力を持って英雄とか言う詐欺師共を片付けて見せよう。何、たかだか7人程度、3000の兵士で囲めば……うくくくく……くひゃあ、ひゃ、ひゃ、ひゃ。


○○○


「……ウソ……。」


俺の前に何百人いるのか何千人なのか、想像も出来ない、武器を持った人達が立っている。その迫力に引き気味の俺と俺が言った通りに軍が来た事を驚く蒼井さん。


「すごい! さすがお兄ちゃん!」


司はぴょんぴょん跳ねるように喜んでいる。まあ、俺が凄いんじゃなくて、俺が頼んだ噂話がうまい具合に運んでくれたって事だろう。英雄とか言われるぐらい影響力がある“勇者”に実は……とか言われれば、大抵の人は噂を拡散してくれるって分かるしな。

新たに領民になる人達は、獣人の家族に任せ領地に向かっている。一応、“勇者”赤谷と蒼井さんはこっちに残ったから赤谷ハーレムの3人に紫さんが付いて行っているのだが、今まで見下していた獣人達と上手くやっていけない人達は岩山側に拓く予定の果樹園で働いて貰う。

果樹園で作るのはリンゴとブドウで、どちらとも酒の原料として考えている。こっちは結果が出るまで時間がかかるだろうけど、岩山には、女神を祀る神殿があって、司が寝泊まりする家もある。新しい土地での不安や不満は、司が女神教を使って吸収する、筈だ。正直、この世界の宗教感はまだ、理解出来ていないから司が大丈夫と言ったら頷くしかない。

俺が王都から人を連れてくると戦いになると言った時、司達は


「そうなんだ。」


と、あっさりしたものだった。いや、蒼井さんは俺の言葉を疑っていたが、戦いそのものは忌避する様子はなく、不思議がる俺に


「対魔戦も……対人戦も、経験済みだから。」


司が代表で答えた。言い辛そうな司に「なんで対人戦をする羽目になったのか」聞けなかったが、前に司が言っていた「足の引っ張りあい」の事かもしれない。ただ、戦いとは言っても悲惨な戦いにはならないだろうとは予想している。派手な一撃で戦意を挫いて、なんとかって伯爵を追っ払うのが目的の一つ。それに合わせて英雄を蔑ろにする王国に警告するのも目的だ。だから、悲惨な戦いにするより、語り継ぐ兵士が大勢いた方が良い。

そんな事を言って、今ここにいるのだけど……正直、甘く見ていた。ただ、大勢いるだけなら日本の方がはるかに大勢人はいる。そうじゃなくて殺す目をした人が目の前に立つとその威圧感は縛り付けるようだ。それなのに、司は平然と立っている。


「魔王の10分の1も恐くねぇ……。」


何故か愕然とした赤谷が呟いた。


「当たり前よ、淳くん。何人いたって魔王にかなうはずないでしょ?」


赤谷の呟きは蒼井さんが笑いながら答えていたが、まだ一キロは向こうにいる鎧兜を着けた兵士を


「魔法で殺ると手加減出来ないからなぁ。」


物騒な目で見ながら言うのはやめて欲しい。切実に。


「お兄ちゃん。そろそろ出て来るよ。」


司の声に、見ると千人以上いる人達から三人の……馬に乗っているから三騎の騎馬が近づいてきていた。真ん中にいるのはきらびやかな服を着たデップリした男で、そんな体型でも馬に乗れるのか、と驚きを隠せない。その両脇を固めるのは仁王像みたいな厳つい男達で強者である自信に溢れた顔をしていた。流石にこの二人は良く磨かれた鉄製っぽい鎧を見に着けている。


「王に逆らいし堕ちたる英雄どもよ。我が妻“聖女”ルソラを返しその首を差し出せ。」


真ん中の……控え目に言って河馬やトドを思い浮かべる体型の男は前置きもなくやや甲高い声で叫ぶ。と、俺の隣で凄まじい冷気が立ち昇る。アイスを取ろうと冷凍室に手を入れると温度差に驚くよね? あんなのが唐突に沸き上がって俺を包み込んだ。いくら暑い季節の身を隠す所もない荒野のただ中といえ、涼しいのは歓迎だが寒いのは勘弁して欲しい。


「……僕が……何だって?」


“聖女(ルソラ)”が呟くとストンと周囲の温度が下がる。しかし動揺は無い。俺が司の婚約者の事を知っているからだ。エレナさん達に教えて貰えなければ俺は動揺して司を責めていたかもしれない。そうなれば俺と司と司の仲間達の関係は極めて悪いものになったのは間違い無い。

半眼で男達を見据える司は煮えたぎる溶岩が山頂から噴き上がる寸前の危うい雰囲気を醸し出しながら、北極や南極の凍える気を発していた。これは俺の知らない司の姿ではあったが出来れば知らないままいたかったよ。

司は間を置こうとした俺の腕を取り抱き締めるようにしながら


「聖女を冠する私ですが、仲間と……この方の為に祈ることはあれどあなたの為に祈ったことはありません。」


神殿の中で見た人形みたいな微笑みを浮かべ


「意味は分かりますね?」


コツン、と俺に頭を預けた。

途端に悲嘆の叫びが兵士達から上がり駄肉の付いた河馬は怒りのあまりに吃りながら怒鳴った。ただ怒り過ぎて何を言っているのか分からない羅列を叫んでいる。


「殿は興奮しておられる。急ぎお連れしろ!」


河馬の側にいた厳つい男達が前に出て、河馬を背後に隠した。こういう人材がいるのを見ると意外に人望が有るのか?


「わしはオーティナ子爵。勇者アカタニよ、一戦交えようではないか!」

「ワシがイリキス男爵よっ、アカタニとやらの化けの皮を剥ぎにきてやったぞ。」


槍を片手に持つオーティナ子爵と両手で持つ剣を掲げるイリキス男爵。伯爵を庇うというより戦いたくて堪らない脳筋な男達だったらしい。二人共に“勇者”赤谷と戦いたいが為に伯爵に付いてきただけのようだ。

俺はメンドクサイとは思っていたが赤谷に合図をした。

この二人だけでなく、王国の王家貴族全ての目を覚まさせてやれ。

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