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いとこは聖女様。  作者: 空気鍋
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悪夢の終わりと破滅の始まり36

真っ青な顔の司が俺のワイシャツを掴んで後を着いてくる。背中側の裾を力一杯、握りしめて。

ワイシャツは限界まで引っ張られて第2ボタンが咽に当たって痛い。司はここまで怖がりだったかな? と思いながらボタンを外してすき間を作った。

ふぅ、と安堵の息をつくと出来たすき間を埋めるようにワイシャツがドンドン引っ張られミシッ、プチブチッと悲鳴をあげ出す。ボタンが弾け飛ぶのが早いか千切れるのが早かったのか? 兎も角、俺のワイシャツは悲惨な状態になっている。司はズタズタになったワイシャツを不思議そうに見つめ、クルッと丸めると、どうみても入らないワンピースのポケットに納め抱きついてきた。


「お兄ちゃぁん。こわぁーい。」


甘ったるい言葉にハフハフと犬のように嗅ぐ司を見て、なんだか哀しくなった俺は黙って拳を握りしめ頭のつむじに向かって落とした。


「いったぁっ! 酷いゃお兄ちゃんっ!」


本当に、司なのか自信がなくなってきた……俺の知っている司はこんな媚びた男じゃ無いんだけど。痛む頭を両手で押さえながらプクッと頬を膨らます司は俺の知っている司そのまま、小学生だったあの時のままなんだが。


「よく、こんな所でイチャつけるわね?」


妹の七歌が呆れたようにというか、一言言いたそうな顔というか、そんな顔で言ってきた。しかし、七歌は俺に文句を言いながらくっついてくる司の両肩に手を置いてビクビクしながら周りを見渡してなにも無いのを確認して安心するが、しばらくすると又キョロキョロしながら「歩くのが速すぎる」とか文句をつける。司がいるから平気そうな顔をしているつもりの七歌は、ジャンル“ホラー”が大の苦手で、夏の納涼スペシャルとか言ってテレビでやっている恐怖番組すら見ないほど怖がりだ。もちろん、七歌の()()も昔、俺がなにも知らない子供だった七歌にホラー系の映画を無理矢理、見せた結果で……。ほんっとうに昔の俺はロクな事をしていない。

司は俺の腰にしがみついて、七歌は虚勢を張りつつ司に掴まっている。そして、苺さんは俺の腕をとり目を固く閉じて引きずられるように着いてきていた。苺さんは“霊能者”ではないが、本当に“見える”人で物心(ものごころ)ついた頃から“見ていた”らしい。ただ、“見える”だけで対処できない苺さんは、出来るだけ“見ない”ようにしている。なんて言うのか、苺さんも名前の件といい、父親の件といい、“見たくないものを見てしまう”体質といい、人生(つら)そうだよな。

俺達は、司の案内で夜な夜なゾンビが出る原因であろう場所に向かっている所だ。何でも司が夢で“神託”を授かったらしい。蒼井さんは「ああ、あの時の」と呟いていたが、“聖女”の司がしばらく体調が回復しないほど辛いもののようだ。


「これで女神(アイツ)が意味のない神託(悪夢)を見せたんなら僕は女神(アイツ)に……。」


司が反射しない目をして拳を天にかざしていたのは単純に恐かった。だが、司の案内でその場所に近づいていくと、年単位で昔の話なのに崩れかけた石壁に、今付いたとしか思えない赤い鉄さびの臭いがする液体があったり、暑い時期の午後に吹く風とは思えない冷たい風が枯れた木々の枝を揺らし、何故か揺れた枝から悲鳴じみたヒィー、ヒィィィ、と音が響く。日射しが有るにもかかわらず、なんか暗くてどんよりした雰囲気が辺り一面に広がっていた。

一緒に着いてきていた蒼井さんと赤谷は、平然としながら冷静に警戒している紫さんと話をしている。この場所に来てから自然と俺を中心に集まった司、七歌、苺さんを三方から守るようにしている蒼井さん達は場慣れしているという事なんだろうか。


「司君。司君が見た場所は、まだなのかしら?」


不意に、地表の近くで青白い炎が燃え上がった。司達が盛大な声をあげる中、七歌は力なくへたりこむとシクシクと泣き出して「ヤダヤダヤダヤダ」と呟いている。どうもギリギリで保っていたものが溢れてしまったようでガチ泣きだ。


「……ふむ。これは燐の火ですな。地中に動物などの死骸が埋められていたのが腐敗して気体の燐を生成。それが地中に浮かび上がって何らかの理由で火が付いた、といった所でしょうか?」


紫さんが、やたら詳しく説明してくれたが、紫さんの話を聞いた七歌は小さく悲鳴を洩らして飛び上がるように立ち上がると俺にしがみついた。


「ア、アンタ、何とかしなさいよ! かわいい妹を助けなさいっ!」


自分で「可愛い」って言うかね?

しかし、涙を浮かべ俺を見る七歌は、確かに「可愛い」妹だ。ここ最近、妹に兄らしい所を見せていない俺に「無理」の二文字は言えなかった。

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