悪夢の終わりと破滅の始まり41
先週は更新できず申し訳ありません。
司は、殺し屋がするような冷酷な目で俺を見ていた。
半分割れている頭を抱えている女の子は、明らかな不満顔で頬を膨らまし俺を睨んでいる。
女の子は、喧嘩していたように見えていた自分の姉とパン屋のハンスが、ギューッてした事で仲良くなったのだから、同じ事をすれば俺と司も仲良くなれる、と善意で言っている。だから「頭を撫でる」だけの俺に不満なんだろう。
しかし、司は。
何故か、かつてハンバーガー屋で見せた酷薄な笑みと冷凍庫でも味わえない冷たい目をしていた。まるで俺が“期待外れの行動”をしたかのように。
いやいや。司は俺の彼女が苺さんだって知っているよね? 俺宣言していたよね? しかも今、近くまで来ているって知っているよね!
俺は司に何かを言い返そうとしたが、
「チッ。」
と短く響いた音に、何も言えなくなった。
って言うか司のソレ、結構胸に突き刺さったんだが。
もうっ! 仲良くしなきゃダメなんだよっ!
パパもママを怒らせたらセーシンセーイ謝らなきゃって言ってたんだよ?
女の子は、俺と司の様子に“プンプン”と擬音が聞こえるように怒り。
これからあたしが大事なお話しをするよ?
不意に“色が消えた”。
音が遠くなり、不思議と女の子の声だけが微かに、だがはっきり聞こえてくる。
もう、亡くなっていたにしては表情も豊かで、感情すら感じられていた“女の子”が、姿形は同じ“得体の知れない物体”に変化していき、虚ろに見開かれた瞳は何も映さない黒い穴に変化していく。割られて白い物が覗く傷痕からは鉄錆びを思い浮かばせる臭いの赤い液体が白い肌を流れ落ちていく。
「ひぅっ!」
息を吸いながら悲鳴をあげようとした司が、吐き気を抑えるように口をふさぎ、震える体を押しつけてきた。
女の子は抱えている自分の頭を、前に掲げ持ち俺達を見る。その行動に先程までの、何処かのんびりした雰囲気はまるでない。そこに留めようとする針のような鋭い気配。
「お、お兄ちゃ……!」
泣きそうな司の声に、半ば無意識、半分は意識して抱き寄せながら俺は本能的に思った。
それじゃ、駄目だろ。
女の子は自分の頭の側頭部を両手で挟むように持っている。丁度、耳を塞ぐように。
あの日。
パパとママは喧嘩したの。
いつもはパパがすぐ謝って、ママが仕方ないわねって言うのに、パパ、謝らなかったの。
ママね、すっごくご機嫌ななめだったの。
パン屋のハンスもね?
お姉ちゃんに「いつまでも一緒だよ」って言ってたのに、お姉ちゃんがいなくなってから、あたしに言ったの。「おれがいなくても仲良く元気でいてくれ」って。「おれのところに来るのはずうっと後にしてくれ」って言ったの。
ハンスってば、お姉ちゃんと喧嘩してたんだよ?
もうっ!
けどね、ハンスもお姉ちゃんに謝らなかったの!
お姉ちゃん、少し泣いてたの。
そしたらね?
乾いた大地を渡る風が声となって俺達を包む。
しかし、司は逆に冷静になったのか、体の震えを止め流れる声を聞いている。
じゃーん、じゃーんってうるさかったの。
ママがね、早くおきなさいって言ったの。
お外がね、暗くておかしいなって思ったら、お姉ちゃんが早くきなさいって怒ったの。
あたしね、まだ眠いよって言ったのに、お姉ちゃん手を引っ張って痛かったの。
パパがね、怖い顔でお外を睨んでたの。
ママがね、パパより怖い顔でお外に行くよって言ったの。
パパがね、後で行くから早く行きなさいって言ったの。
パパね、ママとまだ仲良くなってなかったんだよ?
だから、あたしね。
パパに一緒に行こうって言ったの。
ママね、早くしなさいって言ってたけどパパと一緒に行きたかったの。
そしたらね?
そしたらねっ?
女の子が持つ頭。その虚ろな目からポトリ、ポトリ、液体がたれていく。たれた液体は地面に赤い染みを作り消えていく。
ああ、この先は聞きたくない。
俺はそう思いながらも、まだ小さな女の子が囁く大人でも歪みそうな悲惨な過去の話しに立ちすくむしかできなかった。
ママのお首が取れちゃって「コロン」ってなったの。
パパがね、びっくりしたらね、パパから鉄の板が生えてきてね、バタッて倒れちゃったの。
お姉ちゃんね、「早く行くよ」ってあたしを引っ張ったんだけど、あたしね、パパとママと一緒にいたかったから。
やだって言ったの。
そしたらね、怖いおじちゃんが気持ち悪い顔して。
パパのゲンコツより痛かったの。
それで、あたしね?
動けなくなったの。
あたしね、すっごく痛かったから「お姉ちゃん」って呼んだの。けどね、お姉ちゃんね、怖いおじちゃんにいじめられてたの。
イヤー! って言っているのに離してくれなかったんだよ?
そしたらハンスが助けに来てくれたの。
ハンスってば、おっきな木の棒を持って来たんだよ?
それでビシーッておじちゃんを叩いたんだけど、おじちゃん、たくさん仲間を呼んでね、ハンスを鉄の板で叩いちゃったの。
ハンスね? パパみたいに倒れちゃって動けなくなったの。
お姉ちゃん、ハンスが動けなくなっちゃったら、お姉ちゃん、泣いて動けなくなったの。
そしたらね、怖いおじちゃん達みんなで、お姉ちゃんをいじめて殺しちゃったの。
女の子は自分を助けに来たハンスって彼氏が目の前で死ぬのを見せられた挙げ句、彼氏を殺した男に“いじめ”られた末に殺された。その行動の気持ち悪さに吐き気がわき上がる。司が傍にいてくれたから吐き出しはしなかったが、思わず司をきつく抱きしめてしまった。
だから、ね?
仲良くしなきゃダメなんだよ?
仲良くしなきゃ痛いんだからっ!
「っ! お兄ちゃん!」
女の子が空虚な瞳のまま茫としたように言うと、女の子の輪郭が暗く輝き、薄黒い風塊となって襲いかかってくる。
司は慌てて俺の腕を振りほどくと前に立ち
「“女神の御力此処に顕さん”」
あれほど、女の子を怖がっていた司が庇ってくれた。
司が振り上げた手からホタルみたいな光が降り注ぎ、うねりをあげて押し寄せる風を打ち消していき。さすがは“聖女”と言うべきなのか、女の子が次々仕掛ける黒い風はホタルみたいな光に吸い込まれ消えていき、光は女の子をも包みこもうとした。
「君はお兄ちゃんにケガさせようとしたね? 君はお兄ちゃんの敵だね? お兄ちゃんの敵は僕の敵なんだよ? だから、僕が君を消しちゃうね?」
“聖女”らしからぬ言葉を淡々と吐きながら、光りに囲まれた女の子を潰すかのような仕草をしようとした司を後ろから抱きしめて止めた。なんとなく、司にそれをさせてはいけないんじゃないかな? って思ったのだ。
って言うか。なんか今、司が怖かったんだが……。
ともかく、いきなり抱きしめたものだから、司は「ひゃーっ!」と悲鳴をあげて固まった。そして、そんな悲鳴をあげると同時に女の子を包んでいた光も消えていく。
「……ほら、俺は司と仲良し! 喧嘩なんかしてないから。」
俺はかなり強引だが女の子に“仲良し”アピールをしてみせた。女の子は光が消えると再び輪郭が暗く輝き出したが、それが黒い風に変わる事はなく「ん~?」と首を傾げてみせる。
パパはママに謝ったら、ほっぺに“ちゅー”して「愛してるよ」って言ってたの。
今度は俺が女の子の言葉に固まる。司を後ろから抱きしめたまま、ひきつる頬と背筋を流れるイヤな汗が止まらない。
ハンスもね? お姉ちゃんに謝ったら“ちゅー”して「許してくれるかい?」って言ってたの。
ジッ。
女の子が俺を見ている。
先週、更新しない上に、今週で終わらせる筈の話が終わりませんでした。
申し訳ありません……。




