5話 いつだってコミュニケーション
「メンツが揃ったから今回のお仕事の説明をするよ」
ニスカリーの集落の外れ、僕達一行が案内された宿泊施設の広間で雪さんが第一声を上げる。ここには九人の人間が集まっていて、それほど広くもない広間は密度の高い空間になっていた。
到着してからしばらくして一息ついた僕達は、雪さんからの提案で打ち合わせのためこうして集まっていた。広間の真ん中に置かれた頑丈さ重視の無骨な木製テーブルの前にそれぞれ着席、上座にいる雪さんに視線を向ける。
「まず依頼人についてハッキリさせるけど、今回の仕事の依頼人はジアトーの都市運営部が依頼と報酬を出している。私は運営部の代理人みたいなものね。もし仮に私が死ぬような事があれば報酬は出ないから注意してね。報酬の額は前に提示した通りよ」
「ちょっと雪、いきなり死ぬとかって」
「ごめんね水鈴、こういう部分はハッキリさせて置くのが大切だから。ほら、コーヒー飲んで落ち着いて」
「う、うん」
出だしに死ぬとか話し出した雪さんに元チームメイトの水鈴さんが反応して腰を浮かせた。それを制して雪さんはコーヒーを勧めて話は進む。
彼女の説明や動きは手慣れた感じが見受けられていて、こういう役回りをするのは今回が初めてではないと分かる。真っ先にこういう話が出てくるのは、きっと今まで報酬関係で揉めたことがあるからだろう。確かに重要な部分ではあるが、生き死にのワードが出てくるとはジアトー周辺はいまだ殺伐していると再確認させられた。
僕も手元に置かれたマグカップを引き寄せて雪さんが淹れてくれたコーヒーを飲む。酸味が強くて好みからは外れるが気になるほどではない。二口飲んで雪さんに視線を向けて話の続きを拝聴する姿勢をとった。
「仕事の内容はこの集落周辺に出没する魔獣の駆除。倒した魔獣の肉とか皮とか、いわゆる剥ぎ取りに関しては仕留めたハンターに任せるわ。それと、依頼を途中で降りる場合は違約金が発生するから注意して。これらは、依頼書にも書かれている内容だからみんな分かっていると思うけど」
次は依頼書の内容の確認だ。仕事内容、剥ぎ取り品の扱い、違約金、依頼書に書かれた内容に誤りがないかを確認する。これも相手と揉めないために必要な話だ。
視界の端に捉えているオータムと名乗っているエルフの男性は既に聞かされた内容なのか、関心が無さそうに腕を組んで目を閉じており、その隣にいるヴェルヘルミナという少女も膝の上に乗せている子供の方に関心が向いていた。
そのマリーと呼ばれている子供がこちらに目を向けてきたので視線を外す。子供は苦手だ。変に興味を持たれたくない。
「じゃあ、先行して下見をしてくれたオータムから出没する魔獣について話があるわ。お願いします」
「分かった」
今度は出現する魔獣に話が移る。前置きはここまでで、ここから本題に入るようだ。話を振られたオータムが置かれたコーヒーカップに手を着けて一口、喉を潤してから説明を始めた。
彼はニスカリーが魔獣の襲撃を受けた直後に依頼を受けてやって来たようで、僕達が到着するまでに何回か周辺の森や山へ出ていたそうだ。
報告された魔獣の種類は五種類。まずは軍隊狼、ランドラプターといった小型の魔獣。ゲームではモブエネミーの代表格だったこれら小型魔獣でも一般的に考えれば脅威だ。普通なら群れで行動する肉食獣は武器を持っていても戦いたくはない。転移者でさえそうなのだから、現地の人達には一層脅威に映ることだろう。
これら二種類の魔獣はニスカリー周辺で複数の群れが確認されており、人への被害はまだないが、牛や羊、山羊といった家畜に被害が出ている。
「小型魔獣程度でしたら猟銃や護身用の武器で現地人の方でも撃退できるそうですけど、数が多く対処しきれないのである程度数を減らして欲しいというのが集落の代表から頼まれています。大型魔獣も重要ですけどこちらもお願いしたいそうです」
雪さんが補足するように口を出してきた。今回彼女は集落の人と僕達転移者を繋ぐ交渉役、利害調整係という立ち位置だ。現地の人が求めるものと僕達が求めるものを上手く調整して依頼という形にする。言葉では簡単でも実際にやるのは大変な仕事だ。
今回の場合は僕達は大型の魔獣ばかりではなく、小型も相当数減らして欲しいと言われている。これについては問題は無し、オータムやヴェルヘルミナを含めてテーブルに着いた全員が首肯した。
それを見て雪さんは少し安心したような顔になり、ここで会った最初の時よりも表情が柔らかくなった。オータムが「報告の続き、いいか?」と聞いてきて彼の報告が再開される。
「――そして肝心の大型だが、三種類確認した。ラージエルク、ジャイアントホーク、そしてここに襲撃をかけてきたレッドハインドベアだ」
「赤熊か。ゲームだと体長が3~5mという設定だったが、改めて考えてみると、かなりデカいクマだよな」
「襲撃されたのが夜だったので目撃情報はあいまいになっている。なんとか残された痕跡と特徴的な赤毛の情報でそれと分かったぐらいだ」
レッドハインドベア。この名前が出てきたところで事情を知らない子供を除いて全員の顔が曇った。僕の顔もきっと似たようなものになっている。
名前の通り、その大型魔獣の外見は赤毛の熊だ。ただしレイモンドが言っているようにその体長は小さいものでも3m、最大は5mはあり、耐久力、攻撃力、獰猛さ、いずれも同サイズのウィップティーゲルを上回る難敵だ。ゲーム時代にはソロで狩れたが、楽に勝てる相手ではなかったと記憶している。
参考までに地球最大の熊シロクマでも体長3m弱であり、武器とノウハウがある現代でもハンターが熊の逆襲に遭って命を落とすケースがある。以上を考えれば、今回の獲物がいかに大変な相手かは簡単に予測できる。僕自身もこの世界に来るまでに狩猟した経験があるのはツキノワグマ位だ。それでさえ気を抜けば逆襲で死ぬ危険がある。
この世界に転移してからはウィップティーゲルより格上の魔獣と戦った経験はまだない。もちろんこうしてハンターで生計を立てていく以上はいつかは当たると思っていたが、まさか初回からとは思ってもみなかった。これは僕の考えがまだまだ甘かったな。
手に包むように持っているカップに目を落とす。コーヒーの濃い褐色の水面が少し揺れている。手が微かに震えているからだ。これは恐れているからか? ……だけど、これまでも一歩間違えば死んでしまうような経験はこれまで何度となくあった。少し冷静になってみれば今更ではないか。
今までと同じく勝つため、仕留めるための準備を積み重ね、着実に要素を拾い上げ、後はほんの少し運があれば良し。
カップに口をつけて少しぬるくなったコーヒーを飲み干した。なんだ、これまでと変わりないな。僕は自分が出来る事をやって生き抜く、ただそれだけだ。
「何が相手であれ仕事を請けた以上は仕留める」
自分自身に言い聞かせるように言葉が口を突いて出てきた。
この言葉を聞いたみんなは、何を思ったのか驚いた顔をしたり、感心したような顔で頷いてみたりと様々な反応を見せる。特別大層な事を言ったつもりはないのだけど、どうやら沈みかけた場の空気が元に戻ったようだ。
報告をしていたオータムは一瞬だけ目を細めて鋭くこちらを見つめてきた。それもほんの一瞬、彼が手元のカップに口をつけて口を湿らせた時には顔から表情は消えていた。何を考えているのか分からないが、視線を向けられた身としては居心地が悪くなる。
口に出したように何が相手だろうとさっさと仕事を終わらせてジアトーに帰ろう。確執とか対立なんて願い下げだ。
僕が言った言葉がそれほどに印象的だったのか、この場にいる誰もが次の言葉を出せず少し妙な沈黙が広間を覆う。いや、誰もがというのは間違いだった。
「ねえ、ミナお姉ちゃん」
「ん、どうかした?」
「お腹空いた、ご飯まだ?」
ヴィルヘルミナの膝の上に座っているマリーが空腹を訴えて場の空気を一瞬で壊してくれた。この位の子供の空気を読まない発言は嫌いだが、変な沈黙があのまま続くのは耐えられない。内心感謝しよう。
それにさっきから鼻をくすぐる匂いで僕も空腹を感じだしている。先程オータムが絞めた鳥とトマトの濃い匂いが広間に流れてきている。山鳥のトマト煮、オータムが料理をしているところから見ていたけど、この匂いからすると予想以上に美味しく出来上がりそうだ。
みんなも僕と似たような事を考えていたのか、広間の空気は一気に緩んだ。マサヨシ君など露骨で、匂いが流れてくる厨房の方向に視線が固定されている。口の端からは僅かにヨダレさえ見えており、よほどお腹が空いていたらしい。
「ふう……そうね、ちょうど良い区切りだし。オータムさん、料理はもう?」
「ああ、この位の時間なら程よく煮込まれている。あんた達がダッチオーブンを貸してくれて助かったよ。あれで作った方が上手く出来る」
「いやいや、ジビエ料理、だったか? その手の野生的料理が出来るメンバーがウチでは一人しかいなくてな。食材と調理までしてくれたんだ、道具程度は礼に及ばないさ」
「あぁ、この匂い嗅いでるとどんどん腹が減ってくるような気が……」
「だよねー、休憩の時だって味気ない固形ブロックしか食べてないし」
「え、ちょっと待って壱火、あれ食べたの? 緊急時の非常食よ、それ」
「え? マジ?」
緩んだ空気に当てられたのか、みんな一度に沈黙を破って広間は堰を切ったように賑やかになった。打ち合わせはこれにて終了、これはそんな流れのようだ。
オータムが厨房からトマト煮の入ったダッチオーブンを持ってきて、食器が配られた辺りで賑やかさは最高潮。昼食の時間は終始和やかに賑やかに過ぎていく。
そしてこれが終われば、狩りの時。だから今のうちに腹に物を貯めておこう。そうやって考えをまとめ、出された料理に手を着けるのだった。
◆
紙箱から弾薬を数発掴み取る。真鍮の薬莢が強くなってきた西日を受けてキラリと輝いて宝石の様に見える。そういえばミリタリー系の店とかに使用済みの薬莢を加工したキーホルダーがあったのを思い出した。結構綺麗に見えるしアクセサリーとしても見れないこともない。
後、この世界に来て初めて本物の銃に触れるようになって実感したけど、思ったより弾薬というのは小さい。こうして手の平の上に何発も乗せられる。こんなに小さいものが相手の体に風穴を空けるとは今でも少し信じられない。これまで散々ぶっぱしてきたのにこんな感想まだ浮かんでくる。
次いで頭に浮かぶのは、弾薬の費用もこれからは馬鹿にできなくなってくるんだろうな、というお金の心配。今はゲーム時代からの手持ちと、使用する銃を変えたルナから、前の銃の余り分を貰ったから当面は大丈夫。だけど、何時かは自前で買わないといけないだろう。
つらつらと浮かんでは消える泡みたいな思考。そんな脳内をよそにして、弾薬を掴み取った手はマガジンに弾を込めていく。
一発、二発……ボクの持っているCz52は八連発、ハードボーラーは七連発。だからすぐにマガジンは一杯になる。一杯になったマガジンをテーブルに置いて、すぐに次の空マガジンを手に取って弾を込めていく。
充填≪チャージ≫のスキルをカスタムした再装填≪リロード≫スキルで弾薬の補充もできるけど、あれは戦闘用スキルだ。弾を充填する銃を握っていないと使えない、弾の種類をとっさに変えられないなど意外と融通が利かないスキルだったりする。だから複数種類の弾種のマガジンを用意しておく方が結局は便利なのだ。
金属の擦れ合う音がボクの他も聞こえて、それ以外はとても静かだ。さっきまで遅いランチでワイワイ賑わっていた広間は、今はむっつりと黙り込んだ人がいるせいで静まりかえっていて、武器をいじる音が大きく聞こえる。
弾込めの手は止めず、目だけを動かしてボクの左側を窺う。ルナがやたらと大きな銃をバッグから取り出してあちこち点検している。
銃の長さは小柄な大人程はあって、部品ひとつひとつのサイズも大きい。銃というより大砲という言葉が似合いそうだ。そんな大きすぎる銃を手にしたルナは、黙々と点検と手入れの手順を進めていく。テーブルに立てている弾薬も銃の大きさに見合って巨大で、さっき考えていた弾薬の大きさ云々の話を忘れさせる。撃ち殻が一輪挿しに使えそうな程大きな弾薬は、彼女の手によって弁当箱サイズのマガジンに詰め込まれていった。
銃の手入れをするルナの表情はボクからは何とも言えない。付き合いがまだ浅いせいもあるけど、彼女の方がコミュニケーションを求めていないせいでもある。
次にボクの右側に目線を向ける。そこには好奇心100%の目でルナを見ているお子様の姿があった。
一緒に仕事をするヴェルヘルミナって人から紹介された女の子で、マリーって名前だったはずだ。集落を襲撃したクマに両親を殺されたため一時的にここに身を寄せているヘビーな境遇だと聞いたけど、この子からはそんな悲劇っぽい空気は感じない。クリクリとした大きな目でルナの作業を見ている様子は、お泊まり会で友達の親を観察しているのと似ている。
ルナが銃の作動を確かめるためボルトを動かすたびにマリーの目が輝いているのが分かる。このぐらいの子供にしてみると銃もオモチャに見えるんだろうなぁ。
「おっきい銃だねー、それであのおっきいクマさんを撃つの?」
「……」
「猟師さん達はあたしのパパとママがクマさんに食べられたから来たんでしょ? クマさんを退治するんだよね?」
「……」
「ねえ、お話しないの? ママは人が声をかけた時はちゃんと返事するようにって言ってたんだよ」
「……」
マリーがしきりにルナに話しかけて、彼女はそれに無言で返す。ただし、ルナからは『話しかけるなオーラ』が放出されて、気のせいか銃の扱いが少し荒くなってきた。表情は変わらなくてもこれは分かった。
ここ一、二週間一緒の住まいで暮らしてだんだんと分かってきたけど、ルナは口数は少なく、表情にも表れにくいけど態度に感情が表れるタイプとみた。
加えて騒がしいのが苦手で、自分にあれこれと話しかけてくるようなのが特に駄目らしい。ボクが水鈴やマサヨシを相手にお喋りしていると、近くに居たはずのルナの姿が消えていたのは一度や二度ではなかった。今から考えるとお喋りに巻き込まれないよう避難していたかもだ。
そんなコミュ障気味なルナが逃げようのない環境で、好奇心全開の子供に絡まれるとどうなるか? 結果はこの通り、むっつりと黙り込んで子供を無視して目も合わせない。
こんな時に他のメンバーは何をしているかといえば、まず親父はオータムっていうエルフの転移者にこの辺りの情勢を詳しく聞くために外。オータムも銃の調整のため何発か外で撃ってくると言っていたからそれに付いていったのだろう。
マサヨシのアホもその二人にホイホイ付いていってここには居ない。何かアイツ、ルナに気があるような節があるけどこんな時に自分の興味優先とは使えない奴である。だからアホで充分だ。
水鈴はニューカマー二人目のヴィルヘルミナ――長いから今後はミナで――の案内でこの集落唯一の雑貨店に行っている。物資は充分持って来ているけど、何が置いているか、値段はどれくらいかは知っておきたいと言っていた。この人、細々と気を配れる人だけど大雑把なボクから見て心配になってくる位に細かい神経の人だと思う。
とまあこのように、この場にはボク以外に場を和ませわれる人はいなかったりする。そしてボクに場を取り持つなんて高等テクを要求するのは間違いだと思います。なんてこった、詰んだなコレ、オワタ。
ここでボクの耳は外から聞こえてくる足音を捉えた。人狼族の大変出来の良いこの耳は、この足音が人のものだと聞き分けるくらい朝飯前だ。
誰かが帰ってきた。そう思い至ると同時に、思考はこれを口実にしてこの場を脱出しようと思い至った。そこ、無責任とか言わないで欲しい。誰にでも得意不得意の分野はあるのだ。ボクの場合は不得意分野が人より少し多いだけ。
ちょうど手の中にあった弾薬は全部マガジンに詰め終わった。タイミングも良い。座っていた椅子から立ち上がって、すぐさま玄関に向う。
二人がいきなり立ち上がったボクを見て、マリーの方が何か言おうと口を開きかけている。その前にこっちは言葉を畳みかけた。
「今こっちに来る足音が聞こえたんだ。誰か帰ってきたかも。ボク、ちょっと様子見てくる」
「あ、うん、分かった」
「……」
ルナはやっぱり黙ったままだし、大きな銃で表情も隠れているけど一応頷くポーズをしたのが見えたので了承と受け取る。後はこれ以上の反応を待たず、ボクはさっさと宿泊施設から出て行った。
玄関から外に出た途端、自然と深い溜め息が出てきた。思っていた以上に精神的疲労があったみたいだ。
この世界に来るまでのボクは、ハッキリ言って根暗な野郎だった。心の中ではかなり過激な事がしょっちゅう渦巻いていて、それをネットの中でぶちまけるイタい奴で、ゲーム『エバーエーアデ』でもネット弁慶だった。
それが今はゲームの世界にボクのキャラ『壱火』の姿で転移。ハッチャけているのは自覚している。でもこれがボクの本音の姿だ。だから元の態度に戻ろうとは思わない。
そんな理由があってボクの素のコミュ能力はルナとどっこい、顔を突き合わせての真剣なシーンなんてまっぴらゴメンだ。どこかで息抜きが欲しかった。
登山口がすぐ隣にあるからか、ここは集落を見渡せるくらい小高い場所にある。両手で数えられる程度の家が自然の中に溶け込んで、まばらに建っている様子が良く見えた。ビバ大自然っていう風景が広がっている。
大きく息を吸うと、色々な臭いと匂いがやって来る。草、樹、土、何か腐った物、腰に差した拳銃から臭うガンオイル、遠く近くから色々な臭いと匂いが感じられた。『壱火』の身体が狼っ娘だからか、以前よりずっと嗅覚方面が敏感になっている。
で、人の体臭も近くから感じられる。さっき足音がしたのもその方向からだ。言い訳半分だったけど、様子も見ておきたい。集落の人が来る事は滅多に無いと聞いたし、誰が帰ってきたのかな?
その方向へと足を進めると、建物の裏手にある薪小屋に出た。そう言えば昼食の鳥料理を作る時もカマドを使っていたし、暖炉もあったからこういうものも必要なのだろう。普段から使うせいか小屋には結構な量の薪が積まれて、小屋の横には薪割り用の大きな斧も立て掛けてある。
小屋の正面、積まれた薪で出来た壁に寄りかかる人影が見えた。ミナだ。水鈴と一緒に雑貨屋に行ったはずだけど、こんな場所に一人で何をしているだろうか?
不思議に思っていると、耳に話し声が聞こえてきた。
「――それで、やって来たのは五人。どうせ見ているでしょうし、細かい説明なんて必要ないよね。――分かった、しばらくはこのまま……っ!」
「あ……ごめん、話し中?」
「え、ええ、いいのよ、ちょうど終わったところだし」
「水鈴は?」
「彼女はもう少し雑貨屋で見ておきたい物があるって言っていた。先に帰って良いって言われたからそうしたの」
「ふーん」
ボクが少し近寄ったところミナはすぐにこっちに気付いた。あれは独り言じゃなくて念会話をしていたみたいだ。
何か見られては拙いような雰囲気があって、彼女からは『聞いてくれるなオーラ』が露骨に出ている。ここが元の世界で携帯で話していた、となるとボクは全く気にしない。そもそもリアル女子と話そうとも思わなかっただろう。
でも今はそうじゃない。だからあえて空気を読まずに聞いてみた。
「誰と話してたの? 念会話ってそう遠くまで届かないでしょ、近くに来ているの?」
「そう、そうなの。わたしが元いたチームの人でね、たまたま近くに仕事で来ているの。なんか、林業関係の仕事みたい。それで、わたしの事を心配して念会話で話してきたの」
ボクが尋ねると分かりやすく反応してくれた。早口でまくし立てるように答えているけど、どう聞いてもウソですよねー。ミナはこっちを真っ直ぐに見詰めてくるけど、これもウソをついている時の態度だと聞いたことがある。信じて欲しいって見詰めてくるのだ。
元のボクならこんな美少女然とした女の子に見詰められると、舞い上がってしまってまともに話も聞けないはずだ。けど今は不思議と冷静に話を聞いてウソだと判断している。これも身体が変わった影響なのかな?
「へえ」
「もういいよね、わたしも明日の準備があるし、中に戻るわ。じゃ」
「うん。ああ、そうだ中でルナが参っているからマリーの相手お願いしていい?」
「分かったわ」
すぐにでも場を離れたそうなのでそうさせた。ついでにルナにフォローも入れておく。さすがにルナをあのまま放置して逃げたのは拙かったと思うし。
あれ以上突っ込んでも実のある話は聞けそうもない。それにこの時点で他のメンツにミナが怪しいと言っても証拠もない言いがかりになってしまう。今ボクが出来るのは気に留めておいて、後から何かあった時にすぐに行動できるようにしておく、後は他のみんなにはそれとなく注意かな。そのくらいが精々だ。
この心配が杞憂ってヤツでも後から笑い話にすればいいだけだし、これでもボクは配慮とか出来るんです。ごくたまにだけど。
「ホントに、気のせいだったらなぁ」
悪い予感ほど良く当たる。よくあるジンクスだけど、ボクは割と信じている方だ。だからこそ外れて欲しいと思ってしまう。
ミナが消えていった方を見たまま、不安が忍び寄ってくるのをボクは感じていた。せっかく命の危機を乗り越えたのに、最初のお仕事からこんな風とは、とも思ってしまう。
「ホントに、大丈夫なのかなぁ」
前途多難、不安多数、こんなのでこれからやっていけるのか、と思わず考えてしまうボクは悪くない。
とりあえずここでボクがする行動は、ミナが上手いことマリーの相手をしてルナの機嫌が直るのを待つことだけだ。大人の喫煙者だったらタバコの一本でも吸って一息入れるところだけど、ボクの場合はこの眼が良くなりそうな風景を眺めて時間を潰す。
眼下に広がる森と田園と集落。振り返ると迫ってくる巨大な山。ボクの不安を小さくするには充分な光景だった。適当な草地に横になって、そのまま草の匂いに包まれて、目蓋が重くなるのにそんなに時間はかからなかった。
「……どーせ、なるようになるし、なるようにしかならないよね」
あれこれ心配したり、不安を感じたりなんて『壱火』の性には合わない。世の中万事ケセラ・セラ。
そういえば、今日はこっちに来るのに朝早くに起きたのだった。やることは済ませたし、昼寝するのもいいかもだ。思うが早いが、眠気はすぐにボクを包んで、不安はすでに消えている。これが良い事なのか悪い事なのかは、未来を知らないボクに分かるはずもなかった。




