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いとこは聖女様。  作者: 空気鍋
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悪夢の終わりと破滅の始まり37

「……お兄ちゃんってば、そんなに僕と二人っきりになりたかたんだぁ?」


二人で廃墟の街を進んでいると司から、そんな言葉が出てきた。

俺が原因でホラー系が嫌いな妹の七歌と“見えちゃう”苺さんは、蒼井さん達に預けて一段と怪しくなった廃墟の手前で待機している。

先程までは血糊が壁一面に付いていたりとか、木々を鳴らす風が悲鳴のようにしか聞こえないとかだったのだが、今は壁がドクンドクンと鳴動していたり、わずかな隙間から何かが覗いていたりとホラー系が大好物な俺ですらひきつる顔を押さえられない。さっきから聞こえる足音がひとつ多いとかぼやけた人影が目の前を横切るとか。何処からともなく子供の泣き声と誰か……何かの叫び声がようやく聞こえる程度の声で聞こえてくる。


ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい


最初は何の音か分からなかったのだが、徐々に言葉に聞こえ始め、途切れ途切れの言葉はやがて意味のある言葉に変わり、ボソボソした声が俺と司が向かう方向から流れてくる。

そんな中、司は俺にこんな事を言ってきたのだ。


「……お兄ちゃんってば、そんなに僕と二人っきりになりたかたんだぁ?」


震える声。

震える身体。

震える脚。

俺を見ているはずなのに焦点が合っていない瞳。

司は俺の腕をとって抱えるようにしているのだが司のバイブが強すぎて肩凝りも解消しそうな勢いだ。

蒼井さん達と別れて数十分。辺り一面がオドロオドロとしてきてから俺にしがみついたまま引きずられて着いてきた司は、これ以上進むのを許否するように立ち止まり虚ろに笑いだした。


「やだな~、お兄ちゃん。こんなムードも何も無いところで二人っきりになって。けど、あっちなら良いとこ有りそうだよ? 行ってみよ?」


司が指した方向は、進もうとした方の反対側。しかし、ここに来る前、司は奥にある廃墟に何かがあると“御告げ”があったと言っていた。“女神”に無理矢理、見せられた“悪夢”の場所が、もう少し先に有る筈だと。


司もホラー系はダメだったしな。


俺がホラー系が好きだったせいで当時、評価の高かったホラー映画を一日一杯見せられた司と七歌は成長した今であっても、まったくうけつけない。だが、七歌はともかく、司は“聖女”で対ホラー系のスペシャリストである。司もそれは自覚していて、ここまで耐えてきたのだが、遂に我慢が出来なくなったらしい。


「ねー、お兄ちゃんってば。あっち行ってみよ? あ、そう言えば黄野さんが呼んでたんだった。ね、お兄ちゃん。はやく行こ?」


黄野さんとは司と一緒に“魔王討伐”した仲間で、今は同じく“魔王討伐”の仲間、寡黙な大男、緑川さんと、この国の王都へ旅立っている。戻るのは数週間は先の話だ。そんな人が司にどうやって連絡を取っているのか。“魔法”なら有り得る感じがするけど、この世界の“魔法”は俺達が言うところの“攻撃魔法”しかない。“魔王討伐”を終えて時間が取れるようになった“始源の魔女”の二つ名を持つ蒼井さんと“召喚師”の二つ名を持つ紫さんが、共同で“新しい魔法”を創っているが、“通信魔法”に成功したとは聞いていない。


「ねー、お兄ちゃん? そっちはイヤかな? あっち行こうよ。ね? お兄ちゃん。」


ぐいぐい腕を引っ張られるが、俺は構わず司を引きずり歩く。


「ねーっ、お兄ちゃんっ。僕、そっちに行きたくないっ。ヤダァッ! 行かないから! ヤダッ!」


両足を踏ん張り梃子てこでも動かないって顔の司に心が痛む。俺は司を助けるためにこの世界に来たはずなのに、やっているのは司を追い込むような事しかしていない。それでも、夜な夜なゾンビがやって来る原因を何とかしなければ領地から収穫も取れないし領民を集める事も出来ない。ここは心を鬼にして……この一件が終わったら司を手いっぱい甘えさせる、と声に出さずに告げながら、


「司……司だけが頼りなんだ。この土地に死んでもなお縛られる哀しい人たちを救えるのは司だけなんだ。」


必死に戻ろうとする司を後ろから抱きしめ耳元でささやく。昔から司は耳元で囁かれるのが弱点で何時もフニャッと脱力する。くすぐったいのか顔を赤らめて耐えるような顔をしながら力が抜けた所を


「よし。行くぞ、司。」


司を逃がさないように、きつく横に抱き上げる。お姫さま抱っこと言ったか、この抱きしめ方だと司が多少暴れても問題なく歩ける。まあ、司が俺の腕の中で暴れるなんて事は無かったのだが。

司は俺の服を軽く握りしめ


「お兄ちゃんのバカーッ。」


叫んだのだった。





司を横抱きにしながら案内されて来た家は壁も屋根も焼け焦げたように煤けていて、床の石畳も真っ黒になっている。草も生えていないその場所は、首の無い女性と胸に大きな傷を持つ男性が横たわり、女性の首から上はテーブルに置かれていた。死後何年も経っている筈なのに腐りもしないで、火に巻かれたのか火膨れになった顔をこちらに向けてクスクス笑っている。


「ウフフフ……。」


その笑い声に重なるように不気味な笑い声もすると思えば、片隅で中学生位の女の子が裸に近いあられもない姿で俺達を見ていた。


「ウフフフフフフ……。」


女の子は俺を見て不気味な笑い声をまたあげる。地面が震えているような声は、息継ぎも無く止まらずに俺を包み込むような響きで呪縛する。


「お兄ちゃん!」


無気味な女の子から目を離せなくなった俺の頭を、抱き上げている司が力づくで上に向けた。正直に言えば、女の子の様子に呑まれて身動きが出来ない俺を無理にでも動かしてくれた司には感謝していたのだが


「お兄ちゃん? お兄ちゃんは何をじっくり見ていたのかな? かな?」


山が震える低い声で流れる川も凍る司の言葉に、痛めた首すじすらざわつく。司のやけに明るい雰囲気での問いかけは、しかし、静かな威圧となって俺を縛りつけた。不思議と聞こえていた不気味な笑い声もクスクスした笑い声も消え悲鳴のようにしか聞こえなかった風すら止まり。


「どうしたのかな? かな? お兄ちゃん、どうして何も言わないのかな? かな?」


突き刺すような司に俺の口はパクパクとしか動かない。背中はゲリラ豪雨にあったときのようなびしょ濡れで嫌な臭いもしてきた。


「い、……いや、司……。……俺は……何も見てない……ぞ……。」

「ウソだっ!」


かろうじて答えた俺の言葉に被せる司の叫び。

何故かじっと注視されている気配を感じながら、腕の中の司がドンドン威圧を強めていくのを止めることが出来ない俺。司を逃がさない為の横抱きが今は俺が逃げれない為の鎖となる。


考えろ。考えるんだ、俺。今こそ、23年、生きてきた経験を生かして、この窮地を脱け出すんだ。

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