悪夢の終わりと破滅の始まり34
俺の悪戯というか、過去の振る舞いのせいで、ゾンビとか幽霊とかが極端に苦手な見た目は中学か高校くらいの司を、逃がしてはなるものかと言葉の限りを尽くして縛りつけようとする見た目が40ぐらいの……小太りなオヤジ。必死に値段交渉をしているような事案な光景だが、蒼井さんと赤谷は呆れた顔で見ている。
「……分かったわね? 見ていて気持ちの良いものじゃ無いでしょう?」
「……いや……まあ……。……反省してます……。」
と思ったら、赤谷は司に何かをしていたようで蒼井さんに叱られていた。赤谷が呆れたように見えたのは、自分のやって来た事を客観的に見せらて呆然自失になっていたからのようだ。
司は、引きこもりになった俺の八つ当たりにも、めげない強さと優しさを併せ持つ“聖職者”だ。その司が、赤谷を敬称付けて呼ぶのを聞いてないし、蔑称呼びする。よっぽどな事をしたんだろうな、とは思っていたが一体、何をしたんだろうか……。
「ちょっと、ちょっとっ。」
蒼井さん達に気をとられていたら、七歌がクイックイッと服を引っ張り司と紫さんの攻防戦を視線で指した。
「あれ、あのままでいいの?」
防衛側の司は、かなり追い詰められているようで半泣きな状態になっている。攻めこんだ紫さんはゆったりした笑みを浮かべ、そんな司を悠然と見ていた。
半泣き金髪美少女を薄ら笑いしながら見る中年オヤジ。
これは、もう警察を呼んでもいいんじゃないだろうか。
俺が見ている事に気づいた司は憐れっぽい目で「助けて」と無言で言ってきた。俺は司に頷くと紫さんへ近づいていき。
紫さんから司を庇うように司の後ろから抱き上げる。
「お兄ちゃん……?」
そのまま、瓦礫に腰かけた俺は膝を立てて司を座らせて。
強く締め付けないよう、絶妙な力加減で抱き締め。
不審げに身を捩って見上げる司に笑いかけて。
司は俺の笑顔から何を見つけたのか瞳を大きくして、すぐにジトッとした目をすると、小さく整った口を動かして……何かをいう前に俺が言う。
「任せてください。俺の責任で必ず司にやらせます。」
俺の言葉に膝の上で司が暴れた。野良猫を無理に抱き締めるとこんな感じになるのだろうか? だが、司は俺には叩いたり爪を立てたりはしない。手足をバタバタする程度なら膝座りしている今は逃げれまい。
「……直樹……さすがに引くわ。」
「だから、アンタはアンタで十分なのよ!」
外野が少しうるさいが、フーッ! と興奮して毛を逆立てるような司は、背中側からおなかの辺りに手をまわすという有利な態勢であっても押さえつけるのが難しい。手に力をこめ押さえつけると更に暴れだした。
「お兄ちゃーんっ! 離してーっ!」
呆れた紫さんが煙草を吸い終わる頃、疲れた司はぐったり膝座りのまま、俺にもたれ掛かり、怨めしげな目を向けてきた。そこでも司が何かを言う前に
「ゲームだった時の情報なんだが、この世界のゾンビは死にきれない魂が腐った自分の肉体から出てこれない、死ぬことも成仏することも出来ない哀しい存在なんだろ?」
司は情に厚い性格だから心に訴えかければ……。
「心残りが有るせいで、この世界に繋ぎ止められ、腐り落ちていく肉体の痛みを永遠に受け続けなくてはならない哀れな存在。」
「……。」
「心残りが何なのか知る力が有ればゾンビを浄化する事は可能だが、ゾンビは人の言葉を話せない。だからと言って昨夜みたいに力づくで倒しても、翌日には何事も無かったように復活する。剣や槍で突かれた分、辛い思いをするだけだ。」
「……。」
「だが、司。お前ならゾンビを浄化して復活しないようにできる。安らかに眠らせる事が出来るんだ。」
「……。」
「大丈夫だ。司なら出来る。俺も傍で守るからやってみないか。」
「……。」
頬をプクッと膨らませて、猫というよりはリスみたいになった司は、俺の「頼む司。力を貸してくれ」と言った辺りで、誕生日ケーキのロウソクを吹き消すみたいなため息を吐いて
「……もうっ! 分かったよ。わかりました!」
自棄になった叫びをあげた。
そして、また深い深いため息。
「ありがとう、司。」
何となく司の額に唇を当て、「フワッ?」と面白い声を出した司をもう一度抱き締めた。
「フワッ? ワッ? ワウッ?」
司は面白いほど顔を紅くして奇妙な声をあげ続ける。
「お前がいてくれたから、今の俺が有るんだ。」
苺さんや七歌に聞こえたら少し恥ずかしいので、司の耳元で囁く。
何時かは司に言おうと思っていた司への礼。今まで言えなかった言葉を丁度良いタイミングかな? と、伝えてみた。
「司に会えた事が、人生で一番幸せな事だよ。」
いつも傍にいた司がいなくなって、これだけは実感していた。代わりに苺さんが傍にいてくれたが、司のようにはいかなくて何度も喧嘩したし、言いたい事が上手く伝わらないもどかしさは感じていて。
何故か、いつになく素直な気持ちが湧き上がってくる。その気持ちのままに言葉を重ねて言った。
「ありがとう、司……俺の傍にいてくれて。ありがとう。」
短い金色の髪を撫で付けながら司を真っ直ぐ見ながら言うと。
「プシュー、ーー、ーっ!」
蒸気を吹き出すような声をあげて、目を回してしまった。
「……仮にも恋人の前で良くやるわね。……あれで自覚無いのよ?」
「無自覚? 有り得ないわ。」
「振られた女の子に“君は可愛いから大丈夫さ”とか真剣な顔で言われたら。」
「あ~、……わが兄ながら申し訳ありません。」
苺さんと七歌が芝居じみた事をしながら何かを言っていたが、俺は鍋で茹でられたタコみたいに脱力しきった司を慌てて介護していて。
司に遅くなったお礼をしただけなのに、何でこうなった。




